5つのお題 Secret Garden

1 罪作りな笑顔

 


 温室の中は冬も暖かい。

 そこはどんな季節も、いろいろな種類の花が咲いていた。外は誰でもが入れる大きなバラ園。けど今はその季節じゃない。

「こっちおいで」
 むせ返る様な花の匂いがする午後の温室の中で、彼は言った。その笑顔にどうしても逆らうことはできない。
「……」
 彼に近寄りその場所へ座る。おいでっていう時は彼の隣じゃない。縮こまって座り、下を見ると膝の出た私のプリーツスカートの両側に、彼の制服の太腿がある。聞き分けのいい子どもみたいに、ただそうしているしかない。

「みつ編み、今朝してなかった」
 少しだけ俯いている私のうなじに、彼の息がかかる。途端足先まで何かが訪れたけれど、何でもない振りをした。
「友達がしてくれたの」
「……女? 男?」
「左女……右、男」
「……」
 すぐに右のみつ編みは解かれ、彼の手によって今度はきっちりしたみつ編みに直された。
「ゆるゆるじゃない奴がいい」
 そう言いながら左も解き、髪に指を入れて、ゆっくり梳いてゆく。

 彼が私に触れる時、その動作はとても緩やかだ。
 それは何の刺激もなくて、ヌルいお風呂に足を入れた時に似ている。私を怖がらせるものはひとつも無い。
 同時にとても大事そうに私を見つめるから、つい勘違いしてしまう。
 家にある、小さい鍵付きの宝石箱を開ける私と同じに思えた。そっと手を置き蓋を開けて、宝物を見つめた後、またゆっくりと蓋を閉める。そしてそれは他の誰にも見せないし、鍵の場所も教えたりはしない。
 
「あのね、皆引くって言ってたよ」
「何を」
「こうして、あっちゃんと一緒にいること」
「何で」
「お母さんにも言われた。仲良しなのはいいけど、そういうのはダメよって」
「……ふうん」
「……あっちゃん、モテるから嫌い」
 私の言葉に彼が吹き出した。
「何だよ、突然」
「……」
「ほんとに嫌い?」
 左側もみつ編みにしながら、彼が言った。
「大嫌い」
 顔を背けた先にあった、名前も知らない大きな花の香りが強くて、眩暈が起りそうになる。
 頭を動かした分だけ、みつ編みが引っ張られて少し痛かった。

莉果りかの嘘つき」
 後ろから顔を覗きこんでくる彼にチラリと目をやると、また逃れられない笑みに縛られてしまう。
「見ないで」
「いやだ」
「……」
「こっちを向きなさい」
「や」
「向けっつーの」
「いやだっつーの」
「他の奴に触らせるなよ」
「え?」
 不機嫌な彼の声に顔を上げた私の制服の腰を、後ろから両手で押さえそっと立たせると、彼は私の手を取り立ち上がった。

「いこ。お前、塾じゃなかった?」
「……うん。あっちゃんはバイト?」
「6時からだから、まだ平気」

 少し前を歩く彼の背中を見つめる。そこから左腕、そのまま下に降りて私と繋がれている左手。小さい頃からずっと私を包んで引っ張る、今は骨ばっていて大きな手。

 彼は一つ年上の、私のいとこ。

 学校帰り、私と彼は近所の大きなバラ園の少し寂れた温室で、気だるい曖昧な時間を楽しんでいた。




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