アンケお礼コラボSS 涼視点 涼×栞&三島×春田

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花火大会(後編)




 人が増えてきたせいか、さっきよりも蒸し暑くなってきた。辺りはもう随分と薄暗くなり、花火を期待する声があちこちから聞こえた。

「あの、」
「……は?」
 隣で立ったままケータイをいじっていた男は、声をかけた俺を睨んだ。……んだよ、絡みづらいな。教えてやんねーぞ?
「えーと、彼女さ、俺の彼女と一緒にトイレ行ったから」
「え」
「だから、すぐ戻ると思いますよ」
「あ……そうなんすか、すいません」
 男は頭を下げると、安心したようにその場へ座った。
 三島って言ったっけ。こいつ、俺と同じ歳かな? 彼女は年下に見えるけど。
 ていうか、彼女に対してああいう言葉遣いってどうなんだろ。一応心配はしてたみたいだけどさ。俺と栞の場合だったら……想像しただけで怖い。む、無理だよ、あんな言い方絶対嫌われそうだし。お前とか、ちょっとは言ってみたいけど、何となくまだ言えない。

「仲いいすよね」
「え!」
 び、びっくりした。何だよ急に。なんつった? 仲がいい? 俺と栞のことだよな?
「あ、まあ」
 俺が返事をすると、男はニヤッと笑った。相沢かお前は! ……あーなんか苦手なタイプだ。まあ、あいつよりは愛想がいい感じだけど。
「……そっちも」
「え?」
 今度は俺が声をかけると、ケータイを見つめていた男が顔を上げた。
「えーと、彼女……なんでしょ?」
 もちろん妹とかじゃないよな? 何言ってんだ俺は。
「そうですけど、一応」
「……」
 会話、続かねええ! そっちも仲いいですよねとか、言えないよな。だってどう見てもさっきのは違う気がする。
「仲、いいっていうか……」
 振らなきゃ良かった、この話題。目を泳がせて困っていると、男は俺の言葉を気にも留めずに言った。

「ああ、仲良く見えます?」
「……違った?」
「いや、こういうとこじゃなきゃ、もっと仲いいですよ」
「え」
 どういう意味だよ、それ。男は彼女が置いていった団扇で自分を扇ぎ始めた。
「すごく優しくしてるし」
「……」
「俺、暑いとことか人ごみ大嫌いなんですけど、彼女に言われればこうやって来るし」
 それで不機嫌だったのか。
「甘いもの嫌いでも、口に入れてやるし」
「……」
「……その代わり、」
 急に声を低くした男は目を伏せた。
「……」
「……」
 な、何だよ、何黙ってんだよ。いきなり雰囲気変わってんじゃん!
 なんか怖い。怖いけど……。俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ後、聞き取りやすいよう、少しだけ男に近寄って座り直した。海から生暖かい風が吹いて、背中がぞっとしたのがわかる。

「二人きりの時は、何でも命令きかせるようにしてますけどね」
「……命令?」
「そう。命令」
「ど、どんな?」
「例えば……そうだな、答えたくないって言ってても、無理やり言わせるとか」
「……何を?」
 片膝を立てている男は俺の質問を無視して、そのまま話しを続けた。
「あとは自分からねだるようにするとか? ああ、これじゃ命令にならないか」
 少ししか情報をもらってないクセに、もう既に俺の頭の中はいろんなことで一杯になっていた。あの小柄で大人しそうな彼女に命令? ね、ねだるって何をだよ。

 鼻で笑った男は、俺の心の声が聞こえたかの様なタイミングでチラリとこっちを見た。う、何だよその目は……。どうしようと思いつつも、こいつの視線から逃げられない。
「それから……目隠ししたり、壁に押し付けたり、ちょっと痕が残ることもあるけど……。俺の部屋だけじゃなくて、学校でもたまに」
「……」
「彼女、恥ずかしいらしくて必死に隠してるんですよ。すぐバレるのに」
「バレる?」
「本当は……そういう方がいいってこと」
 な、何の話をしてるんだよ。それって、それって……。頭がのぼせて顔もどんどん熱くなっていく。あの彼女が? こいつと? 一体何を……。

 目の前の男は俺から目を逸らし、俯いて下を向いた途端、肩を揺らし始めた。どうしたんだよ? 具合悪いのか!?
「……ぶ」
 ぶ? 心配になって顔を覗き込もうとすると、突然男は頭を上げて大声で笑いながら言った。
「さっきから、全部顔に出てる……!!」
 み、みみ三島あああ! 初対面のクセに何考えてんだ、お前は!! 頭を引っぱたいて突っ込んでやりたいのを堪えながら、今度は俺が睨んでやると、笑い過ぎた三島が腹を抱えながら涙目で言った。
「でも帰って来たら、俺もそっち見習おうかな」
「……?」
 また変なこと言ってる気がする。見習う? なんだ? どういう意味か聞こうと口を開いた時、二人が戻ってきた。

「ただいま」
「電源切れてるってなんなの? お前」
 笑っていた男は彼女の声を聞いた途端、不機嫌な顔に戻った。彼女の方はさっきと同じで、やっぱり全然気にしちゃいない。
「ごめんね。三島くんが行っちゃってから気がついたの」
「家出る前に確認しとけよ、そんくらい」
「はーい」
 ……ほんとにこれで仲いいのか?
「あの、ありがとうございました」
「いいえー」
 三島が頭を下げて栞に礼を言った。ふーん、一応そういうとこは常識あるのか。だったらまあ、さっきのことは許してやる。

「すごい混んでたの。遅くなってごめん」
 栞は俺の隣に座り、ペットボトルのお茶を口にした。
「全然。ちょうど始まるんじゃない?」
「なんか、去年のこと思い出すね」
「……うん」
「涼があっちで金魚くれたんだよね。いきなりほっぺに冷たいビニールくっつけてきて、すごくびっくりしたんだよ?」
 嬉しそうに笑った後、栞は目を伏せた。
「……栞ちゃん、って呼んでくれた」
 彼女の声に胸がずきんと痛む。相沢よりも、もっと栞に近付きたい、いつも俺が隣にいられたらどんなにいいだろう、ってそんなことずっと思ってた。
 俯いている栞の小さな手を取る。
 去年はこの手に金魚を渡すことしか出来なかったなんて信じられない。相沢を見つめていた栞を、俺もただ後ろから見つめてただけだったなんてさ。

 栞の手を握りながらふと横を見ると、三島は人が変わったようにあの小さな彼女の肩を抱いて、くっついていた。
「どうしたの?」
「え、や……なんか急にさ」
 俺の視線に誘導されて、栞も顔を二人へ向けた。途端、パッと辺りが明るくなり、すぐに大きな音が鳴り響いた。
「あ、始まった!」
 一度にたくさん打ち上げられた花火へ、周りから一斉に喚声が上がる。皆団扇で拍手をしながら盛り上がり始めた。
 始めたんだけどさ。気になってもう一度横を見ると、三島は全然花火なんか見ないで彼女の顔をずっと見つめている。時々何か耳元で言っているらしく、彼女は体を捻ってくすぐったそうにしていた。さっきまで聞こえては来なかった、彼女の下の名まえを囁く声もここまで届く。
 じーっと見るのも聞いてるのも悪いんだけどさ。さっきあいつ俺に言ったんだよな、そっち見習う……って。俺そんなことしてねえっつーの! せっかくなんだから見ろよ、花火を!

「ね、あたしが言った通りだったでしょ?」
 栞が俺の隣でこそっと言った。
「うん。ていうか……仲良すぎ」
「もしかして二人で何か話したの?」
「ちょっとだけ」
「どんなこと?」
 ど、どんなって。さっきの会話を思い出し、一人心の中で焦る。って言っても、あいつが俺をからかう為に言った言葉なんだから、本気にはしないけどさ。……冗談なんだよな? さっきのこと。そう思いつつも、二人の姿を見ると顔が赤くなる。
「……いいな」
「え」
「ちょっとだけ、羨ましいかも」
 上目遣いで恥ずかしそうに俺を見つめる栞に、赤くなった顔のままで今度は心臓が大きく鳴り出した。もしやこれが……さっきあいつが言ってた、ねだるって感じ? 俺にはよくわかんないけど、でも栞がそう思うなら甘えさせてあげたい。

「じゃ、じゃあ」
「うん」
「今度は栞が横になって。ここ……いいよ」
 さっきとは反対に俺が自分の膝を指差すと、栞が頭を振った。
「それは、ちょっと恥ずかしいよ。女の子で寝転がってる子いないし……」
「じゃあ、一緒に寝よ」
「?」
 栞の肩を抱いて、そのままその場にそっと押し倒した。驚いたその瞳を見つめて、安心させるように優しく囁く。
「二人なら、恥ずかしくない?」
 ごろんと横になり、腕の上に栞の頭を乗せた。
「りょ、涼」
「ん?」
「あの、膝の上よりもずっと恥ずかしいんだけど……」
 言いながら栞は俺の胸に顔を埋めた。彼女の髪が鼻先をくすぐる。次々と花火が上がり、大きな音と光が二人を包んだ。
「皆花火見てるし、暗いから大丈夫だよ」
「……うん」
 その後は二人でずっと空を見上げて、波の音を遠くに聴きながら綺麗な花火を楽しんだ。

 大会終了間際、隣の二人が立ち上がった。ここから家が遠いらしく、混雑した電車も避けたいらしい。彼女は栞にぺこりと頭を下げ、三島は俺の顔を見てまた意味ありげに笑った。な、なんだよ、その笑顔は。俺も負けじと笑って返す。


 ま、来年もお互い彼女連れて、ここで会えるといいよな。
 彼女の手を取りその場を去る男の背中に向けて、心の中で呟いた。


















 最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
 これでアンケートお礼コラボSS「花火大会」は完結です。
 またいつか、「片恋」「泥濘」の番外編が書けたらと思っております。
 拍手を押して下さったり、感想などいただけましたら大変嬉しいです。



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