片恋〜栞編〜

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3 水色の傘 (2)




 借りた傘は、返さなければならない。

 相沢くんの水色の折りたたみ傘。
 乾かす為に一日余分に借りて干して、きちんと畳んだ。

 告白した日の帰りに、傘がなかった私に相沢くんが貸してくれた傘。普通気まずくて声はかけられないよね。でも優しいんだ、彼は。私、相沢くんのこういう所に惹かれたんだろうな。もう期待しちゃ……いけないのに。

 学校へ着くと、相沢くんはもう登校していた。というか、私が今日は少し遅かったからクラスの皆ほとんどが来ていた。
「おはよ、栞」
愛美まなみ、おはよう」
 声をかけてきたのは、愛美。一年の時から同じクラスで、今一番仲のいい友達。当然、相沢くんに私が振られた事も知っている。
「どうしたの? それ」
「あ、うん。返してくる」
 傘を握り締めている私の手元を見つめる愛美に言って、その場を離れた。
 やっぱり、早く渡した方がいいよね。今日も雨、振るかもしれないし。

「あの、相沢くん」
「……おはよう」
 ちらりとこちらを見て挨拶する相沢くんは、いつもと変わらない表情だった。
「おはよう。あの、ありがとう傘。助かっちゃった」
「そう、良かった」
「じゃあ」

 私普通にできたよね。これでいいんだ。相沢くんに感謝しなくちゃ。本当はまだここにいたい。もっと相沢くんと話がしたい。けど、唇をぎゅっと噛み締めて、自分の席に移動する。何もなかったように、鞄から教科書とノートを取り出して、机の中に入れる。
 つらい、な。まだ何か喉の奥につっかえているみたい。重くて苦しくて、ちょっとでも気を緩めたら、きっとまた泣いてしまう。
「栞、だいじょぶ?」
「……うん。ありがと」
 愛美が後ろから声をかけてくれた。

「涼! お前おっせーよ。これ早く出せって」
 その時誰かが大きな声で吉田くんを呼んだ。その声に何となくそちらを振り向く。
「あー悪い、これだっけ?」
 吉田くんが教室に入ってきて、友達と何かやり取りをしていた。その後も、楽しそうに笑ったり、ふざけたりしていた。
 その様子を見て不思議とほっとした。さっきまでの緊張感とか、つらい気持ちが和らいだみたいに。

 彼は、吉田……涼くん。今年同じクラスになった男の子。

 彼を知らない女の子は、この学校ではいないんじゃないかな? 何故なら彼は、すごく人気があるから。同じ学年の女の子だけじゃなくて、先輩からも一年生からも告白されているって聞く。男の子の情報に疎い私ですら、彼の事は一年生の時から知っていた。
 背が高くて、顔も、ただ単にかっこよくて整っているっていうだけじゃなくて……なんていうのかな。そうだ、表情だ。彼の何とも言えない、冷めたようなそれでいて優しい表情に、不思議と女の子は惹きつけられる、そんな感じ。おまけに、頭も良くて優しくて運動神経もいいなんて、当然みんなほっておかないよね。男の子の友達もたくさんいるし。
 だから当たり前といえば当たり前なんだけど、いつも女の子達から声を掛けられていたし、彼女も常にいるみたいだった。

 ……そういう人があの時一人でいて、それも泣いている私に姿を見せずに、パンだけくれたっていうのがとても意外だった。もっと誰にでも軽く声をかけてくるのかと思っていたけど、そうじゃなかったから。

 あの告白の後も、吉田くんからはもちろん何も言われなかったし、相沢くんに私が告白した事、噂にもなっていない。彼はあのこと、誰にも言っていないようだった。

 だからかな。だからきっと吉田くんを見ると気持ちが和らぐんだ。
 いつかお礼が言いたい。焼きそばパンありがとうって。とても嬉しかったって。


 私は大きく息を吸って呼吸を整え、吉田くんから窓の外に視線を移し、梅雨空の雲を眺めた。




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