ケータイのアラームが鳴ってる。
枕元を探り、音を止め、時間を見ると六時だった。何だよ、まだあと三十分寝れ……ない! 今日、文化祭じゃん。ちょっと早く行くんだっけか。
急いでリビングに向かう。
「はよ」
「あ、おはよう。今日文化祭だっけ? お弁当いらないんだよね?」
「うん」
母に返事をし、トースターにパンを突っ込む。ソファに座ろうかと思い、そこでぎょっとした。
「うわ! な、何だよ。何でこいつ、こんなとこで寝てんだよ」
「ああ、お兄ちゃん昨夜飲んでたみたい。帰ってきてそのまんま寝ちゃったんじゃない?」
横目で睨むと、兄貴はうーんと寝返りを打った。俺の兄は大学三年。顔はまあまあ似てるって言われるけど、俺とは違う独特の雰囲気を持っていて、実は俺よりもモテる。けど兄貴は女の子に対してすごくいいかげんで、かなり遊んでるみたいだった。最近はどうしてんだかよく知らないけど。
「……涼?」
聞こえたか? 最近俺の念、効くのかな。
「そうだよ。自分の部屋行けよ、邪魔」
「……」
むくっと起き上がって、少し俯いて髪に手を当てる兄貴は、やっぱしかっこいいんだろうな。何というか、弟の俺が見ても、まあいい男なんじゃないかと思うくらいだから、これじゃ女はほっておかないんだろうけど。
「……お前、早くない?」
「今日は文化祭なんだよ。だから早いの」
「ふーん」
ソファの背もたれに片腕を置き、その上に顔を乗せて、パンをかじる俺をじっと見つめている。何だよ。
「女の子いっぱい来んの?」
こ、こいつは……!
「来るも何も共学だから元々一杯いるんだよ。……恥ずかしいから絶対来んなよ」
「あれ、お前共学だっけ?」
「頭大丈夫か? 俺もう高校入って2年なんだけど」
「そうだっけ……駄目だ、やっぱ寝る」
頭を押さえながら、立ち上がる兄は振り返って言った。
「涼、お前彼女は?」
「……何だよ急に」
「お前がいないわけないよな。今度会わせろよ」
にやっと笑って、兄はリビングからフラフラと出て行った。
ぜ、絶対嫌だ! 栞をお前に会わせるのだけは嫌だからな。危険すぎる。性格が違うとはいえ兄弟だ。もしかしたら好みが似てるかもしれないし、目付けられたら、何されるかわかんないからな。
「……やべ」
時間がない。慌てて仕度をし、鞄を持ち玄関へ走る。
「行って来んね」
「涼」
母がパタパタと玄関先まで来た。
「何だよ、急いでんの」
「お母さんにも会わせてね」
「……誰を?」
「恋わずらいの、彼女」
母は兄と同じ様に、にやりと笑った。
「!」
う、うちの家族は何なんだよ。無言でドアを開け、外に出た。
でも、彼女、かあ。いいな、この響き。
俺の彼女は栞……だ。栞ちゃんじゃないぞ、栞、だ。
奇跡だよな。ずっと片思いしていた相手から、自分の誕生日に告白されるなんてさ。俺にとって本当に最高のプレゼントだった。
あの日、帰ってからも彼女とずっとメールをした。メールじゃ足りなくて、電話もした。声が聞きたくて、彼女の思いを確かめたくて、たくさん話をした。その後も眠れなかったんだ、嬉しくて。
もう、俯いて苦しくなったりしなくていいんだ。隣の席でも辛くなったりしないで、彼女の横顔を見つめていてもいいんだ。
今まで何でもなかった周りの景色が、急激に鮮やかな色を付けて俺の目に飛び込んで来る。何もかもが、今までとは違った輝きを放っているように感じていた。
少しだけ肌寒く、朝日が眩しい駅までの道を歩いていると、ケータイが鳴り、栞からのメールが入った。
おはよう。今日の文化祭、
クラスの係りが終わったら
一緒に回ろうね。
立ち止まって、速攻返信する。
おはよう。楽しみだね。
どこ回りたいか考えておいて。
栞の好きなとこ行こう。
早く逢いたい。声が聞きたい。傍にいたい。
メールを送信した後気がつけば、金色に輝く銀杏が並ぶ坂道を、彼女を思いながら駅に向かって駆け出していた。
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