片恋〜かたこい〜 番外編 涼視点

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ほんとは羨ましい (2)




 いつもと違う景色が、窓の外を流れている。
 今日は天気も良くて最高に気持ちがいい。学校帰りの制服を着た栞が、つり革に掴まる俺の隣で同じ様に外を眺めていた。

 昨日電話で約束した通り、栞を送る為に彼女が乗る方向の電車に俺も乗り込んだ。周りをキョロキョロと見回す。不思議だ。当たり前だけど、いつもと違うメンバーだし。

「……どうしたの?」
 栞が俺を見上げて言った。
「や、何か新鮮だなーって」
「学校の帰りは初めてだもんね、こっちに乗るの」
 ああ、その笑顔もいつもの何倍も可愛く見える。もちろんいつも可愛いんだけどさ。少しニヤけながら彼女に見惚れていると、ガタンと電車が揺れ、バランスを崩した栞が俺の腕に掴まった。以前とは少しだけ違う彼女の髪の香りがすぐ傍まで届く。
「あ、ごめん」
「平気?」
 栞は大丈夫と頷いて、支えようとした俺の傍からすぐに離れてしまった。もっとくっついててもいいんだけど、栞は未だに周りを気にするんだよな。昨日の厚志とその彼女を思い出しながら、栞の手を見つめた。
「ね、この後どうする?」
「腹減らない?」
「うん、じゃあどこか食べに行こ?」
 よし、今だ。笑った栞の空いている方の手に触れようとしたその時、傍にあった車両を繋ぐ扉が開き、ほんの少しだけ冷たい風が体に当たった。

「なんでお前がここにいんだよ」
 すぐ後ろで声がして振り向くと、そこには……。
「桜井くん」
 鞄を肩に掛け、その場を離れようとしない桜井は、ジロジロと俺を上から下まで不機嫌そうな顔で見つめて言った。
「あー、なるほどね。鈴鹿のこと送ってんだ?」
「……そうだけど。悪い?」
 忘れてた。そうだよな、こいつ栞と同中なんだからこっちの電車に乗ってんのは当然だ。当然だけどさ、何でわざわざ同じ時間のこの電車に乗って、俺たちがいる車両に来るんだよ。
「悪いっつーか、邪魔」
 なんだとおおお!? 邪魔なのは完全にお前だろうが! 俺が睨みつけると桜井はそれを無視して栞に言った。
「これからどっか寄んの?」
「え、うん。お昼一緒に食べに行くの」
「じゃあ、俺も混ぜて」
「え!」
 思わず栞と俺で同時に声を上げた。な、ななんてずうずうしい奴なんだよ!
 困ったように俺を見上げる栞の視線を受け取り、久しぶりに彼女へ念を送る。いやだよな? まさか桜井くんも一緒にいい? なんて聞かないよな? 俺はいやだ、絶対に。だいたいこいつと一緒に行ってなんの得があるんだよ。

 断ろうとした瞬間、桜井が俺の顔を見てニヤリと笑った。挑戦的なその表情を見た途端、思っていたこととは正反対の言葉が、口をついて出た。
「……いいよ」
「涼?」
「どうせヒマなんだろ? 一緒に来ればいいじゃん」
 こっちも口の端を上げて笑ってやる。
 余裕だよ、余裕かましてやる。お前が来たって全然平気なんだってこと、わからせてやる。昨日厚志が俺に見せたように、目の前で俺たちのこと見せ付けてやるからな。覚悟してろよ、桜井。
「え、マジで? 鈴鹿は? いいの?」
 桜井は嬉しそうに栞へ向き直った。少しは空気読んで遠慮してみせろっての。こいつの口からは一生聞けそうにもないけどな。
「……涼が、いいなら」
 俺を見つめた栞にも、無理やり笑顔を見せた。ちょっと不自然だったかもしんないけど。

 栞の家がある一つ手前の駅で降り、ファーストフードの店に入る。
「席取っておいて。俺買ってくから」
「うん。じゃあお願い」
 栞は手を振り、そのまま二階席へ続く階段を上がっていった。途端、桜井の視線が纏わりつく。
「……なに」
「奢ってやれば」
「う、奢るに決まってんだろ。うるせーな、いちいち」
「ふーん」
「何だよ」
「別に」
 ほんと、何が言いたいんだこいつは。
 今日は俺達と同じ様に午前中で学校から帰る生徒が多いのか、店は結構な人で溢れかえっていた。長い待ち時間の間、ケータイを取り出して使えるクーポンを探す。
「あの」
 横から声がして振り向くと、少し派手目な髪の長い他校の女の子が二人立っていた。
「東高の人ですよね?」
「え、ああはい、そうだけど」
 女の子達は俺を見つめながら、お互いに腕を突っつきあっている。……またか。もちろん断るけどさ、でも桜井の前でこれはまずい気がする。
「たまに電車で一緒になるの知ってます?」
「あー、ごめん。わかんない」
「良かったら、席空いてるから一緒に食べませんか」
 女の子に言われた途端、桜井に背中をど突かれた。
「いっ……!」
「?」
「いや、あの、2階で彼女待たせてるから。悪いけど」
 俺の言葉に二人は肩を落とした。ケータイのアドレスを教えて欲しいと言って来たのも当然断る。その場を去っていく二人の背中を見送った後、桜井へ向き直った。
「何すんだよ、いてーな!」
「吉田お前さ、いつもああやって声掛けられんの?」
「……いつもじゃないけど、たまに」
「ふうん。なんか鈴鹿、かわいそ」
「え……」
 桜井の呟きが胸に引っかかった。かわいそう? 栞が? 何だよ、それ。

 チラリと桜井の横顔を見た。
 陸上部というだけあって、顔も髪も日に焼けている。童顔も以前よりは目立たなくなっていた。……こいつ、まだ栞のこと好きなんだよな。俺が去年ずっと彼女に片思いしてたみたいに。それを思うと、今日ここまでついて来た桜井の気持ちがわからなくもなかった。
 けど、桜井は俺の知らない頃の栞を知ってる。そのことで、俺はこいつに散々嫉妬したんだ。


 複雑な思いを抱えたまま、二階で待っている栞に頼まれたアイスティーをカウンターで注文した。




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