片恋〜栞編〜

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5 青空の下で




 自販機に近付くと、吉田くんは真剣に悩んでいるのか、なかなか決まらないみたいだった。
「あの、いい? 先に」
 声をかけると彼は驚いて振り返る。
「え、あ……ごめん、どうぞ」
 紅茶のペットボトルを買うと、彼も同じのを買った。大好きな紅茶を口にすると、少しだけ気持ちが落ち着いたみたい。
 そういえば、私教室で吉田くんの教科書落としたんだった。
「さっき、ごめんね。汚しちゃって」
「へ? ああ、全然気にしてないよ。忘れてたし」

 予鈴が鳴った。
 でも何故か吉田くんはそこから動かない。まだ紅茶を飲んでいた。教室、行かないのかな。
「行かないの? 教室」
 私が思っていたことを逆に聞かれてしまった。正直、教室に戻りたくない。相沢くんの顔を見るのが、まだちょっと辛い。
「吉田くんは?」
「え」
「だってまだ飲んでるから」
 思わず理由を知られたくなくて、吉田くんに振ってしまった。
「あのさ、屋上行かない?」
「え?」
「きっと今日気持ちいいよ。天気いいし。飛行機雲見れるかも」
「飛行機雲好きなの?」
「うん」
 ちょっと意外。でも飛行機雲かあ。今何も考えずに見ることができたら、きっと気持ちいいだろうな。
「行ってみよう、かな」
 授業、初めてさぼっちゃうけど、でもいいや。飛行機雲の誘惑に勝てない私がいた。
「先生来ないうちに行こう」
「うん」
 吉田くんの声が急に明るくなった。その声を聞いて何だか私もわくわくする。ペットボトルに蓋をして、駆け出す吉田くんについていく。彼は私に気を使って、振り返りながら歩幅を合わせてくれた。
 一気に四階まで駆け上がる。く、苦しい! でも何だか可笑しくて、思わず笑みが零れた。

 重い扉に二人で手を掛け一緒に開けると、目の前に眩しくて真っ青な空が広がる。

 空を見上げていたら、どうしても前からやってみたかったことが頭から離れなくなった。もう、吉田くんには振られる所も見られちゃったんだし、たいして恥ずかしいことじゃないかもしれない。やっちゃおうかな。いいよね?

「吉田くん」
「何?」
「あたしね、一度やってみたかったんだけど、いいかな」
「?」
「えいっ!」
 アスファルトの屋上にごろんと仰向けになり、両手両足を広げた。
 気持ちいいー! 青い空が自分に落っこちてきそう。あ、パンツ見えそうかな? いいや、ちょっとくらい。

「あははっ! 最っ高!!」
 あれ、私、声出して笑ってる。久しぶり、こんなに楽しいの。その時吉田くんの声がした。
「俺も、いい?」
 え? ほんとに? もちろん大歓迎だよ!
「どうぞー」
「よっ!」
 吉田くんは私の隣でごろんと横になって、同じ様に両手両足を広げた。手と足、長いなあ。ちらりと彼の顔を見ると、眩しそうに、けど何だか嬉しそうに空を見上げていた。

 その顔を見て私も嬉しくなって、空に顔を向ける。
 雲ひとつない青い青い空。今一緒に眺めてくれるのが、吉田くんで良かった。男の子と二人でこんなの初めてだけど、不思議と違和感がない。吉田くんの隣は……何故か安心した。だからつい、こんなことを口にしていた。

「嫌な事、忘れられるね」
「え……」
「……あたし、振られちゃったんだ」
 知ってる、よね?
「……」
 彼は何も言わない。どうしよう、聞いてみようかな、あの時のこと。パンをくれた時の事。
「……あの時」
 何て言おう。でも、やっぱり言わない方がいいのかもしれない。お互い知らない振りをしているのが。迷っていると吉田くんが口を開いた。
「俺も、彼女と別れたんだ、さっき」
「……」
 うん。みんなが言ってた。
「俺が振っちゃったんだけど。でもやっぱり気分は良くなかったよ」
「……」
「今こうしてるだけで、俺もいやな気分忘れられそうだ」
「うん」
 きっと吉田くんも、教室に行きたくなかったんだ。さっきの私みたいに。

 鳥が、飛んでいる。校庭から、ピーッと言う笛の音が聞こえた。体育してるんだ。そうだ、今授業中だもんね。

「あたし、さぼったの初めて」
「えっ! マジで?」
「うん。すごいドキドキするね」
「ごめん、誘って」
「全然! 感謝してるよ、ありがと」
「……」

 今言った事本当だよ。さっきまでの、落ち込んでいた自分が嘘みたい。ここに来てよかった。

 その時、右の方から真っ直ぐ飛ぶ飛行機と、その後ろから真っ白な飛行機雲がついてきたのが見えた。
「あ、見て!」
 思わず右手を上げて、飛行機雲を指差す。吉田くんの言ったとおりだ。
「ほんとに来た! 飛行機雲」
「あ……」
「綺麗だね。すごい」
「うん」

 ありがとう吉田くん。私またひとつ元気になれたよ。パンと飛行機雲。どっちも私に元気をくれた。

 不思議と彼の隣は居心地が良くて、このままずっとさぼっててもいいかな、なんて……思ってしまったんだ。




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