エステも行った。
昨夜は良く寝た。
寝る前に両親へ挨拶もきちんとした。大丈夫、大丈夫。緊張しない。
薄いカーテン越しに見える窓の外は、5月の青空が広がっていた。俯くと手袋をはめている手が、ほんの少しだけ震えているのがわかる。
もう一度顔を上げると、薄い水色の小花が散った壁紙が目に入った。天井からは、可愛らしい小さなアンティークのシャンデリアがちょこんと下がっている。飴色が綺麗な、これもアンティークの鏡台の上には、これから着けるパールのネックレスとレースのハンカチ。このあと手に持つ、まあるい形をした白いバラのブーケが、倒れないように飾られている。
ドアがノックされて、鏡台の鏡越しに大好きな人が現れた。胸がどきーんとして、一瞬で顔が強張る。一生で一番綺麗な日でいたいのに、どうしよう。
「あら、じゃあ私は出ていますね」
ドレスの着付けとヘアメイクをしてくれた担当の人が、彰一さんと笑顔で挨拶を交わす。
「ごゆっくり。あ、ネックレス着けてあげてくれる?」
「わかりました。ありがとうございます」
嬉しいんだか、不安なんだか、安心したんだか……よくわからないけど、彰一さんの姿を見た途端、泣きそうになってる自分がいる。
「しょ……彰一さん」
「うん」
「あの、私ね、ちゃんと練習してきたから」
私の言葉に、彼が吹き出した。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「だって、いろんなこと考えちゃって」
「何を?」
「バージンロードで転ぶとか、誓いの言葉間違えたりとか、指輪落っことすとか」
想像するだけで恐ろしい! 目に浮かぶところが怖いよね。
「優菜ちゃん」
「はい」
「あの、さ。……すごく綺麗だから大丈夫だよ。それだけで多分、何もかも上手くいく。きっと」
「ほ、ほんとに?」
「うん。綺麗だよ」
「ありがとう。あの……彰一さんも、すごく素敵」
淡いグレーのショートフロックコートがよく似合ってる。
「……ありがと」
照れたように笑った彼は私の後ろへ立った。ふわふわしたヴェールの裾をそっとあげて、私の首元にネックレスを着けてくれる。少しだけ、緊張も解けたみたい。
「じゃあ、俺もちょっと練習していい?」
「練習?」
「したことないからさ、出来るか挑戦していいかな。ちょっと立ってみて?」
「? う、うん」
彼に手を取ってもらい立ち上がる。何だろうと思った次の瞬間、彰一さんが、Aラインの真っ白いドレスを着ている私を抱き上げた。
「あ、できた」
「び、ビックリした」
「近いね」
目の前の彰一さんが笑った。
「……うん」
「優菜ちゃん、俺の首に手回すんじゃない?」
「こうかな?」
「多分。鏡見てみよう」
振り向くと、彰一さんの腕にお姫さま抱っこされている私が、すごくすごく幸せそうに鏡に映っていた。
「……でさ、こうするといいかも」
「……」
微笑んだ彼の顔が近付いて、私も自然に瞼を閉じる。
「お邪魔しまーす! ドア開いてるよ?」
あと少しの所で、コンコンと音がしたドアから、赤いホルターネックのワンピースを着た秋子が顔を覗かせた。
「あ、秋子……!」
「綺麗、綺麗! 優菜可愛いよ! いいなあ、お姫様抱っこ!」
「ありがと」
彰一さんが秋子と話しやすいように、そっと床へ私の足を下ろしてくれた。白いパンプスの先がドレスからチラリと覗く。もうちょっとだけ抱っこされてたかったな、なんて。
「ご両親は?」
「うちのお父さんはバージンロードを歩く練習。さっきからずっとしてるの。彰一さんのご両親と私のお母さんは親戚と一緒に控え室」
「お父さん、ちょっと優菜に似てるもんね。あわてんぼっぽいし」
秋子がクスクス笑っている。
「あのねえ、ほんと失礼なんだから」
私の言葉を無視して、秋子は彰一さんに向き直った。
「おめでとうございます。皆川さん、絶対優菜を幸せにして下さいね」
「ありがとう。大丈夫だよ」
あ、やだ。なんかこういうの泣けてきちゃうよ。ダメダメ、まだ我慢しなくちゃ。
「ねえ、優菜。絶対あたしに投げてよ? ブーケ」
「……もういらないじゃん。ちゃんと決まってるんだから」
あははと笑った秋子の指には、前に見た指輪が同じ様に光ってる。
「じゃあ、私にください」
ドアの影からローズピンクのワンピースを着た女の子が顔を出した。
「富山さん! 岡崎くんも来てくれたの?」
「工藤さん綺麗!! すごく素敵です」
「ありがとう」
感動したように私を見ながら胸の前で手を組む富山さんの横で、岡崎くんが笑った。
「津田さんと田中さんも、もうすぐ来ますよ。式も見たいって言ってたから」
黒いスーツを着た岡崎くんが、彰一さんの目の前に立った。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
「……皆川さん。俺、気付いてましたよ、とっくに」
岡崎くんが得意げな顔で言うと、彰一さんが珍しく焦った顔を見せた。彼の胸には、私のブーケとお揃いのお花がついている。
「……嘘だろ」
「だって皆川さん、いっつも工藤さんの方見てたじゃないですか。俺が工藤さんと仲良くしてると無茶苦茶、睨むし」
「!」
「覚えてます? 俺と工藤さんが昼飯一緒に行くって言った途端、皆川さんすごい顔してたの。あの時殺されるかと思いましたからね、俺。マジで、忘れらんない」
ほ、ほんとに? なんか、ちょっと嬉しいかも。 隣で赤くなっている彰一さんが可愛い……なんて言ったら怒られちゃうかな?
「あんなのすぐバレますよ。二人だけじゃないんですか、バレてないと思ってたの」
岡崎くんの言葉に、富山さんが溜息をついた。
「嘘ですよ。岡崎さんだけですそんなの。私は全然気付いていませんでした」
「ほんとに?」
「ほんとです。でも二人がお付き合いしていたら、お似合いだなーとは思っていましたけど」
彼女の言葉を聞いた後、秋子が慌てたように言った。
「ねえ、もう少しでお式じゃない? 富山さん、岡崎くん行こう。じゃあね優菜。頑張って」
「う、うん」
「緊張したら手の上に人って字、三回書いて飲むんだよー」
……小学生じゃないんだから。ひらひらと手を振って、三人は出て行ってしまった。
秋子に言われた通りにしたのが良かったのか、綺麗な教会で、挙式は順調に行なわれた。お父さんもバッチリだったしね。お互い少し涙ぐんじゃったけど。
教会の扉から出て、階段をゆっくり下りていく。腕を組んだ二人の薬指には、お揃いのプラチナが光ってる。眩しい5月の日差しが、フラワーシャワーを浴びている二人に、たくさん降り注いだ。
冷たくてぼそぼそのカルボナーラを食べてくれた人。
私の失敗をいつも笑って許してくれた人。
優しくて、大人で、でも少しだけ甘えてくれて、私をうんと大切にしてくれる人。そんな彰一さんを支えて、私も幸せにしてあげたい。
組んでいた腕を離し、彰一さんの手をぎゅっと握る。一瞬驚いた彼も、私の顔を見つめながら、笑ってその手を強く握り返してくれた。次の瞬間、練習した通り、私の身体がふわりと宙に浮き、大好きな彼の顔が間近に迫った。
「私、いい奥さんになれるように頑張るね」
「そのままでいいよ」
青空の下みんなに祝福されて、彼と私は優しいキスをした。
これから続いていく二人の長い長い道のりを、こうしてずっと一緒に歩いていけるように。
〜完〜
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
これで「カルボナーラとフレンチトースト続編」は完結です。
優菜と彰一を応援してくださった皆さんに、心から感謝いたします。
またいつか、二人が皆さんにお会いできる日を楽しみにしております。
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お返事はブログにて。
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