「わぁ、もうすぐですね」
 窓の外に、海に浮かんだ島が迫ってくる。
「結構長かったな〜」
 轟音と共に飛行機が着陸した。無事に着いて良かった。耳も痛くならなかったし、順調順調。
 彼と一緒に空港へ降り立った瞬間、知らない香りが鼻を掠めた。……ああ、外国に来たんだな、と実感が湧き上がる。

 行きと帰りの便だけが決まっている、ほとんどフリーのツアー。旅行会社のバスで空港から宿泊先へ向かう途中、添乗員さんが周辺を案内してくれた。バスの中にいる日本人は意外と少ない。GWは過ぎたし、夏休み前だからだよね。この時期にオアフ島を選んだのは正解だったかも。
 広い公園に寄ってモンキーポッドという大きな樹を見たり、貝殻やレイのお土産がたくさん売っている場所に案内されたり、日本人に人気だというアイスクリームショップで休憩も。そうこうしている内にバスに乗っていた人たちはホテルごとに下りて行った。
 ダイヤモンドヘッドが近くに見える海の近く。最後に名前を呼ばれてバスを降りた私たちは、手荷物を持ってカートをコロコロ引きながら宿泊先のフロントへ向かった。
「さすがに時差がきついな〜。くるみちゃん、眠くない?」
「飛行機の中で少し眠ったけど、まだちょっとだけ」
「部屋で少し眠ろうか。起きたら夕飯食いに行こ」
「はい」
 ここはビーチフロントのコンドミニアム。ホテルとは呼ばないらしいんだけど、ホテル並みのサービスも受けられる穴場スポットだからと旅行会社の人に勧められたんだよね。

 フロントで案内を受け、エレベーターに乗って客室へ。ドアを開けると、明るい空間が私たちを迎えた。
「広〜〜い!! ステキ!!」
 広々としたワンルームにキッチン、ダイニングテーブル、クイーンサイズのベッド、ソファが置いてある。どこもゆったりしていて、狭さを全く感じない。
「俺んちのキッチンより広いな、これ。お、冷蔵庫でっかいな!」
 オーブンや最新型の食洗機までついている。普通に住めちゃいそう。
「ベッド……大きい」
 詰めれば四人くらい寝ることの出来そうな大きなベッド。クイーンってこんなに大きいものなのかな。ハワイアンキルトのベッドカバーは落ち着いた色味で、とても可愛い。
「これなら何しても落っこちなさそうだな」
「な、何してもって」
「くるみちゃん、顔赤いよ。どうしたの」
 口の端を上げて笑った永志さんが、私の顔を覗き込む。
「意地悪……!」
「俺がクローゼットに荷物入れておいてやるよ。貸して」
「ありがとう」
 永志さんに任せて窓際に行くと、そこには……
「永志さん!! テラスがテラスが!!」
「おわっ、びっくりしたー。どした?」
 広いテラスにテーブルと椅子が置いてあって、その前には素晴らしいオーシャンビュー。砂浜はプライベートビーチに近いって言ってもいいんじゃない? っていうくらい人が少ない。傍に来た永志さんが、大きく背伸びをした。
「気持ちいいな〜! ここで朝飯食ったら最高だろうな」
 海の透明な青がどこまでも続いている。陽射しは強いのに日本にいる時ほど暑さを感じない。
「暑いのに、あんまり暑くないです」
「湿気が少ないよね。不快指数ゼロ、って感じ」
 爽やかな風が通り抜けた。
「こんなに……贅沢しちゃっていいのかな」
「いいんだよ。いつも頑張ってるし、俺たち滅多に旅行も出られないんだからさ。楽しもう。な?」
 優しく肩を抱いてくれた永志さんに凭れ掛かって、静かに頷いた。

 ベッドで少し眠り、コンドから歩いてすぐのレストランへ夕食を食べに出た。
「あのね、ガーリックシュリンプを絶対に食べたかったの」
「おう、いろいろ頼んでシェアしようぜ〜」
 職人さんには負けるけど、永志さんも私も結構な食いしん坊だもんね。せっかくだから食べちゃおう。
 明るい雰囲気の店内は広く、人も結構入っていて楽しげな雰囲気。しばらくしてからテーブルに運ばれた料理を見て驚いた。ちょっと、すごくない?
「お、大きいですね」
「ボリュームあるね。ロコモコは止めといてよかったな」
 ライスと一緒に盛られたガーリックシュリンプ、パストラミサンド、オムレツ、サラダ……一品ずつ頼んだけど、食べきれないかもっていうくらいに量がある。少な目に頼んでおいて良かった〜。あとでパンケーキも頼みたいし。
 ビールで乾杯をし、料理を食べ始める。ぷりぷりとしたシュリンプの香りが口いっぱいに広がった。
「ガーリックが効いてる〜! 本当に美味しい!」
「うん、美味いね。サラダのドレッシングは何使ってんだろ、これ」
 永志さんが少しずつ野菜を口に含みながら難しい顔をした。その後シュリンプを口に入れてじっくりと味わっている。
 彼の真剣な表情が、何だか嬉しかった。いつものことだけど、永志さんのそういうところを尊敬しているから。
「俺はもうちょっと薄味でもいいかな。これに別のスパイスを効かせて和風でもいいか……って、あ、ごめん! 職業病だなこれ。せっかくの新婚旅行なのに、つい」
「ううん。私、永志さんのそういうところ大好き、です」
 告白してしまった。だって本当にそこが彼らしくて好きだから。
「な、なんだよくるみちゃん。そういうこと言うなら……今夜は寝かさないからな?」
 一瞬狼狽えた永志さんが、大きな口を開けてパストラミサンドを頬張った。
「時差ボケ治らなくなっちゃうから駄目です……!」
 なんだよーと言いながら笑ってる。その表情も大好き。誰も知ってる人がいない場所だから、彼を本当に独り占めしているようで、何をするにも幸せだった。
 食後に苺を載せたココナッツパンケーキを頼む。これまた量が多いから二人でシェアにする。
「生地がしっとりしててやわやわで、日本のと味がちょっと違います。ココナッツが濃厚に感じるのは何でだろ……」
 ハワイから日本に入って来たパンケーキのお店も多いから、すごく興味があったんだよね。それにしても何がどう違うんだろう。やっぱり粉自体が全然違うのかな。それとも気候の違いとか?
 ふと顔を上げると、永志さんが目を細めて私を見ていた。
「あ、ごめんなさい……! 私まで、つい」
「いや、俺もそういうくるみちゃんが大好きだからいいよ」
 穏やかな声と言葉に胸がキュンとなる。いつまで経っても、大好きって言われることになかなか慣れなくて困ってしまう。結婚してからも恋する気持ちが減らないなんて、私ちょっと変なのかな。
「も、もう……そんなこと言っても、今夜は眠りますからね」
「わかってるって。明日いっぱいするから大丈夫」
 だ、大丈夫って。にこにこ笑っている彼と視線を絡ませながら、ふわふわのパンケーキを食べさせ合いっこした。


 二日目の午後は目の前のビーチへ。
 この歳でビキニなんて恥ずかしい、と思ったけど、現地ではビキニじゃない人の方が珍しい感じだったから思わず購入してしまった。結構大人っぽい花柄のビキニ。といってもジュニア用なんですけど……! こちらのジュニアの皆さんは胸の発育がよろしいようで、私にぴったりです。うう、泣ける。
 永志さんに手を取られて、白い砂浜から海に足を入れた。それほど冷たさはなく気持ちがいい。
「本当に綺麗……! 水が透明」
 太陽の光に当たってきらきらと輝いている海水は、底がしっかり見えるほどの透明さだった。小さな魚が足元を泳いでいる。
「ずいぶん遠浅なんだな」
 私の胸くらいまでの深さに来た時、彼が私を引き寄せた。彼の体に掴まって、一緒に波に揺られる。
「あー気持ちいいな〜」
「ね」
 青い空を二人で仰いだ。カモメが上空を飛んでる。眩しくて綺麗……と思ったその時、私の腰から下を撫でられた。
「あっ、や」
 思わず出た言葉に、永志さんが笑った。ちょ、ちょっとちょっと……!
「……もう、そういうのだめです」
「何で?」
 な、何でって……永志さん、普段はそんなことしないのに。
「だって他にも人がいるし、恥ずかしい」
「新婚旅行なんだから、いちゃいちゃしてもいいじゃん。それにほら、この辺はそんなに人いないよ。周り見てみ」
 確かに人は少なかった。それに人のことなんて誰も気にしていない。
 海外に行くと開放的になるってこういうことなのかな。青い空、青い海、こんなに素敵な色に囲まれてるんだから、開放的な気持ちになるのは当たり前だよね。私だって正直……そうだもん。永志さんのこと大好きって、空に向かって大きな声で叫んじゃいたいくらい。
「くるみ、可愛い。もっと触りたい」
 目を細めた永志さんに、ちゅっ、とキスされた。波にゆらゆら揺れながら彼の首にしがみつく。濡れた髪、潮の香り、強い日差しが眩しくて、その全部にどきどきしてしまう。
 お返しに私からも軽くキスすると、途端にその唇を深く奪われてしまった。
「んー!」
 柔らかい舌が私の口の中に入って来る。
「あ、だめって、言ったのに……ん!」
 言葉の途中でまた……! 当然永志さんの方が力が強いから全く抵抗できない。首の後ろを片手でしっかり押さえられ、反対の手は私の腰に回っている。水の温度も波も穏やかで心地いい。永志さんの舌に口中を舐められてしまい、どんどん力が抜けていく。
「!」
 私の腰にあった永志さんの手が、もっと下の方を掴んで、彼の体に引き寄せた。私の足の間に彼の体が入って、お風呂で子どもが抱っこされている姿勢みたいになってる。ていうか、どうしよう。あ、当たってるんですけど……。こっちまで変な気分になっちゃうよ。
 優しく唇を離した永志さんが、額を合わせて笑った。
「くるみちゃんが可愛いから、硬くなっちゃった」
「も、もう……!」
 そういう無邪気な笑顔で言われると、怒る気なくなっちゃいます……。
「部屋でしよっか」
「え、今から?」
「もうちょっと遊んで、ロビーの下にあったショップで何か飲もうか。それから、いい?」
「……はい」

 お部屋のシャワーを浴びると、少しだけ肌が痛かった。
 何を着て部屋に戻ればいいのかな。とりあえず用意されている、ふかふかの真っ白いバスローブを着込んだ。下着は……つけるのやめちゃおうかな。新婚だし、たまにはそういうのも……い、いいよね?
 私と入れ替わりに永志さんがシャワーを浴びている。
 窓際のソファに座って青い海を眺めた。何だかこうしていること全部が不思議……。大好きな人とこんなに遠くまで来ちゃったんだ。新婚旅行って、ただ愛を確かめ合う為だけの、何て贅沢な旅行なんだろう。一生に一度しかないんだから、大切に味わいたい。
 腰にバスタオルを巻いただけの姿で永志さんが部屋に戻って来た。てっきりバスローブを着ていると思ってたから、何だかこれだけのことでそわそわしてしまう。
「俺、もう焼けちゃったみたいでさ。ほら」
 くるりと背中を向けた永志さんの肩や背中が赤くなっていた。男の人だけどスタイルいいなぁ、なんて見惚れてしまう。
「あ、赤くなってます。痛くない?」
「少し。くるみちゃんは? 見てあげるからこっちおいで」
 ベッドに座った永志さんが手招きをした。もう一緒に住んでるのに、まだこういうことにドキドキしてしまう。彼の隣に座ると、腰に巻いたバスローブの紐を解かれた。肩からするりと剥かれてしまう。
「くるみちゃん、何も着けてなかったんだ」
「う、うん」
 ブラどころか実は下も穿いてないんですけど……。胸を両手で隠していると、背中にちゅっとキスをされた。
「あ」
「くるみちゃんも少し焼けてるな。痛む?」
「ちょっとだけ、ひりひりします。日焼け止め塗ったのに……」
「陽射しが強いんだろうな〜」
 俯いていた私の顔を覗き込んだ永志さんが、唇を重ねてきた。海の中でした時よりも、もっと激しく吸い付かれて、たちまち息が上がってゆく。
 唇を離した永志さんが、私をうつ伏せに寝かせた。バスローブは腰まで下ろされている。
「じゃあこれ……どう?」
 背中をつい、と何かが触れた。
「ひゃ! な、何!?」
 不思議な感覚に体がびくりと跳ねる。
「そこのグラスに入ってた水の氷」
 氷、なの……? 上の方から下までゆっくり滑っていくのがわかる。
「あ、あ……」
「……気持ちいい?」
 妙に色っぽい瞳と声で言われるから……変な気分になってきた。触れる氷が冷たくて、熱を持っていた背中がすっとする。彼は私のバスローブを全て脱がせた。
「くるみちゃん、下も穿いてなかったんだね」
「う、うん」
 氷が腰の方へ、そして……一番恥ずかしい所へ到達した。驚いて太腿を閉じると、彼にお尻を持ち上げられ、再び氷を押し当てられる。
「あ……んっ! だめ、それぇ……」
 氷で上下に撫でられたそこは、溶けた水と私の溢れた蜜が混ざって音を立て始めた。
「冷た、い……あっあ……! 永志さ、ん、んんー」
 かがんだ永志さんが再び私に唇を重ね、舌を入れてきた。とろとろの温かな舌の感触と、冷たい氷が溶けていくナカが疼いて……我慢できない。
「そんなとこ、入れな、いで……も」
「も?」
「もう、永志さんのがいい、の、あ」
「俺がいいの? ちゃんと言わないとダメだよ」
「氷じゃなくて……永志さんの、い、入れて、ください……」
「よく言えました。氷は食べちゃうね」
「え」
 小さくなった氷を彼が口の中に放り、舐めている。恥ずかしさでかっと顔が熱くなった。
「やだ、そんなことしちゃ、」
 言いかけたその時、彼の指が氷で溶かされた私のナカに入って来た。
「あ、う……! んう、うう……!」
 動かしながら、ゆっくり奥へと入れてくる。
「ここ……?」
「あ、や……! あ、んんっ」
 軽く達してしまい、もっと、というところで指が引き抜かれ、彼が自分のものをあてて一気に私へ押し入った。
「あ、あっあ、あー……!」
 勝手に大きな声が出て体が仰け反る。頭の奥がちかちかとして、一瞬意識が朦朧とした。永志さんのキスで、目が覚める。
「ん……んん……」
 私を抱きすくめるようにしてキスしながら、彼が激しく腰を動かしてくる。唇も体も心も全部永志さんに支配されているかのようで、苦しいのに幸せでたまらなかった。
「くるみ……!」
「え、永志、さ……」
「いいな、これ……入口が微妙に冷たい」
 顔を歪ませた彼は私の胸を両手で包み、強く揉んだ。
「あ、両方は、だめぇ……! あ、ああ」
「くるみ、すごい、ね今日」
「え……や、そういうこと、言わな、あっあ……あ」
 私の声と一緒に永志さんも低い声で喘いだ。海の中にいた時の様に、ベッドの上で揺れながら体を押し付け合う。また……大きな波に攫われそう……
「ゴメン、駄目だ。我慢してたから、もう、もたない」
「永志さ、ん……きて」
 頷いた彼は体を起こして激しく自分を打ちつけた。ぽたりと彼の額から汗が落ちる。お互いの体から微かに香る潮の匂いに満たされて、二人同時に海の底へ沈んだ。

 夕陽に染まる海は、とても静かでゆったりとしていた。想像していたよりもずっと背の高いヤシの木の葉が風にそよそよと吹かれている。あ、また……この土地の匂いに包まれた。柔らかで何とも言えない甘い香りに。
 海沿いを二人で歩いて行く。
「何かもう、天国にいるみたいだな〜」
 私の手を取った彼が呟くように言った。
「美味いメシ食って、昼間からくるみちゃんのこと抱いて、眠って……」
「綺麗な夕陽を見て、波の音を聴いて……」
「最高だな」
「うん、幸せです」
 涼しげな風が私たちを取り囲んだ。彼の手をぎゅっと握ると、もっと強く握り返してくれる。この瞬間が大好き。
「ずーっと一緒に幸せでいような」
「はい」
 手を離した永志さんが今度は肩を強く抱いたから、私もそれに応えて腰にしがみついた。
「せっかく立派なキッチンあるから、今夜は俺が料理作るか!」
「大変じゃないの? 永志さん」
「全然。それより、昨夜食べたのとか忘れない内に作ってみたいんだけど……いい?」
「じゃあ私も作ります! こっちのフルーツ使ってみたいの。パンケーキの粉も、生クリームも」
「ははっ、くるみちゃんも俺と変わんないな」
 二人で顔を見合わせて笑ってしまった。結局こうなるんだよね、私たちって。でも大好きな椅子カフェ堂の為なら何にも苦じゃない。永志さんもきっと同じ気持ち。それがとても嬉しかった。
「ついでに良晴のお土産も見てってやるか」
「美味しいもの写メして送っちゃいましょうか」
「それいいな。どうせ一人で仕事してるだけだろうしな」

 愛する人と手を繋いで、この先の未来を尽きることなく話しながら、美しい海の前をどこまでも歩いた。