片恋

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19 友達以上




 高野の自転車を借りて、栞ちゃんと下校してから二週間以上が過ぎた。

 その間、何回かメールをしたり、学校でも目が合うと笑ってくれたり、ちょっとしたことでほんの少しだけど普通に話ができるようになった。そんな日は一日中嬉しくて堪らなくて、家に帰ってもバイト先でも舞い上がっていた。
 少しは仲良くなれたのかな。
 でも、それ以上の進展はない。この前の下校のことが夢みたいだ。また一緒に帰りたいけど、急には無理だよな。誘ってみようか。でもこの前は怪我をしてたから、っていう理由があったわけだし。

 溜息ばかりが出る。

 栞ちゃんが……俺のことを好きになってくれる可能性なんてあるんだろうか。

 この前保健室で相沢を目の前にした時、情けないけど正直勝ち目はないって思ってしまった。あいつと俺とは全然違うし。いや違って当たり前なんだけど、ああいうのが好きなんだって思ったらさ、やっぱり可能性は薄いよな。俺みたいのじゃ。
 まだ相沢のこと好きなのかな。あれからもうすぐ四ヶ月だ。そろそろ、どうだろう。でも、俺だってこの四ヶ月栞ちゃんに片思いし続けてるんだから、やっぱりまだ好きだよな、きっと。今、俺が告白しても……駄目か。何言ってんだ俺。そんな事言えるわけないのに。

「……」

 寝ても覚めても、こうして授業中でも彼女の事が頭から離れなくて困っていた。なるべく授業中は栞ちゃんを見ないようにと思っていたのに、気がつくと目で追っている。
 俺馬鹿みたいだけど、夢の中でも彼女に片思いしてるんだよ。夢の中くらい、自由にすればいいのにさ。毎日毎日、すごく体力消耗してる気がする。精神力もだけど。夜もよく眠れないし、食欲も前より落ちた。どうやってその分補給すればいいんだろ。片思いってそういう意味でも辛いよな。

 席替えしても、彼女の傍になるわけじゃないし。高野は今度は俺の前の席だし。原は斜め後ろだし。何なんだよお前らは。そんなに俺が好きか。
「涼、何いじけてんだよ。体育館行こうぜ」
 顔を上げると高野が弁当を持って立ち上がり俺を見下ろしていた。
「何で体育館?」
 思いっきり面倒な顔をしてやると、こそっと言った。
「ここじゃあれだろ? いろいろ相談に乗ってやろうと思ってさ」
「相談?」
「涼の好きな子、むぐぐ」
 俺は咄嗟に立ち上がって、右手で高野の口を思いっきり塞いでやった。いや鷲掴みか。
「いででで、涼離せよ。だから行こうつってんの」
「まあまあ涼、俺も行くからさ」
 何故か原が後ろから俺の腕を掴んだ。
「え?」
 原は俺に満面の笑顔を向ける。まさか。
「高野、お前マジで殺す!」
「いいじゃん、仲間がいたほうがいいだろ。ほら、来ちゃうぞ」
 振り向くと、栞ちゃんが友達とこちらへ歩いてくるのが見えた。
「……」
 しぶしぶ自分の弁当も持ち、仕方なく体育館へ向かう。

 九月も終わりになると、ここもだいぶ涼しくなる。
 俺たちの他に何人かバスケをしに来た奴らもいた。キュキュキュという靴の音とボールを床に叩きつける音が響き渡っている。俺たち三人は、壇上に上がって、それを眺めながら弁当を食べた。

「で? どうなったんだよ、彼女とは」
「別に……どうもなんね」
「お前さ、せっかく俺がチャリ貸してやったのに、何なの? 馬鹿なの?」
 高野の言葉に俺が睨み返すと原が言った。
「どうもなんないってさ、とりあえず今どういう状況?」

「……話はする」
「まあそりゃそうだろうな」
「メールもする」
「おお!」
「花火大会で金魚あげた」
「それから?」
「チャリ乗ったとき、掴まってくれた」
「……ふうん。で?」
「最近、目が合うと笑ってくれる」
「……あとは」
「そんだけ」
「そんだけかよ!」
 高野と原が口を揃えて言った。な、何だよ、悪いのかよ!
「この前送った時、手繋いだり肩抱いたりしなかったのかよ」
「いっ、いきなり、そんなことするわけないだろうが!」
「お前、あんだけいろんな子とべたべたしといて、今更何なんだよ」
「……」
「じゃあもちろんどっか出かけたりとか、ないのかよ?」
「……どこも」

 高野と原は顔を見合わせ溜息を吐いた。
「とりあえず、何か誘え。な? 一緒に帰ろうとか、弁当食べようとかさ」
「急にそんなこと言えねーよ。それに、断られたらどうしたらいいかわかんないし」
「そんなもん、その時考えりゃいいんだよ。花火大会は誘えたんだろ?」
「あれは……二人じゃなくて皆で行くってなってたし。俺と二人じゃきっと一緒には行ってくれない」
 少しの沈黙の後、原が高野に向き合った。
「おい高野、真面目に聞いていいか?」
「どうぞ」
「俺が今話してるのって涼だよな? 吉田涼だよな?」
「間違いないんだよ、原。お前の言いたい事はよーくわかる。だけどな、目の前にいるのはあの吉田涼だ」
 高野は大袈裟に頷きながら、原の肩をポンポンと叩いた。

「そのネタはもういいんだよ。もう……ほっといてくれよ」
 俺は立てていた片膝を抱え込んで俯いた。
「涼」
「もういいんだよ。情けないのはわかってる。でも自信が無いんだよ俺。好きすぎて何にも出来ないんだよ……!」
 馬鹿みたいだってわかってるけど、辛くて自分でも何言ってんだかわからなくなってきた。バスケをしてる奴らの声が聞こえる。すぐ傍の筈なのにやけに遠くに感じるくらい、頭が混乱していて苦しい。

「……お前そんな事言っててさ、他の男に取られたらどうすんだよ」
 高野の声が急に真剣さを帯びた。その声に顔を上げる。
「え」
「いくら好きな男がいたってさ、もしかしたら急に全然違う男に告られて、そっちと付き合っちゃう可能性だってあるだろ。いいのかよ」
「……!」
「そうだよなあ。彼女可愛いし、狙ってる奴多いと思うな、俺は」
 高野の横から原も頷いた。そんなこと、考えてもみなかった。相沢のことしか視野に入れてなかったけど、言われてみればそうだ。どうしよう。

「な? だから誘えって。何でもいいからさ」
「……うん」
「焦んなくてもいいけど、友達以上にはなれ。そこらの奴よりちょっとだけでもいいから仲良くなれ。それがとりあえずの目標だ!」
 何でお前が張り切るんだよ。でも……そうか、それならできるかもしれない。
「……やってみる」

 友達以上、か。何かいいな、それ。だったら頑張れそうだ。
 二人の顔を見ると、俺に向かって意味ありげに笑った。わかったよ、やってみるよ俺。見てろよな、二人とも。で、いつかお前らにあの時はありがとな、って言ってやりたい。俺も笑顔でさ。

 その時、隣に栞ちゃん、彼女がいてくれたら最高なんだけど。






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