ななおさん

番外編 記念日に


 洗濯ものの入ったカゴを持って二階へ上がると、壮介さんが後からついて来た。
「ねーねー七緒さん」
「なあに?」
 洗ったパッドシーツをベランダで干す。久しぶりに空は真っ青で、小さな雲が浮かんでいるだけ。梅雨の合間の洗濯日和が嬉しい。
「ねーねー」
「うん、何〜?」
 陽射しが強くなりそうだから、よく乾くかな。乾燥機でもいいんだけど、お日様の匂いが残る方がもっと好きだから。今日既に二回目のお洗濯だけど、もう一回くらいできそうかな。そろそろタオルケットも洗っておきたいし。
「ねーねー七緒さん、ねー」
 干している私の背中に、壮介さんがぐいぐいと自分の背中を押しつけている。
「そ、壮介さん、重いってば」
「ちょっとくらいさー、手を止めてくれてもいいじゃない」
「忙しいの。せっかくすっきり晴れたんだから、今の内にお洗濯したいの」
「僕と洗濯と、どっちが大事なわけ」
 振り向いて、不満そうにむくれる彼の顔を見つめる。視線に気付いた壮介さんが、私をすぐ傍で見下ろした。
「何?」
「何って……壮介さん最近、開き直ってきたよね」
「だって七緒さん、聞いてくれないから」
 素直な壮介さんに思わず笑ってしまう。
 向かいのお家の紫陽花が綺麗に咲いていた。うちのお庭にも植えてみたいな。
「僕がアイスコーヒー作ってあげるから、一緒に飲もうよ」
「ありがとう。もう一回だけ洗濯したいから、ちょっと待っててくれる?」
「作って待ってる」
「うん」
 料理は何も出来ない、って言ってた壮介さんが、最近こうして私の為にお茶や珈琲を淹れてくれるようになった。アイスコーヒーといっても、ポーションに氷とお水を入れるだけなんだけど、その心遣いが嬉しいんだよね。

 タオルケットを洗濯機に入れて、リビングへ戻る。壮介さんはダイニングテーブルに着いて待っていた。
「お疲れ様、七緒さん」
「ありがとう」
「どうぞ召し上がれ」
 用意されたアイスコーヒーの前で、得意げな顔をしている壮介さんが何だか可愛い。
「いただきます」
 少し汗を掻いたグラスを持ち、冷たいアイスコーヒーを口にした。鼻を抜ける良い香りに癒される。
「はぁ……美味しい」
 最近のインスタントは、お世辞ではなくて、かなり美味しいと思う。嬉しそうに頷いた彼も、私と一緒に喉を潤した。お互いのグラスに入った氷が、かろん、と鳴った。
「もう七月か。くるみちゃんたちの結婚披露パーティー楽しかったよね。あれから一か月経ったなんて早いな」
「うん。くるみさんも店長さんも素敵だった」
 装った彼女がとても可愛くて、パーティ最後の彼らの手紙には泣けてしまった。
 私たちの夫婦漫才は……私の中では黒歴史になりそうだけど、意外と皆さんに楽しんでもらえたから、それで良しとしよう。
「僕たちも、もっと早くの式にすれば良かったかな〜」
「十月はすごく良い時期だと思うけど、駄目なの?」
「そうなんだけどさ。七緒さんが僕の奥さんだって、早く皆に自慢したいから」
「!」
「どうしたの? 七緒さん」
 頬を熱くさせた私に、彼が眉根を寄せた。
「何かもう、壮介さん……誰って感じ」
「何それ」
「ううん。何でもない」
 素直になろうと決めてからずいぶん経つけど、私よりも壮介さんの方が切り替えが早いというか、素直過ぎてこちらが恥ずかしくなってしまうほど。
「ていうか、僕今日これから仕事なんだよ」
「え、そうだったの?」
「昨夜急に連絡入ってさ。七時には帰って来られると思うけど、取引先の店が今日しか空いてないっていうから」
 木曜日はみもと屋の定休日。先週はお仕事の付き合いでゴルフだったから、のんびりできなくて可哀相。
「一回職場に寄らなきゃならないし、品川行ってその後、所沢。天気いいから七緒さんとどっか出掛けたかったのにな〜、あーあ」
 私と出掛けようとしてたんだ……。
 残念そうに天井を仰ぐ壮介さんの顔を見ながら、ふと、あることを思いついた。


 スマホで知らせてくれた通り、七時少し前に彼が帰って来た。ドアの開く音を聴きながら玄関へ急ぐ。
「お帰りなさい」
「ただい、ま」
 壮介さんは眼鏡の向こうから目を見開くようにして私を見た。
「どうしたの、それ」
「壮介さんが……鎌倉で私を見つけてくれてから、ちょうど一年くらいになると思って記念に着てみたの。あの暑かった日、多分この着物だったと思うから」
 梅雨の晴れ間の猛暑日。二度目に鎌倉を訪れ、手帖を失くした時に着ていた夏の着物。髪も編み込んで纏め、眼鏡を外してメイクもしっかりめ。
「あ、ああ、そうだね」
「お風呂湧いてるから。シャワーだけで良かった?」
「いや、入るよ。疲れたし」
「うん。じゃあ、ご飯の準備して待ってるね。壮介さんの甚平洗って置いてあるからね」
「ありがとう」
 驚いてくれた、かな。

 一階のリビングにある和室へ、おかずを並べていく。
 焼き茄子の枝豆あんかけ、キャベツと鶏ささみの梅肉和え、海老と白身魚の入る冷製茶わん蒸し、牛のたたきはたっぷりの玉ねぎスライスと香味野菜を添えて。今日は蒸し暑かったから、さっぱりめのおかずにしてみた。とはいえ、部屋のエアコンはつけておいたから、もう暑くはないかな。
「おー美味そう」
 お風呂上りの甚平姿で、食卓前に座った壮介さんが笑みを浮かべた。褒められて嬉しくなってしまう。
「すごいねそれ、冷やしてるの?」
 小さな木製の桶に氷を敷き詰め、その中で冷やしている冷酒を壮介さんが見た。彼の正面ではなく斜め前の席に座りながら答える。
「うん。もう飲む? それとも最初はビールがいい?」
「いや、これ飲みたいな」
 彼が持ち上げた冷酒グラスへ、氷の中から取り出した冷酒を注いだ。
「なんかいいね、こういうの」
「そう?」
「うん。あの日のこと思い出して、なんかドキドキする」
 七緒さんも、と言われて私もグラスを差し出す。
「ボールペンを拾ってくれた七緒さんを次の週に探しに行って、偶然見つけて暑い中ついて行って……不審者だよね〜僕」
 笑い合いながら、冷えたお酒を口にした。すっきりとした辛口で美味しい。
「私ね、ボールペンの件はほとんど覚えていないの。そいういえばそうだったかも、くらいにしか……ごめんなさい」
「いいんだって。僕には七緒さんの着物姿が強烈だったけど、七緒さんにとってはスーツ姿の男なんて、たいして印象に残らなかっただろうからね」
「でも、浄妙寺で見た着物の壮介さんは強烈でした。ずっと意識しちゃうくらい」
「そう言ってもらえると、七緒さんに気付いてもらう為に頑張った甲斐があるよ」
 私を見つけてくれたこの人と、今はこうして本当の夫婦として暮らしているなんて、とても不思議だ。結婚した友人を羨ましがっていた一年前の自分からは想像できないほど、毎日が幸せすぎて……

 彼はあんかけが絡んだ茄子を食べつつ、冷酒を口にしている。私もつまみながら、少しずつお酒を飲んでいた。
「へー、夏用の着物って結構薄いんだね、良く見ると」
 壮介さんが私の着物の袖を指で触った。
「うん。それでも暑いから大きく襟を抜いたり、襦袢も工夫したり、保冷剤とか忍ばせてる人もいるみたいなんだけど、あの時は何も知らなくて本当に暑くて……ぼーっとしてたの」
 着物姿の人が、しゃきしゃき歩いている人ばかりに見えたんだけど、皆暑い日用の対策はしていたんだろう、きっと。
 顔を上げた壮介さんが私を見て、にっと笑った。
「着物の七緒さんを襲いたいなぁ」
「え」
「皺になると思って今までずっと気を遣ってたけど……今夜くらいはいいよね?」
 眼鏡を外しながら、すぐ傍に迫ってくる。
「ちょ、ちょっと」
 手を握られ、その腕の中に引き寄せられた。乱暴じゃないけど強い力に抗えない。普段はそれほど感じないけど、こういう時はやっぱり……男の人なんだなと改めて思う。
「七緒さん」
「ん、んう……!」
 唇を重ねたと思ったら、いきなり激しく舌を絡ませてくるから、驚いて声が漏れてしまった。まさかもう酔ってるの? まだそれほど飲んではいないと思うのだけど……
 彼の胸を両手で押し、下から見上げて抗議した。
「や、だめ。……食べないの?」
「先に七緒さんから食べる」
「ん! んんーん」
 言葉の途中で口を塞がれてしまう。私の肩を抱く手に力が入り、もう片方の手をどこかに伸ばしている。何だろうと考える間もなく、何かを口移しされた。
「だ、駄目って、ふ、んう……ん、ん……む」
 冷酒を口に含んだ彼に、それを飲まされてしまった。お酒の香りが口中に広がり、するりと喉を通ってゆく。舌を絡ませ合っているうちに頬が熱くなった。お酒のせいなのか、彼の情熱的なキスのせいなのか、もうよく……わからない。
 唇を離した壮介さんが、今度は耳を舐めながら手を動かしていた。どうやら帯締めを解こうとしているみたい。
「壮介、さん……本気なの?」
「本気。我慢できない。帯取っちゃってもいいでしょ? 胸見たい」
「や、もう……んっ!」
 彼の言葉に首まで熱くなり、抵抗しようとしたけれどまたもやキスで塞がれ……逆らう気も失せてしまった。
「ほどけた」
 嬉しそうに笑った彼が帯締めを手にしている。……子どもみたいなんだから、と思ったその瞬間、着物の裾に割り込ませた彼の手が私の足へ触れた。
「あ」
 内腿まで滑らせる指にぞくぞくして、思わず身を捩らせる。
「はい立って。次は帯ね」
「え」
 力が抜けそうになっている私を立たせた彼は、楽しそうに帯へ手を掛けた。私に教わりながら解いてゆく。帯の端を持つ壮介さんに回ってと言われて、その場で回った、って……何してるの私たち……!
「昔の時代劇みたいだね、こういうの」
「し、知らない……もう」
「ははっ、悪代官ぽいな、僕」
 脱がせにくいからと、結局伊達締めやら腰紐も解かれて、着物も脱がされてしまった。麻の紋紗襦袢に足袋という姿の私を、壮介さんが上から下までじっと見ている。
「……七緒さん、エロいんだけど。何それ」
「え、夏用の……長襦袢なの。麻で涼しいから、あっ」
 慌てて胸の前を隠す。これ、結構透けてるんだった。
「いつも着物の下はそういうの着てるの?」
「秋冬は透けないのを着てます。……今日は家の中だし、脱がされると思ってなくて……和装ブラも着けてないし……意地悪」
「隠さないでよく見せてよ。七緒さん、胸大きいんだからすごくいいよ、それ」
 畳の上に私を座らせた壮介さんは、襦袢の裾に手を入れてショーツを素早く脱がせた。襟を引き、私の肩と両胸を露出させて、そこら中に肌にキスをしている。壮介さん興奮してる? 息がすごく荒いんだけど。
 柔らかな唇の感触と自分の乱れた格好、そしてお酒が少し回ったせいもあって、頭がくらくらする。
 私を押し倒した壮介さんは、自分の頭を私の太腿へ近付けて寝そべった。
「七緒さん、上に乗ってよ。舐めてあげるから」
 壮介さんの顔の上に跨るってこと……?
「は、恥ずかしいから、せめて電気消してくれない?」
「見えないからやだ」
「どうして、そうやっていつも見たがるの?」
 明るい中ですることばかりを好むから、こっちは恥ずかしくてたまらないのに。
「男は皆そういうもんなの」
「そうなの?」
「僕のことしか知らない七緒さん、可愛い」
「きゃ」
 腰を掴まれて引き寄せられ、襦袢の裾を大きく捲り上げられた。仰向けになった壮介さんの上に、無理やり乗せられる。
 どうしよう。彼の顔に跨る形で跪いてしまってる。ショーツはさっき剥がされたから、当然何も穿いてない。すうすうしている場所を見られていると思うだけで、どうにかなりそうだった。
「は、恥ずか、し……あ、やぁ、あ……ん!」
 霰も無い姿のそこに指を挿れられた。入口をかき回されて、反射的に彼の指をぎゅっと締めてしまう。
「恥ずかしいって言いながら、すごい濡れてるけど。僕の顔に垂れてきそうだよ」
「そういうこと、言わな、いで……ぁ、あ」
「もっと腰落として」
「あ、駄目、近づいちゃう」
「舐めたいんだよ、いいからもっと来て」
 仕方なく静々と下ろしていくと、指で弄られていた場所に生温かいものが触れた。壮介さんの舌、だ。
「あ、あ……あ」
 こんな格好でいるのが恥ずかしいのに、気持ち良すぎて、もうやめてとは言えなくなった。吸ったり、舐めたり、指を出し入れする彼の動きに合せて、私の腰も自然に動いてしまう。
「七緒さん……僕のも、いい?」
 言葉に従い、甚平のズボンから彼のものを出して舌を這わせる。壮介さんの濡れた部分を丁寧に舐めてから口いっぱいに含んだ。今日、いつもより大きいような気が、するんだけど……。溜息を漏らした彼が、私に入れている指の動きを速めた。
「ふ……ん、んん……!」
 弄られながら咥えてるから、どうしても喘いでしまう。頭の奥が痺れるような感覚に溺れながらも、必死に壮介さんの硬いものを舐め続けた。
「……いいよ、もっと先のほう舐めて、そう」
 艶っぽい声に体が興奮して、ますます溢れてしまったのか、私の水音が大きくなっている。後から後から零れる蜜を全部壮介さんが舐め取って呑み込んでいるんだと思うと、急激に快感が押し寄せ、あっという間に彼の目の前で達してしまった。
「ん、ん、んんーー!」
 腰を震わせながら口を窄ませ、咥えていたものに強く吸い付いた。壮介さんも、一緒に……
「あ、駄目だよ、七緒さん……!」
 腰を浮かせた彼のものが喉の奥まで入ってしまい、苦しくて一瞬だけもがく。気付いた彼がすぐに抜いてくれた。
「ごめん、気持ち良くて、つい」
「大丈夫」
「ありがとう、好きだよ」
 起き上がった壮介さんが私を自分の方に向かせる。彼もいつの間にか甚平の前を肌蹴させていた。
「挿れて、七緒さん……」
 再び仰向けになり、苦しそうに顔を歪ませた壮介さんの上に、ゆっくりと腰を沈ませていく。彼の舌で達したばかりのそこは、容易く熱い塊を呑み込んでしまった。
「あ、いい……なな、おさ……ん」
 私の両胸を温かく大きな手のひらが包んで弄ぶ。その感触が優しくて、気持ちが良くて、声を上げながら彼の上で体を揺さぶった。
「……そんなに、腰振ったら、出ちゃうっ、って……く」
「壮介さ、ん、好き……」
「僕も、好きだよ、七緒さ、ん」
 掠れた声で囁く甘い言葉に身も心も蕩けてしまう。もっと気持ちよくなって欲しくて、一生懸命体を揺らして、彼の動きに合わせた。
「好、き……好き、好き、なの……あっ!」
 繋がったまま壮介さんが起き上がり、彼の上に座った状態で下から突き上げられた。
「い……っ、あっあっ、あ……深、い……!」
「可愛いよ、七緒さん……大好きだ」
「私、も……大好き、あ……ああ」
 幸せな悦楽を逃さないように彼の首にしがみついた。
「中に出しても……いい?」
 甘えるような声で私に訊ねる壮介さんの表情に、甘酸っぱい気持ちが込み上げた。こんな顔されたら、何でも言うこと聞いてあげたくなってしまう。何でも……
「……うん、出して」
 瞳を絡ませ、奥に浮かぶ熱を確認し合った。唇を重ねて貪るように愛を食べ合う。
「あ、出る、出るよ」
「出して、壮介、さ、ん! あっ、ああ……!」
 中に出される熱いものを受け止めながら、気を失いそうなほどの快感に再び襲われ、彼と一緒に上り詰めた。

「……着物の七緒さんとするの、ハマっちゃいそうだな」
「き、着物……じゃなくて、長襦袢……なの」
 クスッと笑った彼の言葉に、息も絶え絶えに返事をする。
 足の間から温かいものが、とろりと垂れた。壮介さんの、と思うだけでどうしてこんなに幸せな気持ちになるのだろう。
 いつもだったらすぐに拭いてしまうのに、今日は二人でそのまま抱き合っていた。壮介さん、下は全部脱いじゃってるし、私も襦袢が乱れてほとんど裸の状態なのに足袋は穿いたままだし……お互い変な恰好だけど、何だかどうでも良くて、顔を見合わせて笑ってしまった。
「今度新しい浴衣作りに行こうよ、一緒に。七緒さんの好きな店で」
「……こういうのが目的?」
「そんなこと言ってないじゃない。いやらしいなぁ七緒さん」
 にっと笑った彼が私を強く抱き締めた。
「だ、だって、ハマったなんて言うから……」
「うん、ハマったよ。浴衣の方がお互い脱がせやすそうだし、またしよ」
 私の額に唇を押し付けた壮介さんが、優しい声で言った。
「花火が見えるところ、どこか予約しとく。夏に出掛けよう、七緒さん」
「うん。最近花火を見に行くことなかったから、楽しみ」
「僕……」
「?」
「もう一回したい。だめ?」
 おねだりするように訊いてくる瞳に、何だか意地悪したくなって、彼の喉仏を人差し指でつつきながら、小さな声で拗ねてみせた。
「ごはん食べてくれなきゃイヤ」
「後で絶対食べるから」
「……もう」
「記念日だから特別ってことで。いいでしょ?」
 悪戯っぽく笑う壮介さんが、私を腕の中へ閉じ込めた。
 どんな模様の浴衣にしよう、と考えていたら、僕以外のこと考えちゃ駄目、と彼に唇を塞がれた。




次話は【浴衣でH企画参加作】壮介視点のお話になります