シーツと私の腰の間へ両手を差し入れた直之様に、壊れるほどきつく抱き締められた。重なる肌の熱さと甘い苦しさに身悶えると、彼は力を緩めて申し訳なさそうなお声を出した。
「……すみません、痛かったか」
「よろしいの。もっときつくされても……もっと」
息を吐きながら、目の前の瞳に訴える。
「蓉子さん」
頬に額に接吻を落とされ、首筋に強く吸い付かれた。気持ちの良さにうっとりしながらも、ふと自分の不自然な姿が気になった。
「あの、ストッキングは」
「まだ脱がせません」
「どうして?」
「さあ、どうしてでしょう。何となく、そういうお姿で乱れるあなたを見てみたくなったのですが」
「何だか、身に着けていないよりも、恥ずかしくて……あ」
直之様の舌でほぐされ柔らかく広がった入口に、彼の硬いものが触れた。
「ほら、触ってご覧下さい。あなたに入れたいと我慢しすぎて、こんなにも濡れてしまった」
取られた手を彼の太い先端に導かれる。粘り気のあるものに触れ、思わず手を引っ込めた。あの、おややが出来るという白いものとは違うみたい。
「直之様も濡れるの、ですか……?」
そうですよ、と優しく微笑んでお答えになると、淫らなお水がしとどに溢れた場所に、ぐいと先端をめり込ませた。
「う、あ、あっ、い……っ」
下半身に重たい衝撃が走る。広いお背中に両手を回してしがみついた。
「久方ぶりですからね。痛まれるかも、しれませんが」
「だい、じょうぶ……です」
「あなたは優しいお方だ。……愛していますよ」
いたわる様な舌使いの接吻が私の舌だけでなく、体の隅々までを蕩けさせた。益々濡れてひくついたおしもが、直之様の熱いものをすんなりと進ませてゆく。
「大丈夫、ですか?」
眉をしかめた直之様が切なげに訊いてくる。その表情にたまらなくなった私は、もっとください、と小声で呟いた。
刹那、一気に押し入れられた泉が、とてつもない快楽にわなないた。四肢の先端まで電流のように甘酸っぱい刺激が駆け巡る。
「あ、あ、あ……!」
「……いいですよ、蓉子さん」
「直之さ、ま」
「入れただけなのに良すぎて、耐えるのが、大変だ……」
耳元で大きく息を吐き出した直之様は、しばらく私の中でじっとしていた。
何の摩擦も起きずに密着しているだけなのに、奥から気持ち良さと疼きが止め処なく込み上げる。
「中が動いて……締め付けてきます。あ、ああ……いい」
恍惚に顔を歪める直之様が愛おしい。私も、もっと欲しい。一緒に感じたい。
「直之、様。動い、てくださ……い、ああ……っ」
懇願したと同時に突かれた。
唇を再び塞がれ、腰を幾度も打ちつけられる。直之様の動きに合わせて、私も体をくねらせた。
私たちは、数か月ぶりに味わう互いの体に夢中になった。
触れる全部が気持ち良く、熱く、揺すぶり、揺すぶられ、意識が朦朧とするまで交わり続けた。
「ああ、もう駄目だ、もたない。すみません、蓉子さん……」
喘ぐようなお声を出された直之様は体を沈め、私を見つめた。
「出しますよ、中に。いいですね?」
熱の籠った眼差しへ頷くと、許しを得た彼の熱いものがそれ以上に猛り、私を激しく突き上げた。同時に、私の硬く敏感な芽をお汁を浸けた親指で擦り上げる。
「ひ、う、うう……!」
ぎゅうと直之様を締め付けながら、先に達したのは私の方だった。足の先まで快楽が届き、内はいつまでも痙攣している。
「く、いきますよ、蓉子さん……!」
「あ、あ……! 直之、さ、ま」
汗を滴らせ、一層苦しそうに顔を歪めた直之様は、奥の奥で熱いものを震わせた。
快感の疲労の中を海月のように漂う心地だった。
まだ直之様は私の内にいらっしゃる。あの白いものを放ったのだろう、直之様と私の間から、とろりとしたものが溢れ出て太腿に垂れていくのを感じた。
私の上でぐったりとしていた直之様が、再び唇へ接吻を落とし始めた。私の身はどこもかしこも溶けてしまい、だらしなく弛緩しているよう。舌が絡まり合い、唇の端から唾液が流れてしまっても、どうにも気怠く動けなかった。恥ずかしい姿を正したいのに。
――こうしていることが、幸せ。
ただひたすら彼の愛に身を委ね、淫らな幸福に沁沁と浸っていた、その時。
「……まだです、まだ」
いつの間にか内で大きくなっていた直之様は、達したばかりの私を再び突き始めた。満足していた筈の疼きが再び呼び覚まされ、躊躇いも無く彼と共に快楽の淵へ堕ちようとする自分に困惑する。
「え、あ、そんな……だめ」
先ほどよりも受け入れやすくなっているのか、そこは彼のものを奥深くまで咥えこんで離そうとはしなかった。直之様の白い液と私の淫らなお水の混じる音が、そこら中に響き渡る。
「あ、あ……怖い、直之、さ、まぁ……ああ!」
先ほどよりも強い悦楽が訪れたらどうなるのだろうという、小さな恐怖と胸を震わす大きな期待。それらの思いに体の恍惚がない交ぜになり、頭がおかしくなりそうだった。
怖いことなど何もない、とおっしゃった直之様は私の両膝の後ろを掴んで持ち上げ、あろうことか繋がっている部分を露わにさせた。
「ほら、よく見えるでしょう」
初めて目にする光景に眩暈が起きる。
「ん、やぁ、こんなの……! 恥ずかしい、ん、んん、んう、ううっ」
今まで以上に深々と貫かれ、突かれ、何度も何度も内を激しくかき回された。顔を上げればそこが丸見え、逸らせば快楽だけが私を支配する。どうにも逃げられず、首を横に振って嬌声を上げることしか出来ずにいた。
ようやく膝裏から手を離した直之様は、私の胸へ貪るように吸い付いた。先端を丸ごと口に含み、舌で転がし、歯でそっと挟み込む。びりりとした感覚が、直之様の出入りしているおしもと繋がり、あまりの気持ち良さに勝手に首が仰け反った。
「あ、あ、直之様、ああーー」
訳の分からない内に再び達していた。
「蓉子さん、綺麗だ。そんなに感じられて……嬉しいですよ俺は」
「……」
視点が定まらず、小刻みに息を吐き続けていた私は、しばらく放心していたことに気付かなかった。
繋がったまま、お返事も出来ずにぼんやりしている私の足に手を掛けた直之様が、片足ずつゆっくりと丁寧にストッキングを外していく。信じられないことに、彼は脱がせ終わった私の足先を舐め始めた。きゅん、と下腹がすぼまり、彼を呑み込んでいる部分が再び締まったのがわかる。
「あ、だめ!」
ちろちろと彼の舌が私の指を舐める度、初めての快感がそこから流れ込んだ。
「やめてください、やめて、そのように、穢れている所を……!」
「蓉子さんに穢れた場所などありませんよ。それより……感じるでしょう? 舐める度に俺を締め付けている」
「こんな、いや、だめえ……直之様ぁ、あ、ああ!!」
意地悪く微笑む直之様の視線と、自分の足の指を舐められているという羞恥が相まって、嫌なのにそれを上回る快感が私を襲った。
やっと唇を離してくださった直之様が、再び腰を強く動かし始める。
「あ、も、もう……私、変に……あ、ああ」
悦楽の波に投げ出され、呑み込まれ……ああ、また私は愛の海にゆらゆらと漂うだけの生き物になるのだ。直之様という愛の海へと引き摺り込まれ、道連れにされ……
「愛しています、蓉子さん、愛している」
「私、も愛して、います。直之様、直之さ、ま……!」
うわごとのように愛を囁く直之様に、私も懸命に名を呼び続けながら応える。
「ああ、蓉子さん……!」
ひときわ大きく私を突き上げた直之様は、蜜で溢れる私の内へ白い快楽の塊を放った。
うつらうつらとしていた私に、直之様が口移しでお水を飲ませてくださった。とても美味しい。何も入っていないのに、砂糖水のように甘く感じるのは何故かしら。
清潔なハンケチで私のとろとろになった部分を拭き、ご自分のものもお拭きになられた直之様が、シーツの中で私を優しく抱き締めた。
乱れた髪に触れ、額に口付けを落としながら、彼が言った。
「指切りげんまん、ですが」
「?」
「籍を入れてあなたは西島になった。ひとつ約束を叶えました」
「……ええ」
「次の約束は結婚式でしたね。その後は……」
「国産の客船?」
温かい腕の中で顔を上げて尋ねると、直之様が私を見つめた。
「いや、それまで大分時間があるでしょうからね。何にしようか一緒に決めましょう。何年分もあるから大変ですよ」
楽しみです、と笑うと、直之様も一緒に笑った。
薪の弾ける音は消え、静かな暖だけが残っていた。下の階で、まだ皆さん飲んでいるのか、微かに歌声が聴こえてくる。
「蓉子さん」
「はい」
「いつまでも俺と一緒に、約束を重ねてくれますか?」
「ええ、喜んで」
視線を絡ませ微笑み合い、優しい接吻を交わした。
甘い囁きと肌を重ねる幸せの戯れは、未来を思う愛の誓いと共に、一晩中繰り返された。
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「お父様、お母様、早くこちらへいらして!」
甲板に出ると、どこまでも果てしなく広がる海と真っ青な空だけが、私たちを出迎えた。
「お母様見て見て、ウミネコがこんなに近くに! そおれ、そおれ」
必死に小さなお手を伸ばして、船の上を飛び回るウミネコを呼んでいる。
「直義(なおよし)、走り回っては危ないですよ」
「何か餌になるようなものを買ってやろうか」
直之様が笑いながら、直義を注意する私の横で優しく言った。
「そうね。でも、何が良いのかしら?」
「船員に訊いてみるか」
「お父様、抱っこが良いの」
直之様と手を繋いでいた蒼子(そうこ)が彼にせがむ。
「どら、おいで」
抱き上げた直之様は蒼子を肩車した。こちらへ駆け寄ってきた直義を私が抱き上げ、四人でウミネコを指差しながら楽しく笑った。
九回目の結婚記念日にと、直之様はこの豪華客船の旅に私たち家族を連れて来て下さった。
子どもを可愛がり、私にも変わらぬ愛を注いでくださる直之様との結婚生活は、ただただ幸せなことばかり。
育児は教育係の女中に任せるのが常だけれど、夜会などの直之様との外出を除いて、なるべく私が育児に携わるようにしてきた。その結果、一緒に笑ったり泣いたり怒ったり、楽しいことや悲しいことを家族で共有して生活することが、この上ない幸せだと知ることができた。
この旅にはツネさんとミツコさんも同乗している。長年直之様の下で働き続けた彼女らに、少しでも楽しんでもらおうと直之様が提案され、私も喜んで賛成した。
山手のお家には、まだまだ元気な友三と、家令の河合さん、そして夫婦になったサワと磯五郎がお留守番をしている。
夜、寝かしつけた子どもたちの様子をツネさんとミツコさんに任せ、直之様と一緒に船の中を散歩した。
螺旋階段を上がり、少し行った先のドアを開けると、間近に聴こえる波と風の音。
「寒くはないですか?」
「ええ」
広い甲板に出て夜空を仰ぐ。月が輝き、雄大に広がる夜の海原を照らしている。
「綺麗……!」
直之様に凭れて、海上を滑る船の上から、きらきらと光る波間を見つめていた。
「あなたが放った蛍の光に似ています」
「俺も、思い出しました」
私の肩を強く抱いた大きな手の温もりは、あの頃から何ひとつ変わらない。
「私、あの時あなたを選んで本当に良かった。こんなにも大切にしていただいて、幸せです」
「言ったでしょう? あなたを幸せにすると。俺は約束を守る男ですから」
「ええ。豪華客船に乗るというお約束まで、こうして叶えてくださった」
私の顔を覗き込んだ直之様が、右手の小指を差し出された。私も右手を差し出して、彼の小指に自分の小指を絡ませる。
「永遠にあなたと、この幸せを続けられるよう、俺が守っていきます」
「直之様……」
誰もいない場所で月に見守られながら、小指を繋いで、熱く深い接吻を交わした。
抱き締める直之様が私の耳元へ囁く。
「この旅の間に、もう一人、お子を儲けましょうか」
「直之様の、よしなに」
顔を上げて微笑むと、優しく笑った彼がまた唇を重ねた。
愛に満たされる私たちに、蛍のように淡い月光が絶え間なく降り注いでいた。
〜了〜
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!
次話は番外編、直之視点のお話です。お話は過去に戻ります。