片恋〜かたこい〜 番外編 涼視点

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確かめたい言葉(前編)




 隣に座る栞が窓の外を眺めて、楽しげな声で言った。
「もうすぐかな?」
「そうだね。こっちも晴れてて良かった」
「外、涼しそうだから、窓開けてもいい?」
「いいよ」
 高速を下りてから車で道なりに三十分程過ぎた頃、山道を抜けると高原が広がった。牛や羊が遠くにいるのが見える。

 俺と栞は夏休みを利用して、地方の高原に遊びに来ていた。
 まあその、なんだ、婚前旅行だよ、婚前旅行。
 栞にプロポーズをして、その後お互いの両親からも結婚の承諾をもらい、今日は堂々と二人で旅行へ来ていた。
 別に今までも何回か一緒に旅行はしたけどさ。一応、秘密というかその辺は暗黙の了解だったから、今回は初めて栞の親にも堂々と二人で旅行に行くと言えて、これは俺的にも今までより安心で嬉しいことだった。


「涼、馬がいる! あっちに羊も!」
 いつもは落ち着いている栞が、今日は珍しくはしゃいでいた。大きめの牧場には動物と触れ合える場所がたくさんある。ここは乗馬コーナーで、綺麗な毛並みの馬が何頭も繋がれている。子どもが乗る為のポニーも数頭待機していた。
 栞は柵越しに馬をじっと見つめていた。間近で見るのは初めてだったのか? 背伸びしちゃって、可愛いなあ。思わず少しかがんで、その頬に軽くキスしてしまった。驚いた栞が大きな瞳で俺を見上げる。
「……涼」
「ごめん。なんか可愛かったから、つい」
 いつまで経っても、こういう気持ちにさせてくれる栞が、俺にとっては本当に大事な人なんだ。眩しい日差しを避けるように、恥ずかしそうに俯いた彼女に声を掛ける。
「乗ってみる?」
「うん……。すごく乗りたいんだけど、でも大丈夫かなあ。傍で見たら、結構大きいし」
「付添いの人がいるから大丈夫だよ。向こうまで一周できるみたいだね」
「じゃあ乗ってみようかな。涼は?」
「いや、俺はいいや。ここで待ってるよ」
 ちょっと苦手なんだよな〜、馬。乗れないことはないんだけどさ。昔、突然顔をべろーっと舐められたことがあって、それ以来ちょっとトラウマなんだよ。
 傍にある小さな売り場でチケットを買い、順番を待つこともなく栞は馬に乗せてもらった。付添い人が横を歩き、綱で馬をゆっくり誘導する。栞が顔だけ振り向いて手を振った。嬉しそうだなぁ。すかさずその笑顔をスマホで撮る。確認する。可愛い。超可愛い。あとでじっくり見よう。望遠レンズ付きのデジカメ持って来れば良かったかな。そこまでやったらアレか。いやでも、子どもが生まれたら絶対必要になるよな。
「……」
 俺と栞の子ども……。いかんいかん、また一人でにやけてしまった。そろそろ、この妄想癖もどうにかしないと、いつか栞に愛想つかされかねないな。婚約破棄されないように気を付けないと。

 そんなことを考えている内に、栞を乗せた馬は結構遠くまで行ってしまった。周りを見渡すと、チケット売り場の隣に小動物がいるコーナーがあった。栞が戻ってくるまで時間つぶしに見てみるか。
 綺麗な小屋とその周りに背の低い柵があり、たくさんのウサギがそこに放されていた。白いのや茶色やグレー、耳が立ってたり寝てたり。家族連れやカップルも、そこに混じってウサギと戯れている。
「あ、あの。良かったら中にどうぞ〜」
 係員の若い女の子が、笑顔で柵の中から俺に声を掛けてくれた。いつの間にか、そこにいた女の子たちが皆、じっと俺を見ている。いいから、見なくていいから。目の前のウサギと、隣にいる自分の彼氏を見てなさい。
「え、ああ。ここで大丈夫です。すみません、ありがとう」
「でも可愛いですよ〜。ほら、どうぞ」
「ああ、はい」
 差し出された茶色のウサギを撫でた。意外と毛が固いんだな。触った途端に、なぜか数人の女の子たちが俺の傍に集まって来た。
「可愛いですよね〜」
「あー、ですね」
「旅行ですか? 私たち、都内から来たんですけど〜」
「はあ……」
 君たち、ちょっと何なの? 彼氏ほっぽっておいていいの? ほら、こっち見てるじゃんかよ〜、気まずいなあ。
 取り敢えず女の子たちに適当な相槌を打ってから、そこを離れようと歩き出した時、ふと、柵のすぐ傍にいる一人の男が目に付いた。

 しゃがんでこっちに背中を向けている、青いTシャツにデニムの男。黒い短めの髪と、あの雰囲気……。いやいやいや、まさか、あいつがウサギにニンジンあげたりしてないだろう。大体、そいつカップルでもなく、一人でニンジンあげてるんだぞ? 有り得ないって。
「あ!!」
 走り出すウサギを追いながら、しゃがんだまま振り向いた男を見て、思わず声を上げてしまった。それに気付いた男が俺を見上げる。さっきのカンは外れじゃなかった。う、ううう嘘だろおおおお!
 俺に気付いた男は舌打ちしてから、不機嫌な声で言った。
「……何で、こんなとこで会うんだよ。毎回毎回、鬱陶しい」
 俺の台詞だっつーの!! 溜息を吐いた三島は、真っ白いウサギを抱き上げて、デニムの膝の上に置いた。
「おま、お前こそ何してんの? 何でこんなとこに一人でいんの? つか何で俺たちの行くとこに、いつもいんの? ていうか、なん、何年振り……!?」
 動揺して噛んじゃったじゃんかよ。
「俺はウサギと戯れてるだけなんだけど。そっちこそストーカー? 何年振りとか、もう覚えてないし」
 そうだよな。俺も覚えてないわ。確か大学入った頃に、一度だけ四人で会ったんだよな。それっきりだったような気がする。
「俺たちって、誰と来てんの?」
「え、ああ。栞と来てるんだけど」
 ウサギから顔を上げた三島は、俺を見てにやりと笑った。う、何かこの嫌な笑い方、えらい懐かしいんだけど。
「ふーん。まだ仲いいんだ。俺も一緒に来てるよ」
 え、まさか春田さん!? まだ付き合ってんの? 人のこと言えないけど、こいつは特にそういうタイプに見えないんだよな。
「一緒にって……春田さんと?」
「そうだけど」
「でも、どこにいんの?」
「馬に乗りに行った」
「え! 栞も今乗ってるんだよ」
「あ、そう」
 三島は売店で買ったらしい、にんじんスティックを差し出して、楽しそうにウサギにやっていた。そういえば、ずーっと前に水族館でもヒトデとか触ってたな、こいつ。もしかして癒し系キャラ狙ってんの? ギャップ萌えとかそういうの?
「今、何してんの? 働いてんの?」
 三島の方からそんなことを聞かれて驚いた。俺のことなんて微塵も興味無さそうなのに。
「俺も栞も普通に働いてるよ。もうすぐ、その……結婚するんだ」
 今までいろんな人に向けて何回も口に出してるのに、未だに頬が緩んでしまう。栞と結婚……。素晴らしい響きだ。
「お前らは?」
「さあ、ね。秘密」
 出たよ、秘密主義。まあ、こいつが自分のことべらべらしゃべんないのは、今に始まったことじゃないけど。
「結婚式、呼んでよ」
「え。ああ、まだ招待状出してないから、いいけど」
「冗談だよ。どうせ知らない人ばっかりだから行ってもしょうがないし。あ、帰ってきた」
 三島は膝の上から、そっとウサギを地面に下ろした。

 馬から降りた栞は、春田さんと合流しながらこちらへ来た。手を洗って戻って来た三島と、待っていた俺の傍に、栞と春田さんが駆け寄ってくる。
「お帰り。楽しかった?」
「楽しかった! ちょうどね、別のコースを回ってた春田さんと途中で一緒になったの。もう、ビックリだよね。三島くん、元気だった?」
「元気だよ。鈴鹿さんも元気そうだね」
 栞と三島が笑顔で挨拶を交わしている間、春田さんが俺の目の前に来た。
「春田さん、久しぶり」
「うん! また会っちゃったね! すごい偶然」
 相変わらず小さいけど、綺麗になったな〜。それにしても、これだけ長いこと三島と一緒にいられるなんて、その根性は見上げたもんだよ。いや、もしかすると春田さんの方がうわてなのか? どうなんだろう。
 その場で少し雑談をした後、牧場を出て別の場所に遊びに行くと言う二人と、ここで別れることになった。
 歩き出した俺の肩を、突然三島が叩いた。振り向くと、三島が俺の顔を覗きこんでいる。
「え、何?」
「……」
 な、何だよ。何黙ってんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言えっての。なんか怖いじゃんか。ずいぶん前から、この視線が苦手なのに、なぜかいつも目を逸らせない。焦った俺の顔を見た三島が、噴き出して笑った。
「花火の時から、全っ然変わってないよね」
「!」
 だから何だっての、お前は!
「じゃあまた。お祝い送るよ。お幸せに」
「あ、ああ。ありがと。そっちも元気で」
 なんだ……いい奴じゃん。仕方ない。新居くらいには呼んでやるか。


 牧場に残った俺と栞は、しばらくそこで遊んでから、宿泊先へ向かう為に車へ乗り込んだ。この場所からまた車で一時間ほどかかる場所だ。今から出れば、チェックインにちょうどいい。
「こんなところで二人に会うなんて、すごい偶然だよね。久しぶりに会えて良かった」
 車が発進した途端、さっきのことを思い出した栞が興奮気味に言った。
「俺たちの新居に呼ぼうか。少し先になるけど」
「うん。あ、でも」
「ん?」
「あのね、三島くん海外勤務になるんだって。それで春田さんもついていくみたい。いつ頃になるのか、まだはっきりわからないらしいけど」
「え、マジで!? 今何してんの? あいつ」
「時間が無くてそこまでは訊けなかったけど……。涼と三島くん、そのこと話さなかったの? 二人でいたのに」
 ウサギの話しかしてないんですけど。じゃあもしかして、さっき俺の肩を叩いたのは、それを言おうとしてたとか……? そうだったとしたら、やっぱりきちんとした方がいいか。
「寂しいよね」
 栞がぽつんと呟いた。式のあと、すぐに新居へ移るって言っても、人を呼べるように落ち着くまで、きっと時間がかかるよな。
「結婚式に来てもらおうか。新居に呼ぶよりは時期も早いし、間に合うかも」
「うん。せっかく会えたんだし、私もその方が嬉しい」
「だね。そうしよう」
「ありがとう、涼。素敵な式にしようね」
「うん」
「……幸せだな、私」
 栞の静かな声を聞いて、何ともいえない愛しい気持ちが胸に込み上げた。

 高原の間を抜けていく真っ直ぐな道。夏の青い空に小さな雲が千切れながら飛んでいく。こういうの、いいな。栞を隣に連れて、少し先の未来を話して、幸せを確かめ合ってさ。
 車の窓から入る爽やかな風を受けながら、二人でお気に入りの歌を口ずさんだ。





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