カルボナーラとフレンチトースト

(8)外した眼鏡



 泣き止んだ私を洗面所に連れて、顔を洗うように言った後、彼は牛乳を温めてお砂糖と一緒にカップへ入れてくれた。

 洗面所の鏡で見た私の顔は、マスカラが落ちて真っ黒でドロドロ。アイラインもどっか行っちゃった。クレンジングして、涙も一緒に全部綺麗に流した。

「落ち着いた?」
「……ん」
 彼が入れてくれたホットミルクをひとくち飲むと、喉の奥から温まってまた涙ぐんでしまう。

「俺さ、優菜ちゃんのこと、本当に大事にしたいって思ってる」
 ローテーブルの斜め前に座る彼の言葉に、カップから口を離し、すっぴんの顔を上げる。
「さっき、優菜ちゃんがすごく頑張ってて、それ全部俺の為にやってるんだって思ったらさ、嬉しすぎて我慢できそうになかったんだよ」
 彼は俯いて眼鏡の真ん中を押さえた。
「元々今日は早く帰ろうと思ってたんだ。その、そういうのはきちんとしたかったからさ。どっか特別な所に連れて行ってあげて、それで……って。まあ、俺が勝手にそう思ってたんだけど」
「……」
「最近仕事が忙しかったから、確実に取れる休みもわからなくて、連休にどこの予約も取れなかったんだ」
 彰一さんが初めて見せた、ちょっと困ったような恥ずかしそうな顔。あぐらをかいた自分の足首を掴んで、下を向きながら話してる。

「優菜ちゃんの部屋でするのがいやだってわけじゃないんだよ? けどさ、それじゃあまりにもその、今日初めてここに来たのに下心ありすぎな感じでいやがられるよなーって」
「彰一さん」
「でもさっきは急に帰ろうとして、ごめん。そりゃ、優菜ちゃんの立場だったら嫌だよな。俺でもへこむよ」
 何て言ったらいいかわからなくて、湯気が出ているカップに手をあてて、彼の言葉の続きを待った。
「ただ、ちょっとまずいなって。早くここを出ないとダメだって思って、優菜ちゃんの顔も見れなかったんだ。でも部屋出た途端、結局すぐ会いたくなって速攻戻ってきちゃったんだけど」
 彰一さんが顔を上げて、私に視線を移して照れたように笑った。
「もうちょっとだけ、いい?」
 正直に話してくれた彼の言葉に、また涙が出てきて大きく縦に首を振る。
「ありがとう」
 目を細めて嬉しそうに言った彼の隣に移動して、膝を抱えて座った。

 時計の秒針と、加湿器の蒸気が出る音だけが部屋に響いている。音楽でもかければ良かったかな。お互いの気配しか感じない空気に、少しだけ緊張して下を向いていると、彼が言った。
「化粧、してない方が好きかも」
「……え」
「してるのも、もちろん可愛いけど、しない顔の方がずっと好きだな」
 彼は顔を上げた私のおでこに、軽くキスしてくれた。
 途端に幸せな気分と同時に、胸が痛くて苦しくなって我慢ができなくなって、私から離れようとした彼の胸に顔をつけて言ってしまった。
「大好き……!」
 彼の背中に両手を回して、ぎゅっとしがみついた。彼の香りと柔らかいセーターに顔を埋める。

 私、彰一さんに恋してるんだよ。初めからずっと。好きって言われたから好きになったんじゃない。見た目が好みだったから、大好きになったわけじゃない。彰一さんのこと知っていくうちに、どんどん好きになっていったの。
 彼に触れている私の手も髪も、全部、身体中全部が好きって言ってる。今夜その気持ちも伝えたい、このまま。

「ちょっと……優菜ちゃん」
「彰一さんは? 好き? 私のこと」
「……」
「好き?」
「いいの?」
「え?」
「言ったら止まんなくなるよ。いいの?」
 彰一さんの言葉に顔を上げて返事をする。
「……うん。聞きたい」
 彰一さんは眼鏡を外して言った。

「大好きだよ」

 彼は私の髪に指を埋め、そのまま優しくキスしてくれた。


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