先生やって何がわるい!

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(31)担任交換(1)




「裕介先生じゃん」
 いつもと違う教室の中にいた俺は、声をかけられ振り向いた。年長の男児が帽子を脱ぎながら自分の鞄を振り回している。
「お! おはよう」
「おはようございまーす。今日は担任交換だっけ」
「そうだよ。よろしくな」
「よろしく、してあげてもいいよ」
 にやっと笑った男児は、行ってきまーすと言って教室を飛び出した。しばらくしたら俺も園庭へ行って子どもたちと遊ぶつもりだ。
「おはようございまーす! 裕介先生見つけたー!」
「やっぱり本当だったんだ! 裕介先生おはようございます」
 入れ替わるようにして、女の子たちが次々と教室へ入ってきた。
「おはよう! 今日は一日よろしくお願いします」
 俺が深々お辞儀をすると、クスクスと笑った女の子たちは、教室の中のことを俺にいろいろ教えてくれた。

 今日は一日担任交換だ。違う学年のクラスと担任を交換する。いつもと違う環境に身を置き、いろんな発見をして勉強するのが目的だ。担任だけではない。子どもたちもまた、普段接しない先生と一緒にいることで、新たな刺激を受け成長することを目的とする。俺は年長児クラスの、くま3組の睦美先生とクラスを交換していた。

 園庭で年長児たちと遊びながら、俺はひよこ2組、自分クラスの子どもたちを気にしていた。朝、年少児は時間差で園庭に出てくるから、まだ一人もひよこ2組の子どもには会っていない。
 鞄から手紙は出しただろうか? 睦美先生はトイレの声掛けをしてくれただろうか? 顔色の悪い子はいないか、バスで吐いてしまった子はいないか。俺がいないことに気づいて、泣いたりしてないだろうか?
「裕介先生、鬼ごっこしよ!」
 引っ張られて振り向くと、くま3組の子たちが何人か俺の後ろにいた。 いかんいかん。そうだ、今日は夢にまで見た年長児を一日担任するんじゃないか。しっかりしろ裕介。
「おう! やろうやろう。じゃあ先生鬼な。いーちにーい」
「先生早いって! ちょっと待ってよ!」
「待たない。さーん、しーい!」
 きゃーと叫んで子どもたちが散らばっていく。騒ぎを聞いた他のクラスの子たちも、入れて? と混ざり大人数になった。それにしてもさすがに年長は運動量が違う。すばしっこい子どもたちに、なかなか追いつけない。少しだけ俺が本気を出して、いっぺんに両手で二人を捕まえると、周りにいた子どもたちは大騒ぎで逃げていった。うんうん、楽しいなーって、だいぶ打ち解けてきたところで時間切れだ。

 園バス最終ルート便が園へ到着したのを合図に、園庭に出ていた子どもたちと共に教室へ戻った。俺が何も言わなくても子どもたちは手を洗い、先にトイレへさっさと行く子も何人かいた。グループで座れる机がいくつかと、それに合わせて椅子も置いてある。それぞれ決められている場所へきちんと座り、子ども同士で既に盛り上がっていた。年少とは全然雰囲気が違うな。
 皆が揃ったところで、俺は挨拶を始めた。
「えー、くま3組の皆さん、おはようございます」
「おはようございまーす!」
「ひよこ2組から来た裕介先生です。今日は一日担任交換ということで、くま3組の先生になります。よろしくお願いします」
 よろしくおねがいしまーす、と答えたくま3組の子どもたちは、皆元気いっぱいでノリがいい感じだ。
「じゃあ、先生に何か質問ある人」
「はいはーい! 裕介先生、結婚してるの?」
「え!」
 立ち上がった一人の男児の質問に俺が一瞬うろたえると、次々に周りの男児たちも大声を上げた。
「してるわけないよ。裕介先生、指輪してないじゃん」
「まだしてないんだー! モテ期きてないんだー!」
 だっせぇ! と言って男児たちが大笑いした。
 おいおいおいおい、ひどいじゃないか! 言い訳したいけど、俺が口を挟む余裕なく、皆弾丸のように俺へ質問を撃ちまくってくる。
「じゃあ彼女はいますか?」
「だからモテ期まだだってー」
 今度は女児たちだ。三つ編みの子、ツインテールの子、ショートカットに花のヘアピンをしてる子、皆可愛らしい髪形をしている。背も年少に比べるとずいぶん大きいよな。
「いや、あの」
「あー! 裕介先生テンション下がったー!」
 やだー! きゃー! と女の子たちが一斉に声を上げて笑った。な、な、なんなんだ? お前ら女子高生かよ。
 それにしてもこいつら皆、すんげーーーー口が達者だ。一体どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ? ひよこ組の子どもたちも、二年後にはこうなるのか? 信じられない。

 ピアノを弾いてお当番さんを前に出し、朝の歌と挨拶を済ませる。ピアノの上に、睦美先生のおもちゃのマイクが置いてある。手に取り立ち上がり、お当番さん二人の名前を聞いた後、まずは女の子、マミちゃんへ質問をした。
「大きくなったら何になりたいですか?」
「パティシエです」
 おおー。最近女の子に人気だとは聞いてたけど、やっぱりそうなのか。好きなデザートは? とマミちゃんへ質問するとクレームダンジュなんちゃらっつって……わかんねえよ! すげえ本格的だな! 次は隣に立っている男児、ケンジくんだ。さっき俺のこと、モテ期がどうのって言ってたやつな。
「大きくなったら何になりたいですか?」
「海賊王に……オレはなるっ!!」
 ぷーっ! お前さっきあんなに生意気なこと言っておいてそれかよ! キメポーズに吹き出しそうになるのを何とか堪え、意地悪く突っ込んでみた。
「どうやって海賊王になんの?」
「え……」
 俺の質問に、ケンジくんは難しい顔をして考え始めた。
「とりあえず仲間集めるだろ。そんで悪者倒すだろ……」
「仲間ってどこで集めんの?」
「それは……」
 困ってる困ってる。面白いなー、さあどうする? と思った瞬間、他の男児が二人その場で立ち上がって言った。
「ケンジ! オレが仲間になってやる!」
「オレも! 一緒に海賊やろうぜ!」
 二人の言葉にケンジくんがガッツポーズをした。
「お前ら、ちょういいやつうう! ありがとな!」
 ……ちょっと羨ましいじゃんか。熱血だな、5歳やそこらで。
「先生、そういうことだから。わかった?」
「はい。よくわかりました。すごい友情だな」
 得意げにうなずいたケンジくんは、マミちゃんと共に自分の椅子へ戻った。

 年長児は今、12月の発表会へ向けて本格的に楽器演奏の練習に入っている。その合間に、三学期に展示される美術展用の作品を仕上げなくてはならない。今日は睦美先生から、絵を描くようにと指導を受けていた。
「今日はこの紙芝居を見て、感じたものを絵に描いてみよう」
「ええー! オレやりたくない!」
「う……」
 今度はまた違うところから大声が飛んできた。はっきりしてるのはいいけど、扱いにくいなー年長は。
「裕介先生、天気もいいから外で遊ぼうよ!」
「それはあとで。これが出来たら、外でドッジボールと縄跳びしよう」
 ちっと舌打ちしたヒロキくんが捨て台詞を吐いた。
「マジめんどうだし!」
 はあああ? これはまずいだろ。今日だけの担任とはいえ聞き逃せない。言ってやらねば。
「ヒロキくん、そういう言い方はよくないと先生は思うな」
「はいはい」
 ヒロキくんの可愛くない返事を聞いた、同じ机に座っている女の子が彼を指差して抗議した。
「はい、は一回! 昨日も睦美先生に言われたでしょ!」
「そうだよ、そんな言い方したって全然かっこよくないよ、ねー?」
「ねー?」
 ひー、団結した女子おっかねええ! いや、でも俺に協力してくれてるのか。むくれたヒロキくんが、どかっと椅子に座って女の子たちへ向かって言った。
「は、い! わ、か、り、ま、し、た!」
「そんなんだからチョコもらえないんだよ」
「そうだよ、そうだよ」
 きゃきゃきゃ、と女の子たちは笑って手を取り合った。

 なんか俺、会話に全然入っていけてない。年長ってこんなんだったっけ? 学生の頃、実習で見た年長児の姿とも違う。そうか、あれは担任の先生と、いつもはいない俺がいたから、また違う雰囲気だったんだ。普段は結構こんな感じだったのかもしれない。
 年長児たちの相手は、こっちが負けたらおしまいだって気分にさせられる。第一次反抗期ってやつだっけ? 成長の過程で当たり前にこうなるんだろうけど、毎日こうだと先生は体力のみならず、気力も相当使ってしまいそうだ……。

 あれ? おかしいな。あんなに年長の担任に憧れていたというのに。今俺、ひよこ2組の子どもたちが恋しくて仕方がない。





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