放課後、栞に職員室へ荷物を運ぶのを手伝ってもらい、そのまま一緒に下校した。
校門から出ると、冷たい北風が吹いてきた。
「涼、大丈夫?」
「え?」
「寒くない?」
「うん」
栞が俺の首元を心配そうに見て、自分のマフラーを外そうとした。
「あたしの、貸そうか?」
「ダメだよ、栞が寒くなるじゃん。全然平気だから。ありがと」
「……うん」
土手沿いを歩くと、今日は気温が低いせいか、空気が澄んで遠くまでよく見える。川の上を鳥が何羽も飛んでいた。
「……」
「……」
栞も俺も黙っていた。
俺はその、おでこの件をいつ聞こうかタイミングを見てるから黙ってるんだけど、栞はどうしたんだろう。そう言えば少し元気が無いように感じる。
「なんか、あった?」
俺の言葉に、横を歩く栞が顔を上げた。
「え、何で?」
「……元気ない」
「そんなことないよ。全然」
「そう?」
「うん」
何かあったら言って欲しいって思うけど、栞は何となく全部踏み込んじゃいけないような、彼女自身も俺に対して一歩線を引いている様な、そんな雰囲気を持っていて、それ以上何も言えなかった。俺と違っていつも落ち着いて見えるし、そこに温度差を感じることもある。
やっぱり早く確かめたくなった。少しだけでもそれを埋めて、不安を消したい。
「ネクタイね」
俺が口を開こうとしたと同時に、栞が呟いた。
「愛美と絵梨に、もっと嬉しそうに自慢すればいいのに、って言われちゃった」
「え……」
「どうしてそんなに冷静なの、って」
前を見つめて話を続ける栞の顔を振り向く。
「あたし、涼が初めてネクタイ交換したって聞いて、すごく嬉しかったの」
「……」
「でも、涼にもあんまり伝わってなかったのかな。そんなつもりは無かったんだけど」
栞が困ったように笑いかけてきた。胸が少しだけ苦しくなる。
嬉しそうにしているのはわかったけど、正直言って俺が思っているほどじゃないって感じてた。でも……そっか、栞もすごく嬉しかったんだ。
「ほんとに?」
「うん」
今なら言えそうだ。彼女が笑ってくれた今なら。
「俺、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「あのさ、あの……ネクタイ交換した時さ」
「うん」
こっちを向く栞の瞳から顔を逸らしてしまった。自信持てよ、涼。彼女だって正直に言ってくれたんだから、俺も聞かないとダメだ。騒ぎ出す心臓を、何とか落ち着かせる。
「栞、手貸して」
「手?」
「うん」
素直に出してくれた栞の右手を左手で取り、握っていない方の人差し指を、彼女のおでこに当てた。
「……ここ」
「うん」
「あの、わかった?」
「え……」
だめだ……! やっぱり恥ずかしい。
栞から顔を逸らして、手を繋いだまま歩き出す。寒いのに、暑くなってきた。今の怪しすぎるだろ、俺。栞にも絶対変に思われた筈だ。どうしよう。
彼女の手を握ったまま、早足で前に進むと、栞が繋がれた手を引っ張った。
「ちょっと涼、待って」
「……」
「涼、止まって」
前を向いたまま足を止める。
「……こっち向いて?」
栞が優しく声をかけてきた。ゆっくり振り向くと、彼女は背伸びをして、俺のおでこに同じ様に人差し指を当てた。
「ここも」
「……」
「……わかった?」
栞の言葉に、一気に顔が赤くなる。
「……わかった」
「あたしも」
栞が照れたように笑って、肩を竦めた。
あ、まずい。栞のこと、思いっきり抱き締めたくなった。
でもここ土手沿いだし、他の生徒もいるからダメだ。代わりにまだ離さない手を、ぎゅっと強く握った。彼女もそれに答えるように力をこめてきた。
「今日どこか寄らない? 涼、時間ある?」
「あ、ある。絶対行く……!」
俺の言葉に栞が微笑む。
「同じ、だったね」
「え」
「いこ!」
今度は栞が俺の手を引っ張って歩き出した。彼女の言葉を頭の中で繰り返す。
同じだったんだ、栞も。そう思ったら嬉しくて、気がつけば栞と手を繋いだまま、駆け出していた。
こうやって少しずつ伝えていけばいいのかな。いつも上手くはいかないかもしれないけどさ。
吸い込む空気は冷たくて、それでも繋いだ手は温かくて、二人で笑いながら息を弾ませて、土手沿いの道を走った。
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