片恋〜かたこい〜番外編 涼視点

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ほんとは羨ましい(3)





 トレーを持って二階へ上がり、栞が待っていたテーブルの正面に、何故か俺と桜井が隣同士で席に着いた。

 桜井は座った途端に、栞へ地元の話をし始めた。どうやらこの店にも同中の奴らがよく来るらしい。注文したものを口に入れながら、二人の会話をぼんやりと聞く。
「涼、どうしたの?」
「え、や、何でもない」
 まだ、さっきの桜井の言葉が頭に浮かんで離れなかった。手にしたハンバーガーを見つめて考える。
 栞が、かわいそう?
 女の子からの呼び出しは全部断ってる。プレゼントもその場で返してるし、机とか鞄の中にいつの間にか入れられている手紙にも反応はしない。栞もそれをわかってくれていた筈だ。
 でも、もし俺が逆の立場だったら、毎日心配で眠れないくらいかもしれない。やっぱ、嫌だよな。

「あーそっか。悪い悪い」
 桜井は俺の肩をバンバン叩いた後、わざと下から覗き込むようにして笑った。
「会話について来れなかったんだ? ここ俺らの地元だからさ、ごめんねー?」
「べ、別に悪くねーよ」
 『俺ら』とか、そこ強調してんなよ。全っ然おもしろくないから、それ。
 一階で桜井と並んだ時、自分の片思いしてた頃を思い出して、少しだけそれをこいつに重ねてたんだよな、俺。だから、このまま静かにしててやろうかと思ったんだけどさ。でも撤回だ! 初心を貫いてやる。

「それ、おいしい?」
 栞が笑って俺に言った。電車の中では最高に嬉しかったその笑顔が、なんだか切なく感じて久しぶりに胸がずきんとした。
 桜井が言ったように栞は無理してるのかもしれない。前にやきもち妬いたっていうのも、俺には言わないで我慢してたんだから、有り得ない話じゃない。
「涼?」
「……」
 ダメだ、ダメだ。これから隣にいる桜井の奴に、見せ付けてやるんだろ? そんで、こいつには栞を諦めてもらうんだから、余計なこと考えるのはやめよう。
 桜井、俺も栞とお前の過去は気にしない。だからお前ももう、栞のことは忘れてくれ。いいな?
 意を決して、手に力をこめながら栞に答えた。

「おいしいよ。……食べる?」
「うん」
 よし。ここはあーんだな。見てろよ桜井。ちょっと恥ずかしいけど、いけ涼。
「はい」
 食べかけのハンバーガーを持って、栞の顔の前に差し出した。
「え……」
「どうぞ」
 頼む、早く食べてくれ! 戸惑う栞はチラリと桜井を見た。いいから。確認しなくていいから。ちょっとだけでもいいから口付けてくれないと、俺の右手の立場が……。けど栞は黙ったまま微動だにしない。
「吉田、いやだってさ」
 な、なにおう!? まだそんなこと一言も言ってないだろうが! 隣を振り向き桜井を睨みつけると、ハンバーガーを持つ手に何かが伝わった。
「ほんとだ、おいしい。ありがと、涼」
 もぐもぐと口を動かした栞は、俺に微笑んで言った。
「全然いやじゃないよ。……ちょっとだけ、恥ずかしいけど」
 栞は赤くなって紅茶の入ったカップに手を伸ばし、ストローを口に付けた。セーターの肩にかかる髪を耳にかけ、そのまま俯いて紅茶を飲んでいる目の前の栞が可愛くて、俺の顔にも血が上っていくのがわかる。

「ったく、中学生かよ」
 桜井は溜息を吐いて、コーラを飲んだ。……中学生だろうがなんだろうが、いいんだよ。自分で来たいって言ったんだからな。これくらいは想定の範囲内だろっての。
 益々顔を赤くしてストローで紅茶をかき混ぜている栞に、桜井が身を乗り出して言った。
「鈴鹿、さっきこいつさ、下で女の子達に声掛けられてたよ」
「え……」
 俯いていた栞は顔を上げて、桜井と俺の顔を交互に見た。
 もう、マジで勘弁してくれよお前はああ! せっかくいい雰囲気だったってのに……。とんでもない事を口にした桜井の足を、テーブルの下で横から蹴ってやった。
「何だよ、いてーな!」
「余計なこと言ってんなよ……!」
「だってほんとのことじゃん。メアドも聞かれてたよな」
「速攻断ったし」
 そうだ。別に悪いことをしていたわけじゃない。けど、何となくいたたまれなくなってカップを掴み、ストローでアイスコーヒーを吸い込んだ。訪れた沈黙の中で、店内にかかっていた音楽が、急に大きな音を立てて耳へと入ってくる。

「こういうこと、しょっちゅうあんの?」
 桜井が栞に問いかけた。変な事聞くなよ。極力彼女には知らせないようにしてるんだから、そんなこと聞いても無駄なんだよ。
 けど、紅茶を手にしていた栞は意外な言葉を口にした。
「うん結構……あるよ」
「え、あるんだ。それって、」
 会話を続けようとした桜井のケータイが鳴った。文句を言いながらポケットからそれを取り出し、カチカチとメールを打ち始めた。


 何も言えないで栞を見つめている俺に、彼女は困った様な表情で小さく笑いかけてきた。




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