五月晴れの美しい土曜日。都内にある憧れの洋館で、私と永志さんは結婚式を挙げた。
 敷地内にあるチャペルでの挙式には、お互いの家族と数人の友人を呼んだ。もちろんそこには職人さんも。洋館でのお食事はごく身内だけ。こじんまりとした結婚式だったけれど、愛を誓い合った私たちは祝福されて最高の時間を過ごせた。

 そしていよいよ、ここからが本番。
 結婚式翌週の土曜日。二次会を椅子カフェ堂でやろう、と永志さんが提案した通り、今日はここで私たちの結婚お披露目パーティーが行われる。
「くるみちゃん、今何時!?」
「えーと、一時二十分ですっ!」
「うお、やべ〜! これ間に合うのか!?」
「うー私も自信無くなってきました」
 永志さんの作る料理の厨房も、私が作るスイーツの厨房も目が回るくらいに忙しい。前日仕込みをして今朝も早くから準備を進ませているというのに、やっと全体の三分の二を終えたくらい。間に合わなかったらどうしよう……
「おい、くるみ〜! こっちこれでいいのかよ」
 ホールから職人さんの声が届いた。慌ててこちらも大声を張り上げる。
「え〜っと自己判断でお願いします! そっち行く暇がない〜!」
「あっそ。じゃあ後で文句言うなよな」
「う、やっぱり行きますっ」
 手を洗って早足で永志さんの後ろを通り、ホールへ出た。
 椅子は壁際に並び、テーブルを中央に集めた立食スタイルのホールが出来ていた。
「わあ、ありがとうございます! 大変でしたよね」
「当たり前だろが。全部俺一人で家具の移動してんだぞ、ったく」
 窓際のディスプレイも片付けられ、そこにも職人さんが作った椅子が並んでいた。ドアから外に出て、立て看板を確認する。今日もいい天気。雨じゃなくて良かった。
「えへ、えへへへへ〜」
「んだよ、気持ちわりぃな」
 一緒についてきた職人さんが私を見て顔をしかめた。
「だって、本日貸切ウェディングパーティーって」
 立て看板に付けたポップを見てにやにやしてしまう。挙式は済ませたし、左の薬指には結婚指輪が輝いてるけど、皆にお披露目というのはやっぱり特別嬉しいよ。
「お前、自分で書いといて、よくそんなにニヤけられるよな。おめでたいというか何というか」
「おめでたい日だからいいんですよー」
「おい、それよりプリンは出来てんだろうな?」
「特大のフルーツプディング作りました。職人さんも暇があったら食べてくださいね」
「どんなことしてでも時間作ってやる」
「……全部食べないでくださいよね」
「あ?」
 そうだ! 職人さんに睨まれながら思い出した! お花を買って用意しておいたのに忘れてた。職人さんのTシャツの背中に両手をあてて、椅子カフェ堂の中へぐいぐいと押し戻す。
「職人さん、ちょっとすみません、手伝って下さい!」
「何だよ、押すなよお前は。いてーな」
 レジ横に置いてあった鋏を使って、カウンターに置いておいたお花の茎を、ちょんちょんと切っていく。
「えーとこういうふうにして、ここの花瓶にお水入れて刺して、このカウンターとレジと並べたテーブルの真ん中に、ばーっと適当に置いてってください!」
「はいはい、適当にね」
「適当だけど綺麗に!」
「んー」
 特大プリン効果のせいか、職人さんは素直に頷いてくれた。そのまま飛び込むように厨房へ戻る。

「ある程度まで出来たら終わらせなね。くるみちゃんは支度があるんだから」
 通り過ぎようとした私に、永志さんが声を掛けた。
「はい。でも、とにかくギリギリまで頑張ります」
「ごめんな」
「え?」
「無理させて。いや、俺もここまでだとは計算違いだったんだけど……」
 ソースパンを揺らしながら、永志さんが申し訳なさそうな顔をした。額に汗を掻いてる。こういう横顔を見ていると、ここへ来たばかりの頃、遅くまで彼が料理の研究を一人で続けてきたことを思い出してしまう。
「皆に永志さんと私の味でおもてなしをしたいから、多少の無理なんて全然大丈夫です」
 彼のお手伝いが少しでも出来るなら、とここへ来てから思っていたことは、今も変わらず同じ。
「くるみちゃん」
「お世話になっている皆さんの為を思って永志さんが考えたんだから、私も一緒に頑張りたいの」
 これから大好きな人とずっと一緒なんだから、いくらだって頑張れる。厳禁かもしれないけど、これは私の正直な気持ちだから。
 俯いて永志さんのカフェエプロンの腰を摘まむと、ふいに彼が私を抱き締めた。
「くるみちゃん、キスしていい?」
「え!」
「と思ったけど、今は我慢する」
 も、もも、もう……。結婚してからも相変わらずなんだから。
 結婚式を済ませた後から、私は二階の永志さんのお部屋に引っ越して来た。それからはもう、毎晩のように永志さんは私の体を離してくれなくて……って、またニヤけてる場合じゃない!
 開場は五時半。スタートは六時。その間に私と永志さんは一応着替えて身支度を整えることになっている。やっぱりメイクはちゃんとしたいし、伸ばした髪も巻きたいし……三十分じゃ足りなさそうだけど、その時間さえ取れなかったら困るもんね。

 五時ちょうどからテーブルに料理とデザートを並べていった。
 食べやすく切ったローストビーフは香草とポテトを添えて。レタスたっぷりのミントサラダ、小ぶりのホットドッグ、卵とポテトサラダとハムのサンドイッチ、ツナと胡瓜のタコス巻き。タンドリーチキンを山ほど、ズッキーニと茄子とトマトのクリーム煮、サーモンのグラタン。ミートパイは永志さんと私の合作。
 チーズケーキは5ホールも焼いた! 大きなグラタン皿にフルーツプディング、粉糖のたっぷりかかった天板サイズのチョコブラウニー、紅茶と抹茶のシフォンケーキを2ホールずつ、そしてみもと屋のおじさんが今朝、抹茶餡のロールケーキをお祝いだと言って、5本も持ってきてくれた。新作らしいんだけど、これは私も食べてみたい……!
「後はやっておくからいいよ。くるみちゃん事務所で支度しておいで。俺は二階で着替えてくるから」
「じゃあ、お願いします」

 永志さんに促され、事務所へ飛び込み、壁の時計を見上げる。よし、あと四十分ある……! 取り敢えず洗顔から初めたはいいものの、段取りに手間取っていたその時、事務所の扉が叩かれた。
「はい?」
 永志さん? じゃないよね、職人さん? 耳を澄ませていると意外な人の声が届いた。
「くるみさん、いる? 私、貴恵ですけど」
「え!? た、貴恵さん? 今開けます!」
 入口に駆け寄りドアを開けると、そこには懐かしい人が立っていた。
「貴恵さん、戻って来たんですか!?」
「ちょうど二週間の休みだったから来たの。それよりおめでとう!! 永志くんもやるわね、もう結婚だなんて」
「ありがとうございます」
 笑顔で事務所に入って来た貴恵さんは、私が座っていた椅子の横に立った。
「ということで、ヘアメイク手伝ってあげるわよ。どんなのがいいの? ドレスも着るんでしょ? 手伝ってあげる」
「え! いいんですか?」
「もちろんいいわよ。えーと、これね。わかった」
 参考にして広げていたウェディング雑誌を見た彼女は、メイク道具を手に取った。任せていると、あっという間にメイクは終わり、髪を纏めて、ドレスを着るのを手伝ってくれる。
 貴恵さん、外国でお仕事をして、一段と綺麗になったみたい。大人の余裕が漂ってくる。やっぱり年賀状に載っていた金髪碧眼のイケメンは彼氏なのかな。職人さんのことは諦めたのかな。私が悩んでも仕方のないことだけど……胸が痛くなった。
 チラリと貴恵さんの横顔を見上げると、彼女は満足そうに笑った。
「うん、可愛い可愛い! いいわね、あなた。背が低くて」
「……え」
「あたし179cmあるのよ。デカいのがコンプレックスだから、そういう可愛いドレスが着られるなんて、すごく羨ましい」
 ミニ丈のドレスをそっと触った貴恵さんが、今まで見せたことのない、寂しそうな顔をした。
「そんな……私はずっと貴恵さんのスタイルが羨ましくて、それで嫉妬まですることもあったのに」
「隣の芝生はなんとか、ってやつね。ね、永志くん、ここに迎えに来てくれるんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、私はホールのお手伝いでもしようかな、良晴と一緒に」
「すみません。あの、ありがとうございました!」

 ホールが賑やかになっているのが、事務所からでもわかった。お客さんどれくらい来てるんだろ。貴恵さんと職人さんの様子も気になるし、ちょっとだけ覗いちゃおうかな。ドアを開けて通路をそっと歩く。
 ん? レジの場所に作った受付を遠くから見て叫びそうになった。う、受付に小川さんと貴恵さんが並んでるううう! そういえば職人さんが小川さんに頼んだとか言ってたんだっけ。ていうか、職人さんどこ行った!? まさか勝手にプリン食べてるんじゃ……。心配しながらもこれ以上出ていく訳にもいかず、事務所に戻り、永志さんが迎えに来てくれるのをそわそわしながら待っていた。
 しばらくしてから、ドアを叩かれた。
「くるみちゃん、いい?」
「あ、はい」
 ドキドキしながらドアを開ける。途端に、永志さんが蕩けるような笑顔を見せた。
「可愛いよ。すごく綺麗だ。誰にも見せたくない、なんてな」
 照れたように言った永志さんに胸がきゅんとしてしまう。彼も今日の為のスーツを用意して着替えていた。胸には私のブーケとお揃いのブートニアをつけている。
「永志さんも素敵です。すごく」
「惚れ直した?」
「先週の挙式から、ずーっと……惚れ直してます」
「俺もだよ。惚れ直したっていうか、ずーっと惚れてるから」
 私の旦那様がこんなに素敵な人でいいのかな、なんて何度も思ってしまう。でもその度に永志さんは目を細めて、こんなふうに愛の言葉を囁いてくれるから、自信を持って彼の隣にいようと決意出来た。


 永志さんの手に引かれてホールへ入場すると、大勢のお客さんたちから、おめでとうという言葉と、温かな拍手を貰った。椅子カフェ堂のドアも大きな窓も全部開け放してあるから、道行く人まで覗き込んで拍手を送ってくれた。
「ここで新郎から挨拶です」
 職人さんが司会をしている。いつも思うけど、こういう時、本当愛想いいよね〜。少しでいいからその愛想を私にも振り撒いて欲しい。一生無理そうだけど。
「今日は私、有澤永志と、妻くるみの結婚披露パーティーへお越しくださいまして、ありがとうございます。先週無事挙式を終え、入籍いたしました。ささやかな宴ではございますが、二人で作った料理とスイーツを楽しんでいただければと思います」
 永志さんの挨拶にまた拍手とそして、おめでとう! の声が上がる。それにしても、妻くるみって……急に実感が湧き上がって、また頬が緩んでしまった。
 歓談している人たちの間を回る。一応ホストでもあるから、お客様に挨拶しながら、料理やスイーツをお皿に取り分けて渡した。以前、試食会に来てくれた仲良し元同僚たちが私の傍に来た。
「くるみ可愛いね〜!」
「ありがとう。歩き回れるように短めのドレスにしたの」
「ドレスだけじゃなくてさ、本当に綺麗だよ。店長とお似合いの夫婦になったね」
「そ、そう? 何か、照れる」
 白いミニウエディングドレスはホルターネックで裾がバルーンになっている。肩の線が出て子どもっぽくないし、背が低いからバランスもいいみたいで、試着してひと目で気に入ったんだよね。
 ホールに設置したテレビに、職人さんが撮ってくれた先週の挙式の様子が流れている。その時はロングのドレスに長いヴェールだったから両方着ることが出来て大満足。

 着物姿の奥様を連れた古田さんが傍に来てくれた。古田さんはお仕事の帰りかな? いつもの眼鏡とスーツ姿でいる。
「古田さん! 奥様も」
「くるみちゃん、おめでとうございます」
「おめでとうございます、くるみさん! すごく可愛い〜!」
「ありがとうございます。古田さんの奥さんも着物がとても素敵です」
 ありがとうございますと、頬を染めた奥さん。隣にいる古田さんも幸せそう。うん、前に気になっていた古田さんの悲しそうな表情は、やっぱり気のせいだったんだよね。良かった。
「古田さん、お荷物あちらに置けますから、良かったらどうぞ。それにしても大きな袋ですよね」
「え? ああ、うん。後で使うんだ。ね、七緒さん」
「あ、はい。そうなんです……」 
 気のせいかな、奥さん何だか浮かない表情になった……?
「というわけでお楽しみにね、くるみちゃん。七緒さん、ほらあれ美味しそうだよ、食べよう」
「う、うん。じゃあ失礼します」
 古田さんに肩を抱かれて奥さんは強引に連れて行かれた。大丈夫かな。えーと、仲はいいんだよね?

 永志さんの修業先の先輩と同僚、商店街の会長さんやお世話になっている方々、通りの向こう側にある雑貨屋さんの店長に永志さんと一緒に挨拶をしていく。途中で、雑誌編集の田原さんと阿部さんがお店にちらっと顔を出しに来てくれて、大きな花束を置いて行った。
 自分で作った苺のたっぷり載ったウエディングケーキに、永志さんと二人で入刀する。食べさせ合いっこをした後、ちょっとした出し物が始まった。
「えーそれでは次に、新婦の元同僚の皆様による歌です。どうぞ」
 元同僚達が歌うウェディングソングに感動していると、次は古田さんご夫婦が……め、夫婦漫才いい!? 古田さんがボケで奥さんがツッコミだ……皆爆笑してるよ! さっきの紙袋はもしや、あの巨大なハリセンを入れてたの!?
「いや〜俺、古田さん好きだわ! 意外とノリがいいんだな〜!」
 職人さんと永志さんが大笑いしていた。奥さんも頑張ってくれて、私も可笑しくてたまらないのに、また胸がじーんとしちゃって、一人で泣き笑いしていた。

 住谷パンのおじさんからは、椅子カフェ堂のお店を模して焼いた大きな大きなパンを進呈された。
 パーティーのサンドイッチ用のパンと、ホットドッグ用のパンも用意してくれたのに、さらに焼いてくれてたなんて……。
「ありがとうございます。こんなに、立派な……パンを」
 すごく嬉しくて、住谷パンのおじさんの顔を見ながら涙ぐんでしまった。
「いつもお世話になってるからね。今日のこれが一番美味しく出来たな!」
 おじさんは私の肩をぽんぽんと叩いて、いつものように優しく笑った。

「では次に新婦から新郎へ、サプライズがあります。くるみさ、ん……どうぞ」
 職人さんてば無理して「くるみさん」とか言うから、噛みそうになってるよ。
「永志さんに感謝の気持ちです」
 職人さんが持っていてくれた私の手紙を受け取り、文字に視線を落とした。ホールにいた人たちは静まり返り、私の言葉を待っている。隣で永志さんが私をじっと見つめているのがわかった。
 息を深く吸い込み、手紙を読み始めた。
「二年前、椅子カフェ堂の前でスタッフの募集の貼り紙を見ていた私に、声を掛けてくれたのが永志さんでした。その日、永志さんが飲ませてくれたカプチーノは、私が今まで飲んできた、どれよりも美味しくて感動しました。このお店をたくさんの人に来てもらいたいと言う永志さんの思いに共感し、情けなかった自分を変えたくて、椅子カフェ堂で働くことを決めました」
 梅雨の合間の晴れた日だった。真っ黒な就活スーツを着てこの街を歩いていた時、目に留まった変わった名前のカフェ。
 永志さんと職人さん。カプチーノと家具と美味しい料理。お菓子作りが好きだった私。思えば不思議な出会いだった。
「素敵なお店で、大好きなお菓子作りをさせてもらって、毎日感動の連続でした。知らなかったことをたくさん学んで成長させてもらいました。椅子カフェ堂を通して、こんなに素敵な方たちとも出会えた。永志さん、ありがとう。椅子カフェ堂を守っていく為に一生懸命頑張る永志さんと、これからもずっと一緒に生きていきたいです」
 関わってくれた大切な皆の前で、愛する人に向けて私の誓いを宣言する。
「では次に、新郎の永志さんから」
 職人さんが永志さんに目配せをした。
「俺からも、あるんだよ。くるみちゃん」
「え……?」
 にっこりと笑った永志さんが、ジャケットの胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出す。……嘘。全然知らなかった……こんなの。
「くるみちゃんへ」
 咳払いをした永志さんが、便箋へ視線を戻した。
「俺が椅子カフェ堂の店長として行き詰っていた時、俺の前に現れたのがくるみちゃんでした。その小さな体に似合わず、俺と良晴よりもずっと大きなパワーで椅子カフェ堂存続の為に動き回り、知恵を出して、奔走してくれました。俺はいつもくるみちゃんの元気さ、前向きさに救われていました。落ち込んだ時、もう駄目だと思った時も、くるみちゃんの元気な声を聴けば、何とか乗り越えられた」
 椅子カフェ堂がなくなることを知ってつらかった。職人さんがここを去っても、永志さんと二人で、こつこつと頑張った日々を思い出す。
「椅子カフェ堂の為に一番頑張ったのはくるみちゃんだと思う。感謝してもしきれない。そしてそんな素敵な人が俺の妻になってくれたことを誇りに思います」
 永志さんは手紙を折り畳み、すぐ横の私に微笑んだ。
「これからもずっと傍にいて欲しい。一緒に……幸せになろうな」
「え、永志さ……」
 せっかく貴恵さんにメイクしてもらったのに涙が溢れて止まらない。大好きな人の顔がぼやけてよく見えない。
「それ」
「きゃ」
 私をお姫様抱っこした永志さんが目を細めた。
「やっぱ我慢できないや」
「ん!」
 唇をぎゅうっと押し付けられ、咄嗟に瞼を硬く閉じる。その後は軽く、ちゅと二回繰り返してそっと唇を離した永志さんを、瞼を上げて見つめた。皆が見ていることなんて忘れてしまうくらいに近くで見つめ合うと、ふいに永志さんが優しい声で言った。
「愛してるよ、くるみ」
 心臓がきゅーっと痛くなり、嬉しさで胸がいっぱいになる。私も、好き。きっと初めて逢った時からずっと。ずっと好き。大好き。
「わ、私も……愛してる、永志さん!」
 彼の首に腕を回してしがみつくと、周りからわぁっと声が上がった。永志さんが何度も私にキスをして、その場でくるくる回ると、頭の上から何かが降って来た。
「あ……お花!?」
「お、すごいな〜!」
 二人の上に淡いピンク、濃いピンク、白や黄色の花びらがひらひらと落ちてくる。知らない内に皆が用意してくれていたフラワーシャワーだった。
「おめでとう!」
「おめでとう! 幸せにね!」
 祝福されて、周りには皆の笑顔があって、そして何より愛する人と結婚できた。最高の幸せに包まれて涙が止まらない。
 椅子カフェ堂、これからもずっとずっと、私たちのことを見守っていてね。


 幸せなお披露目パーティーはあっという間に終わり、職人さんにも手伝ってもらって片付けを終えた。貴恵さんと小川さんは何故か意気投合し、パーティーが終わると同時に帰ってしまった。時計の針はもう十一時を回っている。
 ホールに出てカフェエプロンを外していると、伸びをした永志さんがぽつりと呟いた。
「ケジメ、ちゃんとつけられたかな。皆の前で」
「はい。出来たと思います」
「だといいな」
 クスッと笑った永志さんの肩を職人さんがバンバンと叩いた。
「お疲れ。いいパーティーだったな。俺は帰るぞ」
「おう、お疲れ!」
 椅子カフェ堂のドアを出て、家に帰る職人さんを永志さんと一緒に見送る。
「良晴、ありがとな!」
「職人さん、ありがとうございました!」
「お前ら気を付けて行ってこいよ、新婚旅行」
「ああ。お前は裏の倉庫使うんだろ? 留守の間、頼むな」
「はいはい」
「小川さん来てもらってもいいけど、店で変な事するなよ? あ、貴恵もいたな」
「はああ? いても邪魔なだけだから呼ばねーよ」
 夜の路地に職人さんの不満げな声と、私たち二人の笑い声が響いた。
 初夏の匂いを乗せた夜風が通り過ぎる。寒さはない、暑くもない、ちょうど良い気候の、この時期が大好き。
「くるみちゃん」
「はい」
「明日から新婚旅行なわけだけど……」
 隣の永志さんを見上げると、彼は首の後ろに手をやりながら言葉の続きを探していた。
「どうしたの?」
「……もちろん、あっちでもするんだけどさ」
「? 何をするんですか?」
「いやだから、その……今夜もいっぱい抱いていいかってこと」
 私を見下ろす照れたような表情に、胸がきゅんとした。結婚しても何も変わらない。永志さんが……大好き。
「いいに決まってます。たくさんたくさん、してください……!」
 永志さんの胸に飛び込むと、彼も私を強く抱き締めてくれた。
「くるみちゃん、俺」
「はい」
「くるみちゃんのこと、一生幸せにする。誓うよ」
「私も……私も永志さんのこと、一生かけて幸せにします」
 顔を上げると、永志さんが驚いた表情をしていた。でも次の瞬間微笑んで、さっきよりももっと強く抱き締めてくれた。
 足元には私たちに降っていた花びらが、風に吹かれてひらりとどこかへ飛んで行った。





次話はこの翌日のお話。良晴視点です。