同じ朝が来る 番外編

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卒業間近




 卒業式前、二日間が登校日になっていた。
 二次試験も終えて、一週間後の発表までの僅かな時間。もう学校へ行くことも無いだろうから、木下さんと約束をし一緒に登校した。

 登校日とは言え、クラスの半分以上は欠席している。卒業式についてのプリントが配られ、明日の説明を聞いたり、今の近況をお互い報告しながら、学校は午前中で終わった。

「倉田。お前、どうだった?」
 鞄を肩にかけた林が、窓際の俺の席へやってきた。
「解答見る限りじゃいけると思う。確実じゃないから、まだ気抜けないけど」
「そっか。受かってるといいな」
「ああ」
 俺の顔を見て林が声を落とした。
「今日、木下さん学校来てんの?」
「え……あ、うん」
「お前さ、もういい加減にその反応やめてくんない? もっと堂々としてろって」
 大きな溜息を吐きながら俺の肩を叩く林に言われ、自分でも自分に呆れてる。林の言う通りもっと堂々とすればいいのに、何故か悪い事でもしているみたいで、まだ慣れない。
 それに付き合い始めたって言っても俺は受験だし、まともに会えたのも二次試験が終わって一度だけだ。
「悪かったよ」
「別に悪くないし。俺も駅で彼女と待ち合わせしてるし」
 林が口を尖らせて言った。他校にいる彼女とは続いているようだ。
「へえ、そうなんだ。仲いいじゃん」
 俺の言葉に林は照れくさそうに頭を掻いて言った。
「お前明日も来るんだろ? 卒業式の練習」
「来る。お前は?」
「俺も来るよ。もう、あんまり会えなくなるしさ、皆と」
「そうだよな」
 進学に就職、地元に残ったり離れたり。中学卒業の時とは明らかに違う本当の別れが来る。それを敢えて皆口には出さないけど、お互いの心の中にあるのは痛いほど感じていた。

「あ、来てるじゃん」
 林が顔を向けた方を見ると、木下さんが教室の入り口でこちらを見ていた。
「じゃあな」
「ああ」
 林は教室を出ると彼女に笑って挨拶をする。
「木下さん、バイバイ」
「林くんまたね」

 早々に誰もいなくなった教室で、彼女は俺の席の前に立ち、鞄から二つ包みを取り出して一つを俺に差し出した。
「はい、どうぞ」
「本当に作ったんだ」
「うん。どうしでも私、倉田くんと一緒に学校でお弁当食べたかったから」
 木下さんは笑って前の机をガタガタとこちらへ向けて俺の机にくっつけ、椅子に座り窓の外を見た。
「いい天気……。ここから見る景色、少しだけ私のクラスから見るのと違うね」
 机に肘を着き両手で頬杖を着いている彼女の髪が、肩の下で揺れる。
「俺も後でそっちの教室見に行っていい?」
「うん、もちろん。ね、食べよ?」

 二人で同時に弁当箱を開ける。中身を見た俺は思わず絶句した。
「……これ」
「ちょっと頑張ったんだー」
「……」
「駄目、だった?」
 彼女の一言に、思わず吹き出して大笑いしてしまった。
「そんなに変?」
「はははっ! や、変じゃないよ。すごいなーってさ」
 飯の上に『絶対合格』という文字が、海苔でデカデカと書かれている。上手く海苔が切れなかったのか、絶と格の文字がおかしなことになっていた。
「絶っていう字、すごく難しかったの」
 少しだけ恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見る彼女に、また笑みが零れる。
「だろうね」
「あと格も」
「そっちは?」
「これも頑張ったんだよ」
 得意げに自分の手元にある弁当箱を、俺に向けて見せてくれた。キャラ弁って奴で、飯の上に何かの形を切り取ったものを乗せていた。
「クマ?」
「……うさぎなんだけど」
「ま、3じゃしょうがないよな」
「絶対言うと思った。もう!」
 彼女が身を乗り出し右手を握って振り上げたから、その手首をそっと掴む。
「ありがとう。ほんとに」
「……うん」
「……絶対合格する。食べていい?」
 そのまま彼女の手を握って言うと、ゆっくり座って彼女が答えた。
「どうぞ」
 暖かい光が窓際から二人に当たる。彼女は何度も俺の顔を見て嬉しそうに笑った。俺もそれに答えるように、目を合わせて彼女に笑いかける。何も話さなくても流れていく優しい時間に、胸が苦しくなるほどだった。

 弁当を食べ終わって、帰る支度をし教室を出、今度は誰もいない彼女の教室へ行き窓の外に目を向ける。
「ほんとだ。ここからだと、体育館裏見えないのか」
「ね? ちょっとだけ違うでしょ」
 廊下へ出て歩き出すと彼女が言った。
「倉田くん必ず、見てくれてた」
「え?」
「移動教室に行く時、廊下から。私のクラス」
「うん。木下さんも」
「私……いつもそわそわしてたの。倉田くんが通るとき。もしかしたら、友達にはばれてたのかもしれないけど」
「一瞬だったけどね」
「その一瞬の為だけに、私絶対そこから離れなかったよ」
 三年の教室にはもう人影も無い。別の階や校庭から、下級生たちの声が微かに届いた。
「階段でもよくすれ違ったよね」
 すれ違う瞬間は知らん顔して、すれ違った後振り向くと、必ず彼女も同時に振り向いていた。
「うん。俺何で知らなかったんだろう、木下さんのこと。三年になるまでずっと」
「私も、知らなかった。倉田くんの名まえも、三年になって初めて聞いたの」
「きっとそれまでだって、すれ違ったり会ってた筈なのにさ」
「不思議だよね」
「うん。でも意識した途端、どこにいてもすぐわかったよ」
「……同じ、私も」
 いつもよりゆっくりと二人で校舎の中を歩き、下駄箱で靴を履き替え、校舎の壁際に二人で寄りかかった。

「来週合格発表で駄目だったら、後期試験がその後すぐなんだ」
 彼女の隣でズボンのポケットに両手を入れ遠くを見つめると、以前見た風景と重なる。でも今は願いが届かなかったあの時とは違う。今度は諦める為にここにいるわけじゃない。
「さっきは絶対合格するなんて言ったけど、もし後期も駄目だったら俺、浪人することになると思う」
「……」
「どうしても勉強したいことがあるし、時間はかかるかもしれないけど、行きたいんだ大学」
 ゆっくりと振り向き、俺を見つめる彼女に視線を合わせた。
「そうなったらもうあんまり会えなくなるし、今まで以上に余裕も無くなると思う」
 彼女は黙ったまま真剣な表情で小さく頷く。
「束縛する気は無いけど……でも、待ってて欲しいんだ。社会人になるのも遅れるけど、絶対追いつくから」
「倉田くん」
「勝手かもしれないけど、頑張るから俺」
「うん、待ってる。待てるよ私、いつまででも」
「……」
「そんな風に言ってくれて、私すごく嬉しい」
「……ありがとう」
 壁に寄りかかる彼女に顔を寄せて、一瞬だけ唇を重ねた。
「倉田くん」
「ごめん、こんなとこで」
「ううん」

 やっと始まった二人の思いを大事にしたかったから、どうしても伝えたかった。応えてくれた彼女の手をそっと取ると、両手で俺の手を握り返してくれる。
「きっと、大丈夫だよ。私のお弁当効くから」
「絶対合格だもんな」
「そうだよ」
 二人で笑ってそこを後にし、まだ何も咲いていない桜の樹の下を通り抜け、門を出た。



 卒業式も終わり春風が吹いた一週間後、彼女が言った通りの結果を報告すると、自分のことのように喜ぶ彼女の姿を見る事ができた。













 


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