片恋

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12 呼べない名前




「んじゃ、よろしくな涼。八月一日、空けとけよ」
 休み時間、高野にさっきから何か言われていた気もするけど、俺はうわの空でまるで話なんか聞いていなかった。
「え、何?」
「お前な……花火大会。空けとけって言ってんの」
「……」
 俺は気乗りしなかった。どうせぞろぞろ皆で行くんだろ。今そういう気分じゃないんだよ。
「お前が来ればさ、女の子呼び放題だしな。絶対来いよ。お前も声掛けとけよな。何人でもいいからさ」
「お前、彼女は?」
「もちろん来るけどさ。大勢の方が楽しいだろ?」

 大勢、か。……そうだ! 鈴鹿さん、来るかな。俺と二人じゃ絶対来てくれなさそうだけど、もしかしたら皆と一緒なら来るかもしれない。誘ってみよう。どうせなら一緒に行きたい。
「よしっ! 行くぞ! 絶対行く!」
「お、おお。来いよな」
 俺は立ち上がって彼女を探した。いない。こんな時に限っていない。廊下に出る。いない。
 そうだ、図書室! 俺は廊下を駆け出し、階段を駆け上がり図書室に入った。呼吸を整える。
 居た! けど、もう反対側のドアから出ようとしてる。ま、待ってくれ。足早に静かに彼女の方に近付く。図書室を出た廊下でやっと追いついた。

「あの……」
 駄目だ、名前が呼べない。彼女は振り向かない。どうしたんだよ、たかが名前を呼ぶだけなのに。突然、彼女と話をするのが随分久しぶりだということを思い出す。余計な事考えるな、涼。早くしないと、彼女が行ってしまう。
 もう一度呼吸を整える。よーし行け、今しかない!
「あの……鈴鹿、さん」
「あ、吉田くん?」
 どうしたの、という顔をしている。静まれ心臓。俺だけじゃないんだ。皆来るんだ。二人じゃないんだ。だから誘えるだろ。いつものように軽い感じで。
「あのっ」
 やべ、声が……何だよこの緊張感は。

「は、八月一日、暇?」
「え?」
「花火大会があるから皆で行くんだけどさ、大勢の方が楽しいからいっぱい誘って来いって言われてさ、鈴鹿さんもどうかな」
 す、すげえ早口。伝わったかな。
「……」
 彼女は驚いたように俺の顔を見つめていた。
「友達とか、連れておいでよ。こっちも男も女もいっぱい来るから」
「そうなの?」
「そうそう、だから、どう……かな」
 たかが花火に誘うだけなのに、何でこんな自信の無い声しか出ないんだよ、俺。断られたらどうしよう。どうしよう、どうしよう。一瞬の間にこの言葉が何回もぐるぐる頭の中を回る。

「そうだね。行こうかな」
「ほんとに?」
「うん。友達もいい?」
「あ、うん! もちろん!」
 よっしゃあああああ! よしよしやったぜ俺! 涼万歳! よく頑張った! 心の中でガッツポーズ!!

「あ、そうだ。じゃあ吉田君のケータイの番号教えて? メアドもいいかな」
「へっ?!」
 俺はあまりの事にすっとんきょうな声を出してしまった。メ、メメメメアドですかっ!
「駄目だったかな。ごめん。でも連絡取る時困るかなって。駄目ならいいんだけど」
「全然、駄目じゃないっ!」
 俺の声に彼女はびっくりして口を開けた。俺自身もすげーびっくりしてる。だってメアドだぜ? たかが。俺そんな事今まで当たり前のようにいろんな女の子と交換して、メールして、ってやってるのに、何だよこれは。嬉しすぎてどうしていいかわからない。
「あ、ご、ごめん。大きい声出して」
「ううん。えーと今持ってる?」
「あ、あると思う多分」
 制服のズボンを探るとあった。あれ、何かケータイ濡れてる? って俺の手の汗だ。何だよこれ!
「あたしも今持ってるから、赤外線できる?」
「うん」
 さりげなくポケットで手を拭き、自分のケータイを差し出す。彼女のケータイは可愛い桜色だった。俺のは黒。まあ無難だろう。
 って、ええ赤外線?! お互いに向き合ってケータイも向け合うあれだよな。いや何十回ってくらいやってるけど。どうしよう、緊張してきた。
「えーと、あたしが送るね。いい?」
 可愛い声だなあ。落ち着いてて、聞きやすい。下を向いた彼女の頭の天辺の綺麗なつむじが見えた。髪からいい香りがする。俺より随分小さい気がする。俺は180だから彼女は160、ないかな? ああこのまま……。
「吉田くん?」
 急に顔を上げた彼女が目の前にいる。
「は、はいっ?!」
「あの、赤外線」
「あ、ああごめん! 今やる」
 何やってんだよ俺は。

 あ、送信来た。いや受信か。もうなんでもいい。これでメールできる。電話も。当たり前なんだけど、何かすっげー嬉しい! 彼女と少しだけ、ほんの少しだけだけど近付いた気がする。
「じゃあ近くなったら連絡するよ」
「うん。お願いね」
「あのさ、後で念のためにメール送れるか試していい?」
「うん、もちろん」
 よしよしよし、いいぞおおお! いつもならその場で空メールなんだけどちゃんとしたの送りたい! 家帰ってからゆっくり打とう。
 そこで予鈴が鳴った。
「教室行こう」
「うん」
 一緒に階段を下りる。
「また……」
 彼女が言った。
「え?」
「また屋上一緒に行こうね」
「あ……うん」
 その時の俺は、顔が真っ赤だったと思う。彼女は俺と一緒に飛行機雲見た時の事、いやじゃなかったんだ。また行こうって、言ってくれた。

 今日はいい事尽くしだ。高野、お前にマジで感謝する! 気が向いたら何か奢ってやる。何がいい? 缶コーヒーか。炭酸か、お茶がいいか。
「涼、どこいってたんだよ」
「え、ああちょっとね〜」
 自然と顔がにやつく。
 高野お前ほんといい奴だ。俺を誘ってくれてありがとな。よし素直に奢ってやるか。
「相沢も誘ったからさ」
「……は?」
「あいつも来れば、さらに女の子呼べるしなー」
 あ、相沢も? あいつも来るのかよ! そんな、せっかく彼女を誘ったのに。彼女を誘うのどんだけ大変だったと思ってんだよ!死にそうだったってのに……。

 ……高野お前ほんと最悪だよ。空気読めってんだよ。どうして欲しいんだ。ヘッドロックか、回し蹴りか、K−1かプライドか。余計なことをおおおお!!
 俺は頬杖をつき、思いっきり不貞腐れて高野を睨みつけてやった。
「な、何だよ」
「べつに……」


 もう絶対奢ってやんない。



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