「糸子、ありがとう」
 糸子の中に全て埋まった薫は、上気した彼女の頬を撫で、小さく微笑んだ。
「……お兄、さま」
「口を吸わせておくれ」
「は、い。ん、んうう……」
 何度目の接吻だろうか。とろりとした舌を合わせていると、痛みに耐えていた糸子の健気な秘肉の滑りが、多少よくなったような気がした。
「痛むか、糸子」
「だいじょう、ぶ」
 吐息交じりの掠れた声で返事をする。優しい兄の接吻で、いくらか痛みは和らいだのは本当だった。
「これで糸子は、僕のものだね」
「ええ、お兄様……」
 息がかかるほどの距離で切なげに眉を寄せた薫は、目を伏せて腰を動かし始めた。
「糸子、糸子」
「あ、あ、あ」
 圧迫されるごとに声が漏れ出てしまう。裾の乱れた着物から覗く糸子の太腿は大きくひらかれ、薫によって揺さぶられていた。足先の白い足袋は、まるで蝶のごとく、ひらひらと飛び回っているように見えた。
「ああ、いいよ、糸子……溶けてしまいそうだ」
 速まる律動とともに、彼の荒い息が糸子の頬へ降ってくる。
「ん、ぁあ、お兄、さま……!」
「ああ、具合がいい……糸子、いい」
 薫の艶声を間近に聴き、糸子のじんじんとしていたそこは、いつの間にか何ともいえない気持ちよさへと変わっていた。出し入れされる肉棒に擦られるごとに下腹の疼きが高まってゆく。もっと、薫を引き入れたい。奥まで感じたい。
「あ、私……私も」
「よくなってきたのか、糸子」
「よい、の、あ、んん……っ!」
 薫の体から発する香りは、普段の高貴さに加え、肉を求める野性味を帯びたものが混じり、糸子をますます興奮させた。
「んっ、お兄様……も、っと……!」
 愛の匂いをかぎ、兄の腕を掴んで懇願する。薫に合わせて自ら腰を動かしていた。はしたないと思う心とは裏腹に止められない。
「僕の、ために、こんなに、なって」
 泣きそうな笑みを湛えて、薫が大きく息を吐いた。
「このまま、一緒に……死んでしまおうか」
「え、あ、あぁ……っ!」
 薫の両手が糸子の背中へ回り、帯ごと強く抱き締められた。ますます動きを速めた薫は、何度も糸子へ自身を叩きつける。ぐちゅぐちゅと甚だしい水音を響かせながら、糸子は身悶えた。
「やぁ、ああっ、あっ!!」
「くっ、ああ、あ、糸子……っ!」
 低く、くぐもった声とともに、糸子の最奥で薫が震えた。
 薫が自分の中で精を放った喜びに、糸子の瞳から涙が溢れ出る。
「……あ、わ、たし……」
 力を失った薫は糸子の上にどさりと身を投げた。彼女の内は薫を呑み込んだまま、甘い悦楽に浸っている。彼の髪に震える手を伸ばし、息も絶え絶えに、糸子は告白した。
「お兄様と、一緒なら……死んでも、よい、わ」


 風呂場の天井から、ぽとりと水滴が落ちた。
 西洋式の湯船は陶器で出来ており、糸子と薫が入って、ちょうどよい大きさである。
 身を縮めて浅目の湯に浸かる糸子を、薫が後ろから抱え込むようにして座っていた。裸の肌が湯の中で柔らかく触れ合う。
「大野さんが、ここへ来ないかしら」
 部屋で薫と体を繋げたあと、薫が大野へ風呂の準備を指示した。
 兄は糸子を抱く直前に、大野の他には誰もいないと言っていた。その言葉通り、この風呂場へ来るまで、やはり誰にも会わなかったのである。
「大丈夫だと言っただろう。大野さんは忙しくて、僕らのことまで構っていられないさ。何せ、彼は給仕に庭師に女中にと、全ての仕事を一人で担っているのだから」
「本当に大野さんの他には誰もいないの? 使用人の皆さんは、奥様や男爵様について行かれたの?」
「皆、暇を取らせた。大野さん以外の使用人は信用できないからね」
 堂島男爵ではなく、兄が暇を取らせたというのだろうか。
「お兄様、それは」
 返事をする代わりに、薫は豊富に置いてあるしゃぼんを使い、糸子の体を撫で始めた。
「あ、お兄様。私、自分で……」
 首筋から肩にかけての、なだらかな線を薫の美しい指が這う。ぞわりと糸子の肌が粟立ち、先ほどまで彼と繋がっていた足の間が切なく疼いた。
「駄目だよ。僕が洗うと言ったじゃないか」
「で、でも……んっ」
 ぬるりとした感触が、糸子の乳房を後ろから優しく包み込む。
「お兄様、あ」
「ずいぶんと大きく育っていたのだね。泉で見た時は驚いたが」
「あ、んっ、駄目」
 桃色の頂をくるくると撫でられ、指で優しく捏ねられ……糸子の体は湯の中で、びくびくと揺れた。
「よく洗わないと、ね?」
「お兄様の、意地わ、る……んっ、ん」
 耳元で囁く薫の息がかかる。しばらくやわやわと揉んでいた彼の手は、糸子の下腹へ伸び、そして柔毛の暗闇へと滑り込んだ。
「もう出血はしていないようだが……痛むなら、これ以上はやめておこう」
 外側の肉ひだだけを指の腹が撫でる。刺激が足りないと感じてしまった糸子は腰をくねらせた。
「熱いのかい? 顔が真っ赤だ」
「そうでは、なくて……よいの、とても……」
「それなら舐めてあげようか。ここにお座り」
 風呂の淵へ糸子を座らせた薫は、彼女の太腿の間に顔を埋めた。
「んっ、あ」
 まぐわった傷を労わるように、優しく舐めている。外側を丁寧に舐めていた舌先は徐々に上へのぼり、ひっそりと隠れていた真珠を剥いた。
「あ!」
「これがよいのだろう、糸子は」
 空気に晒された丸い粒が、薫の舌にじゅるりと撫で上げられる。
「ひぃ、ああ、あ」
 求めていた悦楽が訪れ、糸子は兄の頭を掴んで首を仰け反らせた。
「そんなによいのか糸子。顔と同じように、この可愛らしい粒も真っ赤に熟れているよ」
「見ない、で……あ、ひぃ……っ!」
 吸い上げられた真珠は、次の瞬間、四肢まで伝わるほどの刺激を与えられた。
 敏感な小粒の石はじゅうじゅうと吸われ、合間に薫の前歯で、そっと挟まれたようである。強い刺激に頭の天辺まで貫かれ、すぐにでも果ててしまいそうだった。
「あ、あう、ううっ……!」
 頭の中は粒に纏わりつく舌の動きでいっぱいになり、嬌声を上げながら首を横に振ることしか出来ない。立ち上る湯気と淫らな音にまみれたこの場所は、さながら淫靡な桃源郷のようであった。
「いいよ、いっておしまい」
「お兄様あっ、ひ、うう……っ!」
 薫の命令に糸子の体は素直に従った。ぬるぬると踊る兄の舌が糸子の肉奥を痙攣させ、悦楽の底へと引きずり込む。
 立ち上がった薫は、快感によろめく糸子の体を支えた。しゃぼんを彼女の下半身へ優しくあて、全てを綺麗にしてくれる。虚ろな目を彷徨わせながらも、糸子は兄の下腹に在る猛々しい幹をちらと見た。
「お兄様、は」
「糸子の中で果てることが出来たんだ。それで満足だよ」
「でも、こんなに大きく」
 そろそろと、自分から手を伸ばした。
「糸子」
「私もしてさしあげたい」
 指先で触れようとした糸子の手を取った薫は、彼女の手のひらに今一度しゃぼんを塗り付け、自身へと導いた。
「……では、手を貸しておくれ」
 糸子の小さな手を使って上下に動かしながら、接吻を交わす。忽ち、はち切れんばかりに反り返ったものは、吐き出したい欲の為か焦り、戦慄いていた。
「あ、あ」
「お兄様、よいの……?」
 薫に合わせて、賢明に手を上下に動かす。空いているほうの手で、薫が糸子を抱き締めた。
「ああ、もう、出てしまいそうだ」
「糸子の肌に、出して」
 言うか言わないかの内に、腰を震わせた薫は糸子の太腿へ白い精を放った。はぁはぁと荒く息を吐く兄は糸子の耳を舐めながら、漏れ出る残りの滴を肌へ擦りつけている。まるで、糸子は自分のものであると刻印するかのように。

 湯船の隣に置いた、大きな甕にある替えの湯を使い、二人は洗い場で互いのぬるつきを落とし、髪を洗った。甕に残った湯を湯船に入れ、再び入って温まる。
 充足感と少しの疲労から、二人はしばらく黙っていた。小鳥の健康的な鳴き声が外から届く。そういえば堂島家に来た頃、しきりに鳴いていたカラスの声が聴こえない。別の森へ移動したのだろうか。
 糸子を後ろから抱きすくめるようにして湯に浸かっていた薫が、静かな声を落とした。
「どうして僕と糸子は、生きているんだろう」
「どういう、こと?」
 言葉の意味がわからず、即座に返事をする。
「いや……何でもない」
 ぽつりと言った薫は、糸子の洗い髪をそっと撫でた。

 その夜から、糸子の知る限り、兄は一晩中ベッドの中にいた。どこかへ行った気配はなく、おかしな呻き声も聞こえなかった。きっとあの夜のことは思い過ごしだったのだと自分に言い聞かせ、糸子は薫の腕の中で眠りを貪った。

+

 堂島家へ戻って五日が経つ。この間、日中は兄とともに本を読んだり、勉強を教えてもらったり、外を散歩して過ごした。やはり誰も戻ってくる気配はなく、糸子と薫、大野の三人だけが堂島家にいた。
 いつまでここにいるのだろうと、糸子が疑問に思い始めた六日目の夜半のことであった。
 温もりの無さに目を覚ますと、先日のように兄の姿がない。ベッドの上は勿論のこと、月明かりの入る部屋の中のどこにもいなかった。
「お兄様……?」
 自分の不安げな声がやけに響く。
 と、その時だった。あの獣のような呻き声が、微かに耳に届いた。やはり勘違いではない。兄がいない時に起こる、この声は一体……
 糸子はベッドからそろりと足を下ろし、明かりを灯した豆ランプを手に持った。寝巻姿のままで室内履きを履き、絨毯を踏んで部屋の出口へと向かう。

 その声を探しながら、暗い堂島家の廊下を進んだ。
 もしもこれが兄の声だったなら。何か事情があって、また酷い目に遭わされていたらと思うと、一刻も早くそこへ辿り着きたい糸子の足は速まった。
 声に導かれて着いたのは、一階の居間にある大きな本棚の前である。手元の明かりが揺れていることから、どこかに隙間があるようだった。周りを見回しても誰もいない。物音もしない。呻き声だけが本棚の奥から聞こえてくる。
 ランプを床に置き、並ぶ本棚へ耳を付けながら移動する。と、一部の本棚がぐらりと動いた。試しに棚の一部を強く引っ張ってみる。すると、その棚に置いてある本は全て作り物で、この部分の本棚だけがとても軽く、観音扉のようにひらいた。本来は壁のある場所に、糸子の背丈と同じくらいの扉が現れた。
 驚いている暇はない。急いでランプを床から拾い上げ、扉の取っ手に手を置いた。向こう側から、先ほどよりもはっきりとした声が聴こえる。意を決して、糸子は取っ手を回した。鍵はかかっておらず、扉の向こう側にあったのは、地下に下りる幅の狭い階段であった。
 灯りを掲げて下を見る。ランプが小さい為、二、三歩先までしか見通せない。糸子は体をぶるりと震わせてから、息を吸い込んで、一歩階段を下りた。

 ひんやりとしたその場所は、下りて行くに従って寒さが増していく。
「!」
 部屋にいたときとはまるで違う、大きな呻き声が届いた。狭いせいか反響している。不快さに思わず耳を塞ぎたくなるが、これが薫のものであれば、やはり只事ではない。急ぎ足で階段を降り、ぼんやりと明かりのついた石造りの廊下に着いて、はたと気づいた。
 大野が屋敷のどこかにいるはずだ。彼に助けを求めたほうが良かっただろうかと考える。しかし、糸子の耳に聞こえているのならば、大野に聞こえていないはずがない。何かあれば自分たちへ知らせるはずだ。そうしないのは……やはり彼は、自分たちの味方ではないからなのかもしれない。もしそうであれば、兄の身に危険が迫っているのは否めない。
 迷いつつも、廊下を進んだ。
 声のする部屋の手前に、小さな扉の部屋を見付けた。何か武器になるものはないだろうかと、糸子は静かにドアを開けて、その部屋へ忍び込んだ。
「?」
 鼻孔をつんと刺激する臭いとともに、壁一面の棚とそこに並ぶたくさんの瓶や、小さな壺や、木箱が現れた。瓶には液体に浸った植物や、小さな生き物が入っている。この臭いから考えると、薬品の類が置いてあるようだった。
 その中に、先日薫と掘り起こした人魚さまの肉の入る甕を見付けた。糸子はその甕に手を伸ばした。蓋を開けて中を覗く。暗さのためか、あまりよく見えない。ランプを持ち上げたそのとき、どすんという物音が隣の部屋から聞こえた。
「お兄様……!」
 糸子は急いで部屋を見回し、棚の傍に置いてある机の抽斗を探った。紙切れが数枚とペン軸、小刀を見付けた。咄嗟に小刀を手にして寝巻の袂へ突っ込み、廊下へ出て、唸り声のする分厚いドアの前に立った。
 真鍮の取っ手に手をかけたが、鍵がかかっていて開かない。
「うう、ううう、うう……!!」
 獣などではない。これは間違いなく人の、男性の声だ。糸子は矢も盾もたまらず、叫び声を上げた。
「お兄様!! そこにいらっしゃるの!? どうされたの!? お兄様!!!」
 両手を使って、がちゃがちゃと思い切り取っ手を回す。
「お兄様!! お返事をして!!」
 拳を振り上げ、ドアを叩いた。
「ここを開けて!! 上で人を呼んでいます!! 開けなさ、あっ!!」
 嘘の言葉を吐きながら、再び取っ手を回そうとしたとき、ぎぎいという音とともに、ゆっくりと扉がひらいた。開いた隙間から嫌な臭いが溢れ出し、糸子は思わず顔を歪めた。兄を酷い目に遭わせているだろう人物へ向けて、袂から取り出した小刀を向ける。
 しかし、薄暗闇から現れたのは、思いがけない人だった。
「どうしたんだい、糸子」
「お兄、さま……?」
 廊下の小さな明かりに浮かび上がった、穏やかに微笑む薫が、目の前にいる。
「ゆっくり寝ていなくては駄目じゃないか」
「……だってお兄様が、いらっしゃらなく、て」
 何の、臭いなのだろうか。
 先日、兄に付着していたものよりも濃い血の香りと、腐臭のようなもの。
 何故、兄はこのようなところにいるのだろう。
 落ち着き払った彼の態度と笑みが、無事にいてくれたことの安堵よりも、糸子の不安を煽った。
「震えているじゃあないか。怖いことでもあったのかい?」
「わ、私……お兄様が酷い目に、遭っていらっしゃるのかと、思って」
「うーうううー……!!」
「ひっ」
 薫の後ろから、あの声が聴こえた。驚いた糸子は身を固くする。
「あ、あのお声、は……?」
 兄でなければ、誰がそこにいるというのか。
 混乱する糸子へ、大きくため息を吐いた薫は、仕方ないといったふうに扉を大きく開けた。
「お前には教えずに、このままでいたかったのだが……。仕方がない、悪いのはあの男だ。もっと口に詰め込んでやれば良かったかな、こらえ性のない男だよ」
 彼に導かれて部屋へと入る。空気がとてつもなく、冷たい。
 どきんどきんと糸子の心臓が嫌な音を立てていた。
 石の床で出来た部屋の奥の壁に、仄暗い灯りがついている。目を凝らしてよく見れば、灯りの手前に天井から床へ鉄の柵がついており、以前本で見たことのある牢に似た場所になっている。
 もう一歩近づくと、中に、うずくまる者が見えた。水たまりのような液体の上で蠢くその者が、猿ぐつわをされた顔を上げる。刹那、糸子に衝撃が走った。
「あ、あ……あの、人、は……!」
 髪が乱れ、髭は伸び、服はぼろぼろであったが、確かに見覚えのある顔つきであった。
「男爵、様……?」
 呟いた糸子の両肩に、後ろからそっと薫の手が乗った。
「ご名答。僕と入れ替わりに、ここで監禁されている堂島家当主、堂島勝之助男爵殿だよ」

 耳元で囁いた冷酷さと狂気を孕んだ薫の甘い声が、糸子の体を芯から震え上がらせた。