片恋 番外編

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始まったばかりの二人(前編)




 都市伝説の館を出た俺と栞は昼飯を軽く食べて、また校内を歩き始めた。混雑もピークになっているのか、どこも中々入れない。

「涼、待って!」
 廊下で腕を強く引っ張られ振り向くと、同じ学年の女の子が俺に両手を合わせて拝んでいた。三日前、俺の誕生日だからと弁当を作ってきてくれた子の一人だ。
「ここ入って! お願い! 鈴鹿さんも一緒に、ね?」
「ここ?」
 栞と二人で入り口の派手な看板を見る。って、ええ! コスプレ写真館!?
「全然人来ないんだよー。意外と皆恥ずかしがっちゃってさ。涼が何か着て写真でも撮れば、女の子たち絶対集まるから」
「やだよ俺、こういうの」
 勘弁してくれ。今日は一応初デートなんだから、もうちょっと違う所を回りたい。弁当の借りは別の機会に返すからさ。

 そこから去ろうとする俺の前に立ちはだかった女の子は、ニヤリと笑いながらこそっと言った。
「鈴鹿さんにも涼の好きなの着てもらえばいいじゃん。二人の写真も撮ってあげるし」
「……好きなの?」
「いろいろあるんだよ〜。選び放題」
 選び放題って……何があるんだ。思わず目が泳ぐ。いやいやいや、栞がオッケー出してくれるわけがないから。でも……いやいやいや、それはないって、期待するな涼。絶対嫌がられるって。恐る恐る栞を振り向くと、彼女は真剣な顔で俺を見上げていた。いつの間にか俺のセーターの袖を摘んでいる。ど、どうしたんだよ、急に。カフェで栞が来た時みたいに、顔が熱くなってきた。
「ね、涼入ろうよ」
「え」
「あたし、涼に着て欲しいのあるんだ」
 マジでか。一体俺に何を着て欲しいって言うんだ。
 またさっきと同じように期待に目を輝かせて俺を見つめる栞が、すっごく可愛いかった。ああ、もう何でも言う事聞いてあげたい。ま、都市伝説に比べればこれくらいどうってことないよな、よし。

 栞の笑顔見たさに覚悟を決めて、緊張しながら一緒に教室の中へ入った。窓際には、男物と女物に別れていろんな種類の服がポールにかかっている。その前に置かれた長机の上には帽子にブーツ、ヅラだの剣だの、何だこれっていう飾り物が山のように置かれていた。前後の黒板の前にはそれぞれ長いカーテンがかかっていて、どうやらそこが更衣室になっているらしい。そして確かに、他に比べて客は少なかった。

「やったー! いらっしゃい、涼!」
「涼来た!」
 廊下でその声を聞いた女の子達が、入り口から一斉に中を覗いた。いいから。見なくていいから。栞と二人で楽しみたくて来たんだから、こっちくんな。
「たくさんあるね」
 呟いた栞はポールにかかった服を手に取った。少しだけかがんで彼女にそっと近付く。それだけで何だか、自分がこうして隣にいられることが嬉しくてたまらなくて、胸がいっぱいになってしまった。
「あのさ、どれ着ればいいの?」
「これなんだけど、いや?」
 意外にも栞が選んだのは龍馬の衣装だった。うんまあ、これならいいか。俺も龍馬は好きだし。
「あー、これだったら大丈夫。いいよ」
「ほんとに?」
「うん。……あのさ」
「ん?」
 サラッと言えばいいんだよ。変に間を空けると下心があるって疑われる。いけ、涼。
「その代わり、栞も着てくれる?」
「いいよ。あたしこういうの一回着てみたかったんだ。どれがいい?」
 よっしゃああああ! よしよしよし、やったぜ俺! 右手で見えないように小さくガッツポーズをして、ニヤけるのを抑えながらポールにかかった女物の衣装に手を伸ばす。

「……」
 どれにしよう。手堅いとこでメイドも可愛いな。しかしナースも捨てがたい。猫耳にウサ耳。チラリと横にいる栞を見て一人妄想する。全部似合いそうだ。やべ、何か興奮してきた。いかんいかん落ち着け。OLか、OLも貴重か……。
 その時突然背中をバーンと叩かれた。
「いでっ!」
「ちょっとやーだ涼、何真剣に悩んでんの〜」
 栞の横でさっきの子が大笑いした後、肘で俺の腕を押した。
「水着もあるけど……どうする? 鈴鹿さんに着せちゃう?」
 一瞬だけ栞の水着姿が頭を過ぎる。な、何を考えてんだ俺は!
「んなもん、着せられるか!」
「ね、鈴鹿さんは何が着たいの?」
「涼と同じのがいいな」
 嬉しそうに笑った栞は俺と同じものを選んだ。あーあ、何だよ。せっかくお願いしたのに、これじゃ意味無いだろ。余計なこと聞きやがってえええ!


「難しいな、これでいーの?」
 上は短めの着物で下は袴だ。袴なんて穿いた事がないからよくわからない。ニセモノの刀を持って、とりあえず簡易更衣室を出ると、いつの間にか増えている待ち構えていた女の子たちに囲まれてしまった。
「りょ、涼カッコイイ!」
「大丈夫、それでいいからそこにいて!」
「似合いすぎでしょ、ちょっとカメラ、カメラ! ケータイも!」
 俺が溜息を吐いたその時、後ろから小さな声がして振り向くと、着替えを終えた栞が立っていた。
「あの、どうかな?」
「……あ」
「強そう?」
 な、何だよ。めちゃくちゃ可愛いじゃんか! なぜか鉢巻までして気合が入っている。男物で一番小さいのを着たみたいだけど、それでも大きそうで、いつもよりずっと栞が小さく見えた。
「か、可愛い……!」
「あの、強そうではない?」
「え? あー、うん強そう」
 強そうって言って欲しいのか? 残念そうな彼女の言葉に思わず吹き出した。
「可笑しい?」
「や、可笑しくないけどさ。強くなりたいの?」
「だってこういう格好したら、強そうに見られたくない?」
 真剣な顔をして刀を構える栞を見つめる。意外だよな。そういうとこがいいんだけどさ。

 ポラロイドの写真を3枚撮ってもらい、制服に着替えると栞が名残惜しそうに言った。
「あたしやっぱり、もう1枚着たいな」
「うん、いいよ。俺はもういーや。着替えたら見せて」
「今度は涼が選んでくれる?」
 えええ!? マジで!?
「え……じゃあ、あのこれ」
 チャイナドレスでお願いします! 実はさっき密かに決めてたんだ。栞に似合いそうな気がしてさ。素直にそれを受け取ってくれた栞は、カーテンの向こう側へともう一度入っていった。それを確認すると、女の子達が俺の側に寄ってきて口々に小さな声で言った。
「涼、ありがとね。あのさ、鈴鹿さん待ってる間、隣行っておいでよ」
「隣?」
「メッセージサービスやってるんだよ。お願いするとさ、指定した時間と場所にメッセージを届けるっていう企画」
「ふーん」
「女の子なら絶対喜ぶって。メールもいいけど、こういうの好きだから」
 そうそう、と女の子たちは頷いた。そういうもんなのか? 自分からこんな風にしたことないからわかんないけど、いい機会だから乗ってみることにした。
「そっか。じゃ行ってくるわ。ありがとな」
「鈴鹿さん出てきたら、呼んであげるから」


 言われた通り隣の教室へ入り、ちょっと恥ずかしかったけどカードにメッセージを書いて、別の用紙に時間と場所を指定した。周りを見ると意外なことにカップルは少ない。俺みたいに内緒で来てんのか。順番に並び、机の所で座って受け付けている係りへ、それを渡そうとした時だった。
「涼じゃん、久しぶり」
 声を掛けてきたのは井上だった。去年俺と同じクラスだった2組の井上は、確かこの前栞に振られたばかりだ。俺が教室で偶然聞いた情報が間違っていなければ。
 井上はちょうど係りの時間だったらしく、そこにいた奴と交代して俺のカードと用紙を受け取った。まじまじとそれを見つめた井上が呟いた。
「鈴鹿栞? って、お前と同じクラスの鈴鹿さん?」
「そうだけど」
「え、何で?」
「何でって……」
「まさか、付き合ってんの?」
 口ごもる俺に井上が顔を上げて言った。またこのパターンかよ。どうしよう。まあ、いずれわかる事なんだから、今隠してもしょうがないんだろうけどさ。
「あー、うん。付き合ってる」
「いつから?」
「三日前、くらいかな」
「へーそうなんだ。あーそうか。なるほどね。ふーん、へー、そう」
 明らかに井上の顔は引き攣っていた。当たり前だろうけど、まだ栞のことが好きなんだよな。そりゃそうだよな。
「俺が届けようか。鈴鹿さんに」
「え?」
「考え直せば? っていうメッセージに変えといてやるよ」
 真顔で言う井上に頭がかっとした。何だよこいつ。

 朝から皆、何なんだよ。目の前にいる井上だけじゃない。クラスの奴らも、カフェでも、さっき会った桜井とか言う栞に馴れ馴れしい奴も、何がそんなに気に食わないんだよ。

 俺は普段あまり見せたことのない不機嫌な顔で、いつの間にか井上を睨みつけていた。
 栞に出会ってから、それまで知らなかったいくつもの感情に何度も振り回されてきた。彼女を好きだって思う気持ちと、好き過ぎて何もできなかった情けない気持ち。

 そして今また、新しく生まれた知らない感情に戸惑いながら、隣の教室にいる栞を思って立ち止まったまま、そこから動けずにいた。





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