昼休み、久しぶりに一人で図書室へ行く。
気になっていた文庫本を探した後、目に付いた本を何冊か手に取って、ふと足を止める。料理やパンのレシピ本が並んでいる箇所があり、そのまま視線を滑らせて行くとお菓子の本が並んでいた。
『〜かわいい手作りお菓子〜』
あ、これ可愛い。一冊手に取って中をパラパラめくると、綺麗な色の美味しそうなお菓子が目に飛び込んで来た。手作りのお菓子をあげるのもいいよね。でも出来るかな。ていうか、吉田くんて何でもできるから、料理とかも上手だったりして。もしかして、お菓子とかも……。う、お母さんに聞いてちょっと練習してみよう。
窓際の席が空いていたから、そこに座る。
この前メールとおやすみの電話を吉田くんにもらってから、三日に一度くらい彼からメールが来るようになった。もちろん、前と同じ様に内容は他愛無いことなんだけど、でも嬉しくて舞い上がってしまう。他の女の子にもこうしてメールしてるのかな、なんて思うとちょっとだけ寂しくなるけど、今は素直に喜ぶんだ。
秋の陽が窓から入って、ポカポカして気持ちがいい。
前から読もうと思っていた文学小説のページをめくり、読み進めていくけれどお腹も一杯だし眠くなってきた。
ぼんやりと吉田くんの事を思い出す。今、何してるんだろう。教室で友達と一緒にいるのかな。
その時、近付く足音と同時に、頭の上から声が降ってきた。
「何、読んでるの?」
この声……! 顔を上げると、今考えていた人が目の前にいた。吉田くんは私を見て微笑む。私も思わず笑みが零れた。すごく、嬉しい顔しちゃったかも。
隣の席が空いていたから、椅子を引いてみると彼はそこに座ってくれた。
隣に吉田くんが座ってる。ちょっと緊張するけど、でも嬉しい。彼の問いに答えるように、文庫本の表紙を見せた。
見せたと同時に、吉田くんが口を開いて何か言おうとしたから、彼の左腕を思わず掴む。ダメダメ、勉強してる人もいるし、声出しちゃ。
そういう意味で、人差し指を自分の口に当てて、しーってやったんだけど、吉田くんはびっくりした顔で私を見て、少しだけ口を開けて固まっていた。顔も、真っ赤になってる。
な、何でそこでそんなに赤くなるの?! ……触っちゃったから? 私まで急に自分のしたことが恥ずかしくなってきて、慌てて彼の腕から自分の手を離して、目の前にあるメモ帳に手を伸ばした。一枚破いて、それに書いてみる。
『皆勉強してるから、これでもいい?』
わかってくれたみたい。こくこくと何度も頷く彼にシャーペンを渡す。
『その本俺も読んだ』
『ほんとに? 最後言わないでね』
『えーと最後はね、その男が』
え、ちょっとちょっとちょっと、駄目だってば! 思わず焦って吉田くんの左腕を少しだけつねってしまった。
『言わないでって言ってるの!』
『痛いって』
吉田くんが笑ってる。もちろん声は出さないで。私も楽しくて笑ってしまう。一本のシャーペンを、二人で順番に何度も使った。これだけのことなのに、どうしてこんなに嬉しくてたまらないんだろう。
『いい話だよ』
吉田くんの言葉が胸に響いて、彼を振り向き笑いかけた。吉田くんは照れたように私から顔を逸らして、私が借りてきた何冊かの本に目を移し、その中から一冊を選んで指差した。
『〜かわいい手作りお菓子〜』
あ……! 急激に顔が赤くなっていく。マズイよこれは。ばれちゃう。栞、何でもない顔しなくちゃ駄目だよ。でもそう思う心とは反対に心臓もドキドキして、顔の火照りがなかなか冷めてはくれない。
彼はシャーペンを持って、また紙に書いた。
『誰かにあげるの?』
ええ?! 彼の言葉に心臓がどきーんとして、さらに鼓動が早くなる。誰かにあげるだなんて、何でわかるの? ……あげようって思ってるよ。吉田くんに、なんだけど。
『うん』
それしか返事が出来ない。私の頭の中は混乱してしまって、次の言葉が全然思い浮かばなかった。
すると、また彼が書いた。
『まだ』
そこで手を止める。――まだ? 思わず吉田くんを振り向き、顔を見つめる。手元を見つめる彼の表情はすごく……寂しそうだった。吉田くんは一瞬だけ私を見た後、すぐに視線を逸らしてメモ紙を手にして言った。
「これ……ちょうだい」
吉田くんはシャーペンを私に返して、先に教室に行くからと言って席を立ち、その場を離れて行ってしまった。
歩いていく吉田くんの背中を見つめる。
どうしたんだろう、急に。さっきの表情も、どうしてなのかわからない。私何か変な事言っちゃったのかな。楽しかった気持ちが急に沈んでいく。だってすごく哀しそうだった。思い出すだけで苦しくなるくらい。それに、『まだ』って何だろう。もう少しだけ、会話して聞きたかった。それから一緒に教室、戻りたかったな。
一人で図書室に来たくせに、吉田くんが居なくなった途端、取り残されてしまったみたいに急に寂しくなる。
さっきまで二人で使っていたシャーペンを手に取って、両手で握り締めた。
秋の陽が入る窓の外に目を移すと、銀杏の樹が金色に輝き始めていた。
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