先生やって何がわるい!

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(18)性教育の原点!?




 疲れた……。
 飯の支度とかめんどくせえええ! 彼女いらないから、嫁が欲しいです。帰って来たらご飯が出来てて、風呂沸いてて、洗濯と掃除してくれて、弁当の用意もしてくれてさ。幼稚園の先生って、一に体力、二に体力、三四がなくて五に体力って言われてるくらい体使うから、家に帰るともう何もしたくないんだ。だから俺に嫁、嫁をプリーズ……!

「あんた新人のクセに何言ってんの?」
「……結衣!?」
「だから三歳児の担任になんかなったのよ。あーショボい」
 久しぶりに会ったわりに、相変わらず上から目線だな。それにしても結衣のやつ、全然変わってない。
「は? 三歳児なめんな。大変なんだぞ。保育の原点なんだぞ。すっげえ可愛いんだぞ!」
「じゃあ、私が嫁になってあげる」
「お前何調子に乗ってんだよ。あっち行けよ。俺はもうお前に未練はないの」
「やなの?」
「いやだね」
「……ほんとに?」
 あれ? 何だか声が……。結衣じゃない、どっかで聞いたことのある声だ。どっかって言うか、毎日聞いてる気がする。と思ったら腕にしがみつかれた。
「ちょ、ちょっと、離せって」
「……裕介先生」
「!?」
 驚いてよく顔を見ると、そこにいたのは……俺の先輩だった。
「り、梨子先生!? え、何で? ちょっとあの」
「私じゃダメ……?」
 な、何ですかその上目遣いは! つーか、何で水着!? ……思ってたよりおっきいな。違う、違う! そうじゃない!
「梨子先生、こういうのまずいです。職場恋愛禁止だし、園長に見つかったらほんと、」
「ぴ」
「?」
「ぴ、ぴ、ぴ、ぴ」
「ど、どうしたんですか? 梨子先生」
 急に何があった。いくらひよこ組だからって、鳴き声とかヤバイだろ。
「ぴぴぴぴ! ぴぴぴぴ!」
「梨子先生しっかりしてください! 梨子先生!!」
 いでーっ! 手首に何か当たった痛みで目が覚めた。顔を向けると目覚まし時計が転がったまま鳴っている。
「……夢かよ」
 カーテンの隙間から強い日差しが入って来た。
 そう言えば今日からプール開きだ。だからあんな夢見たのか。
「……」
 忘れよう。今のは夢だ。梨子先生の顔見た途端、思い出すのとかは絶対まずい。俺は頭をぶんぶん横に振って、梨子先生の水着姿を打ち消した。そうそう、実際見たわけじゃないんだし、あれは別物なんだから、忘れろ忘れろ。



 年中と年長の大きなプールは期間限定で園庭に設置される。年少のプールは屋上に置かれた、一回り小さいものだ。こちらは深さもほとんど無いし、カーペットの敷いてある教室が併設してあるから、小さい子どもたちには着替えにも見学にも便利だ。そこへひよこ1組、2組の子どもたちが全員集まった。
「さあ、お着替えしますよー」
「はーい」
 プールバッグを置いた子どもたちは、嬉しそうに体操着を脱ぎ出した。だが、しかし。

 ……死ぬ。何だこれ、死ぬ。たかが体操着から水着に着替えさせるだけで、どうしてこんなに疲れるんだ。暑い、めちゃくちゃ暑い。
 まず、脱いだ体操着はそれぞれのプールバッグへまとめる。なくなると困る。なのに、この時点で数名のパンツ、靴下がない。
「これ、誰のー!?」
 あれだけ名前を書いてくれと言ったじゃないか、お母さんん!! 次、水着を着せる。水着自体が小さいせいもあって、肌にくっついてなかなか入らない。もう水着なんか着せないで、パンツいっちょでいいんじゃねーのこれ?

「ゆーすけせんせー」
「ん? どしたー?」
 もう俺、この時点で汗だく。特に男児! お前ら走り回っていつまでもぶらぶらさせてないで、早く水着はけ! それに比べて女の子たちは全然手がかからない。こんな小さい時から違うんだなー。声を掛けて来た目の前のゆみちゃんも、しっかり着替え終わって帽子まできちんと自分で被っている。
「せんせー、あれなに?」
 不思議そうな顔をして、ゆみちゃんは男児のぶらぶらを指差した。
「え?」
「ゆみちゃんとちがうのくっついてる。長いの」
「ああ、男の子にはついてるんだよ、おちんちんね」
 しゃがんで男児を着替えさせながら話をする。
「ふーん」
 まさかこんな所で性教育することになるとは。それにしても見たことないのかね。
「パパとお風呂入った時に見ないの?」
「だってパパのとぜんぜんちがうよ。パパはね、もっとおっきくて、おばけみたい!」
 うおーーーー! 思わず芸人ばりにその場で床につっぷしてしまった。吉本入れんじゃないの俺。そうですよね。全然違いますよね。うん、違う違う。ゆみちゃん、君は正しい。
「あー、うん。大人になると、変わるね」
「なんで?」
 な、なんでって……。さらに汗だくの俺。ゆみちゃんは真剣だ。俺も真剣に答えないといけない。
「えーと、ほら、皆赤ちゃんの時は、こーんなに、ちっちゃかったでしょ?」
「うん」
「でも今は背も伸びて大きくなった。もう赤ちゃんじゃない。その、おちんちんもそうなんだよ」
「せんせーも男の子だから、おともだちと同じ?」
「……」
 俺は教師だから、子どもの疑問には答えないといけない。しかしなぁ……。
「いや、先生はパパ寄りかな……」
「より?」
「パパに近いかな。お、大人だから」
 絶対この会話言うなよ? 家帰ってママに言うなよ?
「ほら、梨子先生お外で待ってるから、行っておいで」
「はーい! みーちゃん、いっしょにいこ」
「うん。いこー」

「はあ……」
 大きな溜息を吐いて額の汗を拭きながら、子どもたちの着替えを素早く片付ける。
「子どもって面白いよねー! あははははっ!」
 後ろで俺たちの会話を聞いていた清香先生が大笑いした。くそー、あとで職員室のネタにされそうだ。
「ここは私と浅子先生でみるから、裕介先生も梨子先生と先に行っていいよ」
「はい。じゃあ、お願いします」

 プールの水が太陽に反射して眩しい。こっちを見た梨子先生が、俺と子どもたちへ元気良く手招きをしていた。





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