片恋〜かたこい〜番外編

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確かめたい言葉(後編)




 外は涼しく、空には数えきれないくらいの星が瞬いてる。傍を流れる川のせせらぎを聴きながら、部屋に付いている露天風呂に一人で浸かっていた。

 いい食事だったな〜。従業員も感じ良かったし。ここって隠れ家的な旅館だから、宿泊客の人数も少なくて、落ち着いてゆっくりできる。
 大きく溜息を吐いて腕を伸ばし、檜風呂の湯船の中で足を伸ばした。栞、部屋で先に寝てないよな? テレビ見て待ってるとか言ってたけど。
 栞も、もうすぐ吉田栞になるのか。なんか、めちゃくちゃぴったりだと思うんだけど。ニヤけながら頭の上に折りたたんで乗せたタオルを押さえる。だってさ、相沢栞とか、桜井栞とかはあんまり合わな……ん?
「……」
 やべえ、なんかそっちもピッタリな感じだな。いやいやいや、やっぱ吉田が一番似合うだろ。そう言えばあいつら今どうしてんだろ。相沢はたまにメールもするけど、桜井は卒業してから全然会うこともない。未だに体育会系バカなのか。今度ネットで調べてみよう。
 栞、あとでここ一緒に入ってくれるかな。まああれだな、今日はまだまだ時間もあるんだし、いろいろ済ましてから一緒に入るってのもありだな。……済ますったら、済ますってことだよ、言わせんな恥ずかしい。
「……やべ」
 いかん。妄想しすぎて結構な時間入り過ぎた。

 風呂から上がり、脱衣所で浴衣を羽織る。部屋に入った途端、座っていた栞が立ち上がって俺に駆け寄ってきた。ああ、髪上げてるよ。色っぽくて浴衣姿マジ可愛いです。
「ねえ涼、大丈夫? 顔真っ赤だよ」
「大丈夫だよ。全然」
 意外と心配性なんだよな。まあ、すぐ未来の夫の心配するのは当然か。大丈夫だよ栞。俺がずーっと栞を守るからさ、一生。うん、そうそう……。変だな、やけに頭がボーっとする。
 抱き締めちゃおうかと思ったその時、フッと部屋が暗くなった。て、停電か……!?
「栞?」
 返事がない。怖いのかな。いや、怖いのは俺の方だ。暗い。暗いぞ。真っ暗だ……! 高校の文化祭で行った都市伝説の館を思い出す。や、やばい。落ち着け。とりあえず、もう一度名前を呼んでみる。
「栞? 平気?」
「……あの、ごめんなさい急に」
 返事をしてくれた。ああ、良かった。でも何で謝ってるんだ? 暗闇の中で手を伸ばすけど、傍にいたはずの栞に届かない。
「あの、す、好きなんです。付き合って下さい」
「へ?」
 ど、どうしちゃったんだよ、栞。今さら何でそんなことを。俺たち付き合うどころか、もうすぐ結婚するんじゃないか。
 前にいたはずの彼女の声が、なぜか後ろから聞こえて振り向くと、もう暗闇じゃなかった。……あれ? どこだっけ、ここ。

 学校の裏庭だ。高校の。制服を着た栞が校舎の壁際に立っている。
「栞、どうしたの?」
 俺が呼んでも栞はこっちを向かない。彼女の前には……あ、相沢!? 何だよ。何で相沢がここにいるんだよ!? 相沢も制服を着ている。二人ともどうしたんだ。コスプレ好きだったっけ? って、俺もなぜか高校の制服を着ている。え、なんで?
「いいよ。俺も鈴鹿さんのこと、ずっと好きだったし」
「ほんとに? 嬉しい!」
「ああ、これからよろしく。鈴鹿さん」
 は? 相沢、お前何言ってんだよ。栞は俺と付き合ってんだよ。付き合ってるっていうか、もう結婚すんの! お前、杉村さんはどうしたんだよ……!
「鈴鹿さんじゃなくて、栞って呼んで?」
「わかった」
 微笑みあって歩き出す二人に駆け寄り、後ろから相沢の肩を掴んだ。
「おい、相沢ちょっと待てよ……!」
「んだよ、次はボッコボコって言っただろうが!」
 俺に肩を掴まれて振り向いたのは、桜井だった。
「あ、あれ、桜井? お前、今相沢だったのに」
「あ? 何寝ぼけた事言ってんだよ。邪魔だからあっち行けよ」
「いこ、桜井くん」
「え? ちょ、ちょっと栞……」
 栞は桜井に、べったりくっついて歩き出した。桜井に肩抱かれてるよ。なぜか俺の足は動かない。いつのまにか俺は、あの大きな樹の下にいた。焼きそばパンを栞にあげた、あの樹だ。
 辺りが突然暗くなった。二人の姿だけが遠くにぼんやり見える。待てよ。栞、待ってくれ! 何だよ、どうしちゃったんだよ、急に。栞、栞……!!

「栞!!」
 名前を叫ぶと、俺の顔を心配そうに覗きこむ栞の顔があった。俺は布団の上に横たわっている。え、何で?
「……栞」
 思わず勢いよく起き上がって彼女を強く抱き締めた。
「りょ、涼? あの、大丈夫?」
「よか、良かった……! 栞!」
 彼女の香りを確かめ、柔らかさを確認し、大きく溜息を吐いた。
「どうしたの? 怖い夢見た?」
 夢? そうか、夢だったんだ。あれ、でも何で夢なんか見たんだ? 俺眠ってないよな? 確か風呂から出て、部屋に入ってそれで……。
「涼、のぼせて倒れたんだよ? 今さっきまで旅館の人にいてもらったの。もし一時間経っても起きないようなら連絡してくれって言われてたんだけど、良かった」
「え……」
 お、俺のぼせたのかよ。のああああ、恥ずかしい! 倒れたのか。あの時かろうじて浴衣着ておいてよかった……。全裸で倒れてたら恥ずかしすぎる。
「ご、ごめん」
「全然だよ。良かった、なんともなくて」
 俺の腕の中で栞が笑った。うん、ほんと良かったわ、夢で。部屋はすっきりと片付けられ、俺の隣にも布団が敷いてあった。反対側には氷水の入った桶とタオル。これで冷やしてくれてたのか。

「ねえ、どんな夢見たの? そんなに怖かったの?」
「え?」
「だって、私の名前呼んでたから、気になって……」
 情けなくて言えない。相沢と桜井、あいつらの事は黙っておこう。
「栞のこと、追いかけてる夢。足が動かなくて、でもどんどん栞が先に行っちゃってさ」
「そうだったんだ。もう、大丈夫だよ。夢だから」
「……うん」
「ずっと傍にいるからね」
 膝立ちになった栞が、俺の頭を抱えて撫でてくれた。なんか俺、完璧にガキ扱いじゃん。いや、いいんだけど。別に馬鹿にされてるわけじゃなくて、栞が俺を思いやってしてくれてるって、わかってんだけどさ。
「……」
 彼女の胸に顔を押し付け、撫でてくれる手を強く握った。
「涼?」
「絶対、どこにも行かないで」
「え、う、うん」
「傍にいるって言った?」
「うん。言ったよ?」
「じゃあ、もっと傍に来て、栞」
「え……あ!」
 横になり、栞を布団に引っ張り込んで、また腕の中に閉じ込めた。まとめていた彼女の髪がほどけて乱れる。縮こまっている栞の細い肩に、そっと顔を埋めた。
「涼、あ、あの」
「なに?」
「ほんとにもう大丈夫なの? 眠らなくて平気?」
「心配?」
「心配に決まってるでしょ?! 目の前で倒れたんだから、どうしようって、ほんとにほんとに心配したんだよ?」
 栞が俺の胸に手を置き、顔を上げて怒ったように言った。
「救急車呼んだほうがいいのかとか、涼のお家に今すぐ連絡しようかとか、いろんなこと考えたんだよ? 旅館の人は、よくあることだから大丈夫って言ってくれてたけど、でも」
 そうか。そりゃそうだよな。俺だって逆の立場だったら大騒ぎしてただろうし。第一、栞が倒れるなんて想像しただけで怖いもんな。
「……ありがとう」
 目に涙を浮かべる栞の髪を今度は俺が優しく撫でた。髪に指を入れてゆっくりと梳いていく。
「ほんともう大丈夫だから。ごめん」
「うん」
「だから……いい?」
 こんな可愛い栞を前にして、我慢できる自信ないよ。
「い、いいって、何が?」
「え、何がって、あの……駄目?」
 ここまで来てもまだ自信がないし、栞を大好きだから嫌がることはしたくない。でも、でもさ……。彼女の額にキスをしたあと、自分の額もそこに付けて、もう一度栞の瞳を覗き込む。
「いい?」
「……いちいち聞かないで。恥ずかしいから」
 栞が顔を逸らして背中を丸め、俺の胸に顔をこすり付けてきた。昔と同じように心臓がズキズキいってるから、それもきっと栞に伝わってる。
「うん。じゃあもう、聞かない」
「……うん」
「聞かないけど、言わせて」
「何を?」
「好きだって、たくさん言わせてくれる?」
「……うん。私も」
 栞の頬にそっと触れて顔をこちらへ向けさせた。ずっと一緒にいようって囁いてから優しく唇を重ねる。長いキスをしながら、彼女の温かな肌に触れた。栞の香りでいっぱいになると、彼女に片思いしてた頃のことを思い出した。
 教室で、図書室で、花火大会で、いつも後ろ姿を見つめて、声を掛けられなくて、緊張して、苦しくて、切なくて、カッコ悪くて、どうしていいかわからなくて、彼女を好きでたまらなかった頃の自分を。
 あの時からその気持ちは何ひとつ変わっちゃいない。今も彼女が大好きなんだ。

 結局、何回好きだって栞に言ったんだろう。
 その夜、外で見た星と同じくらいの数え切れないくらいたくさんの好きを、言葉だけじゃなくて、栞に伝えることができた。











〜了〜



 片恋番外編前後編に、お付き合い下さいましてありがとうございました! またいつか二人のお話を書きたいと思います。
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 葉嶋ナノハ



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