知ってた、だと……!?
「何となく知ってたよ、ずっと」
「い、いつからですか?」
いやいやいやいや、ちょっと待ってくれよ。俺バレるようなことしたっけ? それとも親父がボロ出したのか?
空はすっかり晴れ渡り、俺にも梨子先生にも温かな日差しが降り注いでいた。河原でキャッチボールを始めた小学生たちの声が、辺りに響いている。
「確か父親参観日の前だったかな。裕介先生の具合が悪くなった時あったじゃない?」
「あ、ああ、はい」
「病院へ一緒に行く時、園長先生がすごく心配してたのと、その時の声がそっくりで、あれ? って」
「声、ですか?」
「そう。二人が話してる所って滅多に見なかったから、それまで全然気付かなかったの。そのあとから、顔は似てないけど雰囲気が似てるなって。傍に立った時の感じとか。でもそれは裕介先生のこと……好きかもしれないって気付き始めた時だったから、かもしれないけど」
赤くなって顔を逸らした梨子先生が可愛すぎて、ちょっとどうしようか、おい。もう一回抱き締めちゃおうか。
「あと、一也先生に『裕介先生もしかして、園長先生の息子じゃない?』って言われたことがあったの。発表会のあとくらいに。それで、ああやっぱりって確信して」
え、えええー! 思わず両手を引っ込めてしまった。まさか、二人で倉庫で話した時に気付いてしまったとか? 有り得る。俺、あの時一也先生に辞めて欲しくなくてテンパってたもんな。……失敗した。
「美利香先生は一也先生よりも、もっと早い段階で気付いてたらしいけど、敢えて黙ってたみたい。OBの先生たちから美利香先生が聞いた噂でね、園長先生も若い時は園でこっそり働いてて、気付いてた人もいたけど暗黙の了解にしてたから、裕介先生もそうだろうって、こっそり教えてくれた」
おおおお親父も当時から気付かれてただと!? あいつ全然バレてなかった風だったぞ? なんだよ、親子で馬鹿丸出しじゃんか。
「園長先生の奥さんもここの先生で、一人息子がいるっていう噂は私も聞いたことがあったの。でも真相は誰も知らなかったから、最初は裕介先生が園長先生と同じ名字でも、わからなかったんだと思う」
美利香先生、俺が園長の息子だと知ってて、ガンガン叱ってくれたのか。いい人じゃないか……。
「本人が言わないのなら、皆に気遣ってのことだろうから、気付かない振りしてようって美利香先生言ってた。もしも裕介先生が、園長先生の息子だってことを自分で言って来たら、それを受け止めればいいんじゃないかって」
初詣で親父が言ったのはこれか。母さんも梨子先生と同じように気付いてて言わないでいてくれたんだな、きっと。結局親父は俺と同じように、好きな人には言わなきゃいけない的な気持ちになったんだろうけど。
「あの、美利香先生も一也先生みたいに俺が園長の息子じゃないかって、梨子先生に確認してきたんですか?」
「ううん。私が美利香先生に、裕介先生のことが好きかもしれないって相談したの。そしたら、多分裕介先生は園長先生の息子さんだから、好きって言うだけで辞めさせられるかもしれないよって、美利香先生に叱られた」
「そうだったんですか」
「もしそうなっても、好きだから頑張りますって、反抗しちゃったけど」
な、なんだよ嬉しすぎるじゃないか。梨子先生の思いに、これから精一杯答えていく為にも、今度しっかり親父に話そう。
「私が二年目でいっぱいいっぱいの時、いつも裕介先生の一生懸命な姿に励まされてた。だから頑張れたんだよ」
「それは俺の台詞です。いつも梨子先生の笑顔に励まされていました。……あの、これからもよろしくお願いします」
「保護者の挨拶みたい」
「あ、そうですよね。えーと……」
クスッと笑った梨子先生は背伸びをし、俺の頬へキスしてくれた。その感触と微笑みに幸せ過ぎてたまらなくなって、彼女の唇へ、そっとお返しのキスをした。何度も何度も、優しく。
春休み半ば、花曇りの今日、親父と共に墓参りへ来ていた。線香に火を点け、手を合わせる。
「母さん、裕介はなんとか一年間年少を頑張ってくれた。俺の予想は外れて辞めることもなかったよ」
「何だよ、その予想。辞めると思ってたのかよ」
「とりあえず、お疲れさん。よく頑張ったな、裕介」
立ち上がった親父は珍しく、俺にねぎらいの言葉を掛けた。
「別に、俺はそんなに頑張ってないし、全然まだ何も出来てない」
「またまた、母さんの前だからって照れちゃって〜」
ニヤニヤと笑った親父から目を逸らし、母さんとじーちゃんに向かって言った。
「俺、三年後に君島幼稚園辞めるよ」
一瞬の間があってから、親父が横で叫んだ。
「は、はあああああ!? 初詣の時といい、また何を言ってるんだ、お前は!!」
二人なら、きっとわかってくれるよな? 自分だけのためじゃないんだ、これは。
「親父」
「な、何だ」
「子どもが減ってる今、これまでのやり方じゃ、園の存続だって危ない。いくら伝統があったって、ブランド力があったって、そんなの選ばれなくなったら終わりだろ」
一年やってみてわかったんだ。実際現場に立たなければ、見えないことがたくさんあるんだってこと。
「保育所との統合だっていつになるかわからない。それに保育所ったって、認可されてたりされてなかったり、二十四時間やってたりいろんなところがある。施設も、小学校だって本当は見てみたいんだ。どうしたらもっと園に人が集まるのか、経営も給料のことも知りたい」
うちの園に来る先生たちを、一也先生みたいな目に遭わせたくはないんだよ。できれば男も女も関係なく、結婚しても子どもを産んでも家族を養うことになっても、ずっと長く勤めて欲しい。だから。
「もっと他を見て、勉強してから戻ってくるよ」
「……それは、何年かけてやるつもりなんだ」
怒りに震えた声を抑え気味に親父が言った。
「ここを辞めたあと十年以上は無理じゃね? だから大体十五年後くらい?」
「裕介!!」
墓地で怒鳴るなって。元気いいなーほんとに。元気でいてくれなきゃ困るけど。
「その間、園はどうするんだ! 主任は五年後には定年だ。今の園の状態を経験して、その十年後に、お前を継がせようとしてたんだぞ、俺は。主任が辞めたあとは、お前を副園長にしてもいい考えもあったんだ」
「親父はまだまだ現役じゃん。大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんだ。勝手なことを言うな。所帯だって持たなきゃならんだろう。相手もいないのに、この先……」
「将来主任になる力を持った、いい先生がいる」
「いい加減なことを言うな! 園を良く知っている者でなくては務まらん。どこから引っ張ってくるつもりなんだ!」
「どこからって、親父もよく知ってる人だよ。子ども好きで、根性あって、頑張り屋でしっかりしてる。その内俺が……結婚したいくらいの人」
急に黙った親父は口を開けたまま、馬鹿みたいな顔で俺を見ていた。
「今度家に連れて行くから心配すんなって」
水入れと柄杓を持ち上げ、母さんの墓に背を向けて歩き出した。
「ちょ、ちょっと待て裕介」
「いやだ」
「いいから待て。誰なんだ、そのお嬢さんは。おい、裕介!」
ぶつぶつ言って追いかけてくる親父を無視しながら早足で歩き、空を仰いだ。子どもたちと一緒に園庭から見る空は、もっともっと青くて綺麗に感じるんだよな。
三年後の自分の前に、まずは四月からのことだ。年長の子どもたちに俺がしてやれることは、ほんの少しのことに過ぎないんだろうけど、楽しい一年になるように頑張ろう。今まで以上に。
四月から始まる忙しい毎日を思いながら、新しい風に向かって駆け出した。
〜完〜
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お返事はブログにて。(2012/12/28)
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