先生やって何がわるい!

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(48) 実習生(2)




 三月初めに、なわとび大会がある。
 年少でなわとびをまともに飛べる子は、今の時点でクラスの三分の一以下だ。この辺りは一応都会っ子になるので、クラブにでも入っていない限りは全体的に運動能力はこの程度という感じだ。
 作品展も終わり、縄跳びの時間をやっとしっかり取れた今日、みんなで跳ぶ練習を始めた。今までは何となく遊びの中に取り入れていただけだからな。気合入れるぞー。

 朝の挨拶などを一通り終え、誰もいない園庭へ出た。寒いけど気持ちのいい晴れの日だ。
 園庭で長めの縄を真っ直ぐに置いた。これからその上をぴょんと跳ばせることになる。
 そこから!? って驚かれるかもしれないけど、年少はこれでいい。まずは縄と戯れ、怖くないんだと慣れさせることが大事。子どもたちはきゃっきゃと嬉しそうに縄をまたぐように跳んだ。別に縄は動いてないから、よっぽどのことが無い限り跳べるんだけど、自信を持たせるためには、まずここからなのだ。
 一人で跳ぼうしても上手くいかないでイライラしている子どもたちのためにもなる。何でも楽しくしなくちゃな。

 次に縄の端を清香先生と将也先生に持ってもらい、10cmくらいの高さにした縄を前に、周りで座る子どもたちへ声をかけた。
「裕介先生が跳んでみるから見ててね」
「はーい!」
 皆の視線が俺の足元に集中する。
「がんばーれ! がんばーれ!」
 恥ずかしいからやめて下さい清香先生。子どもたちもつられて手拍子をしている。……仕方ない。
「がんばるぞー! えーいっ!!」
 縄を跳び越え、スタッと着地し、両手を上げて体操選手のようにポーズを決めた。10cmです。華麗に跳べました。
「ゆーすけせんせーかっこいー!」
「せんせーすげー」
 年少って素晴らしい。皆かわいいぞ! こんな姿、年長児に見られたら何て言われるか……。

「それじゃあ順番にやってみよう」
 子どもたちを立たせ、一列に並ばせる。ひとりひとり順調に跳んでいった。なんか楽しそうだなぁ。
 次は蛇のように、にょろにょろと縄を動かし、そこを跳んでみる。みんな面白がってたから、これも順調だな、と思ったその時。わーんと泣き声があがった。
「へびきらい! こわい!」
「え」
「こわいよ、やだー」
 ゆみちゃんがその場にしゃがみ込んで泣いてしまった。
「ゆみちゃん、これ本物の蛇じゃなくて縄だから大丈夫だよ」
 さっきは飛んだじゃないか〜。うーむ、まだ年少児の心理がわからん。修行が足りないな、修行が。
「先生が抱っこして一緒に跳ぼうか」
「や!! ゆーすけせんせーわかってない! う、うー……」
 まずい。あとに続く子どもたちも不安な顔になってきた。本当はへびなんじゃ……? なんて噂まで始めてるよ。
「じゃあ、あの。僕が……」
 縄の端を持っていた将也先生が、おずおずと右手を上げた。
「僕が一緒に飛びます」
 俺もびっくりしたけど、ゆみちゃんも同じく驚いたのか、泣き止んで将也先生をじっと見ている。
「将也先生も、うまく跳べるかわかんないけど……一緒に、跳んでくれる?」
 い、意外だな。何も言わないでいるかと思ったけど。こくんと頷いたゆみちゃんは立ち上がり、将也先生のそばへ歩いた。
「……いいよ。じゃあ、おてて」
「え?」
「つないでとぼ」
 涙をごしごしとこすったゆみちゃんが、小さな手を将也先生へ出した。
「うん。跳ぼう」
 二人は手をつなぎ、俺と清香先生が縄を動かした。ゆみちゃんはさっきとは別人のように笑いながら縄を跳んでいる。将也先生も緊張が解けたのか、やっと明るい顔付きになって、大きな声を出してゆみちゃんと一緒に笑った。
 そうか、緊張してたのか。そりゃそうだな。初めて来る園でリラックスしてる方がおかしいんだ。ゆみちゃんだけじゃなく、他の子にも飛び付かれた将也先生は、これが切っ掛けで一気に人気者になってしまった。
 その笑顔があればもう大丈夫だな。うん、子どもが好きならやっていける。


 放課後、実習生たちは実習をした教室の掃除をし、その後担任と少し話をしてから実習日誌を書く。それでも時間が余ったら、各学年の制作物で使うものを準備したり、配布物をクラスの人数分数えて分けたり、そんなことをして俺たちと職員室で一緒に過ごてもらった。
「裕介先生、実習日誌お願いします」
 終礼も終わり、将也先生が俺のところへ日誌を持ってやってきた。
「ああ、はい。いろいろありがとね。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。お先に失礼します」
「ああ、えっと明日は梨子先生のひよこ1組に入ってもらうことになるから、挨拶してから帰ってね」
「わかりました」
 清香先生はとっくに帰ってしまったので、一年目と言えども俺が日誌をチェックすることになった。学校提出のものと違うから、俺が見ても大丈夫なんだけどさ。コーヒーを口にしながら彼が書いたページをめくる。
 一日の流れをざっと見て、コメント欄へ目を移す。

 ――今朝はブランコの前で子どもたちに危険なことをさせてしまい、すみませんでした。以下、あの時の状況です。
 さちこちゃんが「ゆーすけ先生がいないうちに早く」と僕の足を叩きました。「いいの?」と聞くと「いいの! こがないとぶつよ!」と言って来たので、つい言いなりになってブランコをこいでしまいました。反省しています。

「ぶはっ……!!」
 コーヒー吹いた。おいおいさーちゃん、君ひどすぎるじゃないか。

 ――でもみんな可愛くて、とてもいい子たちで驚きました。ゆみちゃんと一緒に縄跳びをしたことで、皆と仲良くなれて良かったです。

 なんか懐かしいな。これから自分が初めての担任を持つんだって、一番わくわくしてる頃だ。
 でもブランコのことだけじゃなくて、まだまだ彼には教えることがたくさんある。注意するだけじゃなくて、励まして、一緒に乗り越えていかなきゃならない。仕事で先輩になるってのは大変なんだな。俺も一年前はああだったんだから反省しなくては。

「裕介先生、クラス編成できそう?」
 梨子先生が後ろから声を掛けてきた。
「もう少しで終わります。すみません」
「今週末、主任にお知らせしなくちゃならないから、頑張ってね」
「はい」
 ひよこ組の子どもたちと、年中から入ってくる新入生の子たちを混ぜ、三クラスに編成しなければならない。まずは梨子先生と俺でそれぞれ自分のクラスを分け、そしてそれを合体させる。
 これが簡単なように思えて実に難しい。同じバスコースばかり集まっても駄目だし、親同士でトラブルがあった場合も考慮して違うクラスにしたり、月齢も偏ったらいけないし、友達同士もうまいこと分けなければならない。頭が痛いなーほんと。
 この時期は事務仕事がやたら多い。クラス編成だけでなく、その合間に子どもたちの四月からの作品まとめや、指導要録なども書き上げなくてはいけない。年長はこれに加えて卒園に関する事務が大量にあって、傍から見てても本当に大変そうだった。

 毎日忙しい中、いつの間にかひよこ2組の皆との別れが、あと一か月にまで迫っていた。





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