「冗談だよ。涼でもそんな顔すんだな」
立ち上がってバシバシと俺の肩を叩いた井上が苦笑した。
「知ってんだろ? 俺のこと」
「……ああ」
「今度はちゃんとしろよな」
「わかってるよ」
何でお前にそんなこと言われなきゃならないんだよ。何となく腑に落ちない気持ちを抱えながら廊下へ出た。でも、俺ってそんなに信用ないのか……。
隣の教室へ戻ると、一斉に女の子たちが自分を取り囲んだ。
「遅いよ涼! ほら、鈴鹿さんかわいいよ!」
「あ……」
そこには俺が頼んだチャイナドレスを着た栞がいた。恥ずかしそうに俺を見ている栞の着ている服は、想像してたのよりずっと身体に密着してて丈が短い。裾から切れ目が入ってて……おいおいおいいいい!! ダメだダメだダメだ!!
「だ、ダメダメ! 栞、中入って!」
「え、涼?」
栞の腕を掴んで無理やり目の前のカーテンが引かれた更衣室へ彼女を戻し、思わず自分も一緒に入ってしまった。後ろ手でカーテンを閉めて栞から目を逸らす。視界にチラチラと服の鮮やかな模様が見えた。
何か言わないと気まずいだろ、これ。でも、何て言えばいいんだよ。太腿が見えるからダメとか? いや制服のスカートからいつも見えてんだろ。でもちょっと違ったんだ。いや、ちょっとどころかだいぶ違う。でも俺にそんなこと言う権利ないよな。あーもう、どうすりゃいいんだ……!
「あの、変だった?」
「や、全然変じゃないけど……」
何て言ったらいいかわからなくて口ごもると、栞が悲しそうに目を伏せた。あ、これやばい。そうじゃない、違うんだ。違うんだけど上手く言えない。
「ごめん。俺が着てくれって頼んだくせに」
「ううん。じゃあもう脱ぐね」
「え! あ、じゃあ出る」
慌ててそこを出た途端に文句を言って来た女の子たちを振り切って、廊下で栞を待った。さっき撮ってもらった龍馬のポラロイドは、他の写真と一緒にそこへ飾られていた。嬉しそうに笑っている俺と栞の顔を見て、ひとつ溜息を吐く。
俺、嫌だったんだ。他の奴にああいう格好した栞を見せるの。
可愛いって言ってあげて、ノリで一緒に写真撮って、そこにいる皆と楽しめばいいのに、どうしても嫌だった。何か、朝から変なんだよ俺。
井上のことだけじゃない、都市伝説の館で会ったなんとかって奴とか、クラスの奴らと楽しそうにしてる栞を見たり、俺らしくないって言われたり、そういうのが全部ごっちゃになって頭の中をグルグルしてる。
その後校内を出た俺たちは、いつの間にか自分たちの模擬店へと戻っていた。ちょうど片付けの時間になって、何となく上手く話しも出来ないまま、栞と俺はその場で別れて作業を始めた。
せっかくの文化祭だっていうのに。あー、俺の馬鹿! まあ、喧嘩ってわけじゃないし、とりあえず片付け終わらせて後夜祭に全てをかけよう。黙々と作業を進めていると、あっという間に俺たちの班は作業を終えた。
「涼」
振り向くと栞が立っていた。どうやら他の班もほぼ片付けは終わったらしい。
「あの、ちょっと付き合って欲しいんだけどいい?」
どうしたんだ、急に。っていうか、そう言えば俺忘れてた! 栞を指定の場所へ連れて行く時間だ。どうしよう。まだ間に合うか? 壁に掛かっている時計を見ると、あと10分しかない。
「いいよ。どこ行きたいの?」
「……来て」
もしかして怒ってる? 俺の心臓が急にドキドキと嫌な音を立て始めた。どうしよう、いきなり嫌われたりしてないよな? 三日目でお別れとか、そんなことないよな?
栞のあとをついて行き、昇降口で靴に履き替え裏庭に出た。
あの、大きな樹の前だ。ついこの前、栞に好きだと言われ、俺も告白した場所。栞は俺の正面に立って、息を吸い込んだ。
「涼、ちょっと待ってね? 多分もうすぐだから」
「?」
ポケットからケータイを取り出し時間を見る。……まさか、だよな? 栞に確認しようと口を開こうとしたその時、走ってくる足音が近付いた。振り向くと、そこには郵便配達のコスプレをした男が二人、息を切らして鞄から封筒を取り出した。
「伝言サービスでーす。はい、鈴鹿栞ちゃんでいいんだよね?」
「はい、こっちも。吉田涼くんね。二人とも時間ピッタリで助かったわ」
それぞれに封筒を差し出すと、郵便屋はまた駆け足で忙しそうにその場を去って行った。
「……」
「……」
栞と二人、お互いに顔を見合わせて可笑しくて吹き出した。なんだ、同じ事考えてたのか。それも時間も場所も一緒なんてさ。目の前で楽しそうに笑っている栞を見て、俺も一気に気持ちが明るくなった。良かった、嫌われたとかじゃなかったんだ。
「後夜祭の方、行こうか?」
「うん」
キャンプファイヤーは暗い校庭で赤く燃えていた。パチパチと大きな音を立てて、火の粉が空に舞っている。
その前に朝礼台を持ってきて、集まっている生徒が一人ずつ何かをマイクでぼそぼそ話したり、突然絶叫したりしていた。そちらへ耳を傾けると、どうやら好きな子に告白しているらしい。そういえば文化祭前に生徒会が募集してたっけ。
「盛り上がってるね」
「ね」
「近くに行きたい?」
「ううん。ここからで大丈夫」
校庭から校舎へ続く、5段ほどしかない幅広のコンクリートの階段へ二人で座った。
栞は膝を抱えたまま、真っ直ぐ皆の方を見ている。その横顔を見つめていると胸が痛くなった。
俺、ここにいていいんだよな? こうして栞の隣にいても。好きだって言ってもらって、彼女の名前を呼び捨てにして、栞と付き合ってるんだって当たり前のように他の奴に言っても、いいんだよな?
その時トン、と俺の肩と腕が栞に触れてしまった。柔らかいセーターの感触に緊張が走る。
「あ、ごめん」
謝って少し離れると、振り向いた栞が不思議そうに俺を見つめた。
「どうして謝るの?」
「……」
どうしようもなく湧き上がってくるこの思いを、どうやって上手く伝えればいいのかわからない。初めて栞と出逢った時から、ずっとわからないんだ。
「俺、」
「ん?」
「さっき、ごめん」
彼女の瞳には遠くで燃えてる明かりが映っている。きらきら光って……綺麗だった。
「ダメなんて言ってごめん。ちゃんと似合ってたし、すごく可愛かったから」
「……うん」
俺の言葉に栞が恥ずかしそうに俯いた。
「気にした?」
「ちょっとだけ。でももう大丈夫」
「俺、ほんとは……」
「?」
「や、何でもない」
他の奴に見せるのが嫌だったんだ、なんて言ったら鬱陶しいだろうから、そこで黙った。きっと面倒くさい奴だって思われる。
「あの、カード見てもいい?」
キャンプファイヤーの火を見つめていた栞が呟いた。
「うん。俺も見たい」
「じゃあ、せーので一緒に見よう?」
お互いポケットから小さな封筒を取り出し、栞の掛け声でカードを開く。
「あ」
同時に声を上げ、またお互いの顔を見て笑った。
『これからずっとずっと、よろしくね』
栞から贈られたカードには、俺が渡したものとほとんど同じ言葉が書かれていた。そのことがすごく嬉しくて、何度も何度もカードを見つめて書かれた文字を確かめた。
「これ、いつ頼んだの?」
「涼と待ち合わせしたカフェに行く前。通りかかっていいな、って思ったの。嘘付いてごめんね」
そうだったのか。栞の気持ちに胸が熱くなって、一人でもやもやした気持ちを抱えてた自分が馬鹿みたいに思えた。
「……ありがとう」
「あたしも、ありがとう」
「あのさ」
「ん?」
「手、つないでもいい?」
本当は告白した時みたいに抱き締めて、彼女の香りをもっと近くで感じたいけど、今日はもういいんだ。やっと叶った思いだから、壊さないように栞のことを大事にしたい。
「……いいよ」
差し出した栞の右手を左手でそっと握る。俺よりずっと小さな柔らかいその手は、不安だった心も一緒に温めてくれた。
これからずっとこうして栞の隣にいられるように、カードに書いた思いを込めて、彼女の右手を優しく包んだ。
〜完〜
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