5つのお題 Secret Garden

2背中あわせの恋




 昼休み、三人で中庭に出て芝生の上に座る。
 冬の昼間の日差しは、身体をゆっくり温めてくれる。日溜りの緩さは、あっちゃんとの時間を思い出させた。夢の中の様な覚めて欲しくない心地良さは、現実に罪悪感を持たせる。

 同じクラスのサキとキヨ。サキは女の子、キヨは男の子。最近急に仲良しになった二人。
「また練習さして」
 お弁当を食べた後、美容師になりたいという二人は私の後ろへ回った。
「キヨはダメ。この前、あっちゃんに怒られた」
厚志あつし先輩、何て?」
「……無言でみつ編み解かれた」
「無言かよ」
「男はダメってこと?」
 二人が呆れた様に両側から私の顔を覗きこむ。

「……引いてるんでしょ? この前も言ってたけど」
「うん、思いっきり」
 二人は同時に大きく頷いた。
「莉果の彼氏かと思ってたからさ。俺、自分のいとことあんな風に一緒にいるとか有り得ない」
 キヨは、その大きな体格には似合わない可愛らしい目を丸くして言った。
「でもあたし、厚志先輩ならアリかも。カッコイイしー」
 サキは胸の前で手を組み、子どもみたいに顔を輝かせている。
「ま、莉果もちょっと変わってるもんな」
「……どこが?」
 私の質問にキヨは腕を組んで言った。
「うーん、雰囲気あるっていうか、違う意味で目立つ」
「あ、それわかる」
「莉果と付き合いたいって男、結構いるって知ってた?」
「あっちゃんしか、いらない」
 私の言葉に、二人は少しだけ興奮した面持ちになる。
「だけどさ、付き合ってはないんだろ?」
「うん」
「じゃあ何で手とか繋いでんの?」
 キヨとサキの質問に、私はぼんやりとあっちゃんを思い出していた。
 彼の手、声、肩とかセーターを着てる背中とか。俯くと私の足の両側に投げ出されている、制服の脚とか。
 最近それを思い出す度に涙ぐんで、甘い痛みを感じてしまう自分に戸惑っていた。

「あっちゃんが私と一緒にいるのは、犬とか小鳥とか弟とか妹とかにするのとおんなじ」
 芝生の草に目を向け、ぶちぶちと引っ張った。
「何それ」
「可愛がって傍にいないと寂しいし心配だけど、本気で好きにはならないでしょ? それと一緒」
「……莉果は? 先輩のこと好きじゃないの?」
「同じにしなきゃいけないと思う」

 私達はこんなに近くにいるのに向き合う事はない。いつも背中合わせの、否定も肯定もしない、あやふやな狡い関係を続けている。

「もしもあっちゃんと何かあったら、それこそ顔合わせられないよ。親戚なんだし」
「まあ、な」
「お母さんにも釘刺されてるから。いとこ同士でそんなこと、やめなさいねって」
「……」
「だからこれくらいでちょうどいいんだよ。あっちゃんに……彼女が出来ても何も言えないし」
「いいのかよ、それで」
「……」
「……変な関係」
「あ、厚志先輩」

 サキの声に顔を上げる。
 ここから見える渡り廊下で、あっちゃんと女の先輩が歩いているのが見えた。女の先輩が笑いながら、彼の腕を叩く。楽しそうにしている二人を遠くに感じながら、心配げに私を見ているサキとキヨに聞こえないよう、溜息で呟いた。

「……好きに決まってる」

 居心地のいい曖昧な時間は、いつの間にか窮屈で苦しいものに変わっていた。いつまでも夢心地の時間を共有していたいけど、気付いてしまったらもう無理。

 サキとキヨが私を慰めるように優しく髪に触った。あっちゃんとは違う感触。そこに無い花の香りが一瞬だけ胸を掠め、私を痺れさせる。
 二人にありがとうを伝えようと口を開いた瞬間、後ろから聞こえた草を踏む足音と声に、心臓がどくんと跳ねた。

「何してんの?」

 私の髪を編むキヨとサキの手が止まる。
「俺、きっちりのが好きだって言わなかったっけ?」
 声の主はいつものように私の顔を覗きこんだ。恐る恐る彼の顔を見ると、笑っているのに笑ってない。彼は私の手を取り立ち上がらせ、制服のスカートに付いた芝を丁寧に払った。
「……あっちゃん」
「……」
 彼は無言で私の前に立ち、顔を少し傾けて私の髪に指を入れ、編みかけのみつ編みをゆっくり解いて梳いていく。もうその表情に笑みはない。


 私の勘違いなんだと、頭の中で繰り返し否定する。
 この手も、私を見つめる目も、鍵付きの箱を開ける為じゃない。
 彼が私に恋をすることは、ない。

 そう思った途端胸が痛んで、言葉にならない思いがまた私を涙ぐませた。



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