カルボナーラとフレンチトースト

(9)大人のフレンチトースト

 

 甘くていい匂いがする。キッチンから美味しそうな音が聞こえた。

 ……実家に帰って来たんだっけ? そっか、じゃあもうちょっとだけ寝よう。お母さん、何作ってるんだろ。お布団の中からいい匂いがわかるって、最高だよね。うん、最高。最高って言えば、彰一さん……って、え? あ、あれ、実家じゃない! 目を開けるといつもの天井があった。

 ベッドがちょっとだけ揺れて、天井を見ていた視界に大好きな人の顔が現れた。
「起きた? おはよう」
「お、おは、おはよう」
「お腹すかない?」
「お腹……」
「ごめん、勝手に冷蔵庫開けて使った。キッチンも」
「え?!」
 慌てて飛び起きる。途端に彼が私を抱き締めた。
「優菜ちゃん」
「……はい」
「寒いから服着たほうがいいよ。俺キッチン行ってるから」
 耳元で言われて、頭に血が上り、一気に目が覚めた。

 きゃーきゃーきゃー! すごい勢いで布団を被る。
 私ほんと馬鹿。実家なわけないじゃん! そっと顔だけお布団から出して横を見ると、私の着ていた洋服が畳まれて枕元に置いてあった。……全部。は、恥ずかしすぎる。こういうの、逆なんじゃないのかな。男の人の服を畳んであげるんじゃないの? ていうか、先に起きて私がご飯準備するんじゃないの?

 ごそごそとお布団の中で着替えてから起き上がると、ローテーブルの上には、美味しそうに焼かれた何かが湯気を立てている。一口大に四角く切られた食パンが、黄色くなってお皿の上に積み上げられて、上にはシロップがかかっていた。
「……これ、もしかしてフレンチトースト?」
「当たり。牛乳と卵があったからさ、食パンも使わせてもらった」
「す、すごいすごい! お店のみたい!」
「大げさだなあ。嬉しいけど」
「シロップは? うちには無かったでしょ?」
「ああ、砂糖があったから、カラメルシロップ作ってかけた」
 私は彼の言葉に口を開けたまま、何も言えずに本当に驚いていた。

「昨夜のお返し。優菜ちゃんの夕ご飯の」
「失敗したのに」
「全然。失敗なんかじゃなかったよ」
 彼が私の髪に触れて、ゆっくり梳いてくれた。その優しい言葉と感触にうっとりしてしまう。
「私、紅茶淹れるね」
 ベッドから急いで降りる。

「今日、何がしたい? 天気もいいし、優菜ちゃんの好きなところ行こう」
 彼が笑顔で、ふわふわのフレンチトーストを頬張っている私の顔を覗きこんできた。
「いいの?」
「もちろん」
「……じゃあ、ここにいたい」
「え」
「彰一さんと、ずっと一緒にいたい。ここに」
「……わかった。ほんとにそれでいいの?」
「うん」
 私が返事をすると、ちょっとだけ上を向いて彼が言った。

「じゃあ……昼飯は外に食べに行こう。近所でどこかある?」
「大きい公園があるからそこで食べたいな。昨日の残りのケーキも持って」
「いいね、気持ち良さそうだし。帰りに夕飯の買い物して、一緒に作って……」
「昨日、DVD借りておいたの。それ一緒に見たい」
「うん。ゲームもね」
 頬杖ついてこっちを見ながら、目を細める彼の顔に胸の中が熱くなる。
「それで、あのさ」
「うん」
「……やっぱいいや」
「どうしたの?」
 珍しく、彼が戸惑っていた。どうしたんだろう。じっと見つめていると、私から目を逸らして彼が言った。
「今日も泊まりたいって言ったら、優菜ちゃん怒る?」
 優菜、ほらいい女、いい女。今夜は一人がいいとか、自分の時間が欲しいとか……。

「全然怒らないよ。今日もいて?」
 とびっきりの笑顔で言った。
 もういい女なんて、やーめた! だって結局私にはできないし、そんなの無駄だってわかったから。彰一さんも嬉しそうに笑ってる。私、無理して背伸びしないで、このままでもいいんだよね?

 彰一さんが作ってくれたフレンチトーストは、手作りのカラメルシロップがほろ苦くて、お店で食べるよりも、ずっとずっと美味しかった。
 彼に近付き、そっと囁く。
「今度は絶対美味しいカルボナーラ作るから、待ってて」
「期待してる」


 彼におでこをくっつけた後、朝の明るい光でいっぱいの、おいしい匂いがする部屋の中、二人で笑ってごちそうさまの代わりに、キスをした。







 〜完〜




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