片恋×泥濘コラボSS2 涼視点

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夏の終わりに(前編)




 栞の誘いで都内のプラネタリウムへ来た。
 この夏は受験が迫っているせいで、ほとんど予備校通いとたまにバイトの生活。栞ともなかなかデートらしいデートはしていなかった。花火大会くらいか。夏休みも終わって最初の土曜日、息抜きにようやく二人で出かけることが出来た。

「楽しみだね」
「うん」
 久しぶりに外で会えた今日、嬉しそうに俺の隣で笑っている彼女の横顔が、ほんとに眩しい。
 実はこの夏の初め、彼女との距離が一層近付いたっていうか、深まったっていうか……まあそんな感じで、俺は夏中浮かれまくっていた。本当は毎日でも栞に会って、傍にいて、抱き締めて、それでさ……。
「どうしたの? 涼」
「あ、な、何でもない」
 やばい、この妄想癖いい加減やめないとな。でもどうしたって顔がにやけてしまう。
 入り口でチケットを受け取り、彼女の手を引っ張って中へ入った。栞に触れるの何日ぶりだろう。握った手に力をこめると、同じだけの強さで彼女も手を握り返してきた。

 クーラーが程よく効いている空間を、見やすい場所へ移動しながら歩いていく。出来たばかりというだけあって中は真新しく清潔で、大き目の椅子はゆったりとして寝心地が良さそうだった。座席の間を通ろうとする度に、既に座っている人たちが俺たちを見て何かを言っている。いいから。こっち見なくていいから。栞のことをじろじろ見ていいのは俺だけだから。
 最近栞は俺から見てもはっきりわかるくらい、可愛いというよりもすごく綺麗になった。髪も長くなったから今までよりもずっと大人びて見える。今日着ているワンピースの短めの裾からは、すらりとした足が伸びていた。嬉しいけどさ、正直心配でしょうがないんだ、俺。

 席へ着き、二人でパンフレットを眺めた。
「ねえ涼、東ってどっちかな?」
「あー、あれじゃない?」
「っていうことは、お月様あっちに沈むんだね」
 無邪気に笑う栞と頭を寄せ合って、あちこち指を差して確認した。二人でリクライニングを倒して真っ白い天井を見上げる。
「……思い出しちゃった」
「俺も」
 何も言わなくても学校の屋上だってわかった。お互いの顔を見詰めて微笑むと、アナウンスが入り、会場の明かりが落とされた。


 暗くなったからって、早速手握るのもまずいかな。いや、大丈夫だよな? 栞と俺はもう、そんなに遠慮しなくてもいい関係な筈だし、多分。未だに自信が持てない時もあるけどさ。
  真っ暗な中、手を伸ばして彼女の気配を探る。……暗闇。いやいやいや、大丈夫だ、大丈夫。ここはプラネタリウムなんだから、別に何も怖いことはない。
 頭を小さく横に振って、もう一度彼女へ手を差し出そうとすると、後ろから話し声が聞こえた。カップルか? うるさい訳じゃないけど、何となくいちゃいちゃしてるのがわかる。
「あ」
 な、ななななんだ? 女の子の声がした。「あ」って、何? 何やってんの!? 思わず手を止めて息を潜め、両耳の全神経を後ろへ集中させる。
「……」
「……」
 なんかこそこそ言ってるみたいだけど、よくわからない。暫くすると、今度はリクライニングの椅子が軋む音が届いた。……お前ら健全な場所で何してくれてんだよ。どうしよう。栞の手を握りたいけど、これじゃ何だかやりづらいじゃんか。もう勘弁してくれ。
 結局その後、すぐに後ろの奴らも静かになって、俺も無事栞の手を握りながら綺麗な星座を楽しむことが出来た。それにしても何だったんだ一体。


「あの、」
 上映も終わり、手荷物を持って立ち上がると後ろから声を掛けられた。栞と同時に振り向くと、そこには俺たちを見つめるカップルがいた。茶色の髪を片方の耳の下でひとつにまとめている小柄な女の子と、シンプルな服装の無愛想な男。その顔を見て思わず俺の顔が引きつる。特に男の方。
 またお前らか! 後ろにいたのお前かよ。横浜の花火大会で出会ったカップルに再び遭遇してしまった。いちゃいちゃいちゃいちゃ、何をやってたんだよ、お前らは!

「こんにちは」
「また会ったね!すごい偶然」
 彼女の方が栞と笑顔で挨拶を交わした。俺たちもつられて、とりあえず挨拶をする。こいつ何て名前だったっけ。もう全然思い出せないや。
「……どうも」
「どうも」
 よし、これも何かの縁だ。俺の念、お前なら受け取れるな? 絶対、絶対、絶ーっ対、一緒に行動しようとか言い出すなよ? わかってるな? お前そういうのイヤだろ? もちろん俺もイヤだ。
「……なんか付いてます?」
 面倒くさそうに男が言った。
「や、別に」
 溜息を吐いた男は、彼女を促して座席から立ち上がり歩き出そうとした。よーし、お前なら俺の気持ちがわかると思ったぜ。じゃーな。もう二度と会わないと思うから、お元気で。達者でな!

「三島くん、待って」
 ああ、そうだ。三島って言ったっけこいつ。男の歩みを止めた彼女は、栞を振り向いた。まずい、この展開は……。
「あの、せっかくだからメアド交換したいなって」
「うん、いいよ。こんなこと滅多にないもんね」
 おいおいおいおい! だから女同士って奴はあああ! いいだろ、絶対もう二度と会わないんだから。さっさとこの場から立ち去って、早く栞と二人になりたい。
「涼、ちょっと待ってね? いい?」
「い、いいよ。もちろん」
 仕方なく笑って答える。あーあ、彼女の方にも念を送るんだった。
 横を見ると三島はポケットに手を突っ込み、不機嫌な顔で二人のやり取りを見詰めている。うわー、俺ほんとこういう奴だめだわ。それにしても彼女の方は、何でこんな男がいいんだろ。ぽわーっとした感じだし、もっと優しそうな男の方が似合う気がするけどな。

「この後は隣の水族館行くの?」
「はい」
「じゃあ、一緒に回らない?」
 栞ちゃんんん! 言ってはいけない一言を……! 相変わらず俺の念は栞に届いていないのが残念すぎる。
「涼、いいよね?」
 無邪気に笑う栞が胸に苦しかった。けど、言わなきゃ駄目だろこれは。ごめん栞。
「あのさ、向こうもデートなんだし邪魔しちゃ悪いんじゃない?」
 俺が嫌なんだよ、俺が。やっと二人になれた貴重なこの時間を、誰にも邪魔されたくないんだ。すると、同時ににっこり笑った三島の彼女が言った。
「そんなことないです。いいよね? 三島くんも」
「俺は別々の方がいいと思うけど」
 茫然とした俺の前で、彼女を睨みつけた三島が即答する。お前空気読めない奴なのかと思ってたけど、意外とわかってんな、さっきから。三島と俺でお互いの彼女に気付かれないよう、チラリと視線を交わし、無言の思いを共有した。

「じゃあ、このあと三島くんち行かない」
 今までどちらかと言えば遠慮がちだった彼女が、突然きっぱりと言い放った。途端に三島の顔色が変わる。小柄な彼女が急に大きな存在に見えた。
「このまま帰るね」
「……わかったよ」

 一回舌打ちをした男が、嫌そうに渋々頷いた。




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