「じゃあ、あの……脱ぎましょうか? 裕介先生」
「あ、はい。そうですね」
準備体操を終えた俺と梨子先生の、屋上の隅で繰り広げられている、別になんてことない会話です。
何となく背中合わせになってTシャツを脱いだ。清香先生が子どもたちを一列に並べ、設置されたプールの前へ連れて行く。
ハーフパンツを脱いだ俺は、それとたいして長さの変わらない水着を着ていた。もちろん競泳用などではない。そこまで空気読めないわけじゃない。たかが、今来ていたものを脱いだだけなんだけどさ、なんか普段一緒に仕事している仲間の前だと異様に恥ずかしいな、こういうの。
「……いいですか?」
「はい、行きましょうか」
梨子先生のことを直視出来ない。離れた所で、長いホースに繋がれたシャワーの水を、子どもたちの下半身へ順番にかけている清香先生が見えた。その後ろにある教室では、浅子先生が見学の子どもたちをみている。
……梨子先生、どんな水着着てんだろ。もちろんビキニってことはないよな、教育現場で。上下で分かれてる奴かな。下がヒラヒラしてんの。ワンピースじゃなくて何ていうんだ、ああいうの。確認したいけど、わざわざ振り向くのもなんだよなあ。
「………」
あーこれじゃかえって変な奴に思われるじゃないか! 意識しすぎなんだよ。とりあえず先にプールへ入っとこう。そうしよう。子どもたちのことだけ考えよう。
清香先生へ断り、プールへ足を入れた。そこから手招きして子どもたちを呼ぶ。水深は俺の膝上くらいだ。プールのヘリには段差があり、そこから手を差し伸べ、子どもたちを一人ひとりプールへと入れていく。
「もう終わりかなー?」
振り向くと梨子先生がすぐそばにいて、思わず見下ろしてしまった。……う、上はビキニ!? 下はショーパンみたいの履いてる。とりあえず上下とも布は多めなんだから落ち着け。何事も無かったって顔してろよ、裕介。その時、俺を見上げた梨子先生が言った。
「これで全員だよ」
「はいいっ!」
「?」
だから不自然だっつーの! それにしてもすごい。思ってた以上に大きい。夢に出てきたのより大きい。プールの水が反射して、梨子先生まで輝いて見える。
「いっ……!!」
いきなり後ろからどつかれて、よろめいた。Tシャツにハーフパンツ姿の清香先生が、プールの外から俺を睨んでいる。どうやら肘でどついたらしい。
「裕介先生、何ガン見してんの」
「え!」
「梨子先生のこと」
「み、見てないですよ、何言ってんすか!」
せめてチラ見と言ってくれ!
「梨子先生に聞こえるよ」
慌てて顔を上げると、梨子先生はとっくに反対側へ移動していた。
「言っちゃおうかな〜」
「ちょ、ちょっと、勘弁してくださいよ……!」
意地悪く笑う清香先生とコソコソ話してると、すぐそばで俺たちのことを見上げていた、まーちゃんが言った。
「せんせーなに? りこせんせ、なにゆうの?」
「な、なんでもないよ! さー遊ぼうかー。遊ぼー遊ぼー、ははははー」
……棒読みすぎる。
しばらくは思い思いに、好きなことをさせて遊ばせた。手を動かしたり、ちょっと水が跳ねるだけで大騒ぎだ。外側から清香先生が小さなじょうろで水をかけたり、ボールを投げたりして盛り上がった。
「きゃー! みーちゃんきゃー!」
「バシャバシャするー!」
それにしても皆可愛いなー。そんなに水が嬉しいか。もう何言ってるのかわからないくらい興奮してるよ。6月とはいえ暑いもんなー。帽子を被ってる姿も可愛い。ていうかぴったりしちゃって面白い。必死で顔の水をぬぐってるのも可愛い。
「てんてー、ともくん、すーみんぐってるの」
「ん?」
やべえ、久しぶりに来た。
「すーみんぐってるの」
「す……スイミングか! 習ってるの?」
「うん! みてー」
しっかり潜ったともくんは、ぐいーっと水の中を進んだ。すげー! 意外じゃないか。水から顔を上げたともくんは、得意げに俺を振り返った。お互い親指を立てて、離れたところからグッジョブを送り合う。
「あれ?」
ともくんの向こう側、プールの隅っこでじっと固まっている背の高い女の子がいた。プールの淵を掴み外へ顔を出し、完全に水へ背中を向けている。
「ゆいちゃん、どうしたの?」
「お水、きらい」
「なんで嫌いなの?」
「お顔にかかるからイヤ!」
あー……、そうだよな。まあクラスに一人はこういう子っているよな。
「じゃあ、先生が抱っこしてあげるから、一緒にお風呂みたいにして入ろうか?」
「おふろ?」
「うん。ゆいちゃんはお風呂好き?」
「おふろは大好き」
「そっか。じゃあ、お水がかからないようにして、入ろう」
「だいじょうぶ?」
「大丈夫」
多分。と心の中で呟き、ゆいちゃんをそっと抱き上げ、ゆっくりしゃがみ込んだ。
「よーし、いい湯だぞー」
「せんせー、おゆじゃないよ! つめたいよ!」
大きな声を出してるけど、顔は笑ってる。俺も一緒になって笑って言った。
「いいお湯だなーって思わない? ゆいちゃん」
「おゆじゃないもん! でもきもちいい!」
肩まで水に浸かったゆいちゃんは、大喜びで手をバシャバシャと水につけ始めた。よし、もう大丈夫だな。
「怖くない?」
「うん! たのしい!」
そばにいた子どもたちが、俺とゆいちゃんを見て言った。
「ゆいちゃん、いいなあ! まーちゃんもだっこしたい!」
「たけるもー!」
いつの間にか俺の周りにたくさん子どもが集まっている。梨子先生もこっちを見て笑っていた。
「じゃあ、みんな、ゆいちゃんと同じことしよう! ここは大きいお風呂だよ」
「おふろ?」
「そうだよ。だから肩まで入ろうね。せーの!」
皆一斉にしゃがんで、肩まで水へ浸かった。
「つめたい、つめたい! このおふろつめたーい!」
「じゃあ、そのまま汽車ぽっぽしようか!」
梨子先生が先頭になって声を掛け、子どもたちは仲良く友達の肩に掴まり、ぽっぽーと言いながら一列になった。俺も真ん中辺りに入れてもらい、みんなでひとつの輪を作る。流れるプールのように同じ向きへ進んで何周かすると、清香先生がピーと笛を鳴らした。逆向きになる合図だ。流れに逆らうのが面白くて、子どもたちも先生も大笑いしながら、また汽車になって進んだ。
「ほら、いくよー!」
突然、清香先生が、ホースに繋いであるシャワーの水を、上からプールへ向けてかけた。小さな虹が水の上にできる。子どもたちはキャーキャー言って、もう汽車どころじゃない。それぞれ好きな所へ逃げ回り、大はしゃぎしている。
あれ、梨子先生どこ行った? 水の中でしゃがんだまま、顔へ盛大にかかった水を拭った時、何か柔らかいものが背中に当たった。
「顔にかけちゃ駄目だってば!」
すぐ後ろで梨子先生の笑い声がした。どうやらふざけた子どもたちが、梨子先生へ集中攻撃で水を掛けているらしい。
「うわ!」
今度は清香先生が俺と梨子先生の方へ、わざと勢いよくシャワーを掛け始めた。逃げようとした梨子先生が、思いきり俺にぶつかってきた。ていうか、ぐいぐい押してるって!
「梨、梨子せんせ、うわ」
ちょ、ちょ、ちょおおお! シャワーのせいで前がよく見えないけど、梨子先生、当たってます! 俺の腕にそれ絶対当たってるって! その大きいのがあた、あたた……!
「たかくん、としくん、押し過ぎ、押し過ぎ! 全然前が見えないよ!」
俺の横で梨子先生が、子どもたちときゃっきゃしてる。ひよこ1組のたかアンドとし! お前ら超ナイスです! って言いたいところだけど、これ以上は本気でヤバイので、勢い良く振り向いて二人を抱きかかえた。
「こらああ! 捕まえたぞー!」
夏休みが始まるまでのプールの回数、あと6回。俺、最後まで無事でいられるか、わかんない。
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