「じゃあまた明日ね」
栞が改札で俺に笑顔を向けた。
「うん、じゃあまた」
「あとでメールするね」
「待ってる」
栞と仲直りをして、スケートに行ってから一ヶ月。
三年の卒業式も終わり、俺たち二年もあと少しで授業が終わる。そしたら春休みだ。
どうか、また栞と同じクラスになれますように。神様、ほんとお願いします。そんで、できれば桜井がうんと離れたクラスになりますように。つーかあいつだけ違う校舎になりますように。いや、いっそのこと親の転勤で転校とか……。やめよう、俺にバチが当たって栞と離れるはめになったら困る。
この一年はほんと早かったよな。いろいろあったけど、栞と出逢ったことが一番の事件かな。一人電車の座席の端に座り、感慨にふけようとしていた時だった。
次の駅で俺の右側の空いている席に、俺と少し間を空けて他校の男女の生徒が座った。一瞬、男の方だけチラ見する。ちょっと遊んでそうな、割とカッコ良さげな雰囲気の奴だ。でも、どっかで見たことあるような……。
「痛いよ、あっちゃん」
「ああ、悪い。強く握りすぎた?」
何だよお前ら、手繋いでんのか? 公共の場でいちゃいちゃしやがって、間に座ってやろうか、コラ!
「……」
今、あっちゃんって言ったよな? 座り直す振りをして、少しかがんで男の顔をしっかりと見た。
「……厚志?」
こっちに気付いた男は一瞬、変な顔をした後、俺の名前を呼んだ。
「涼? 涼じゃん! うわ、全然気付かなかった。すげー久しぶり」
そりゃお前らお互いの顔しか見てないんだから、俺の存在自体気付いてないよな。
「中学ん時以来か? 初めて電車で会ったよな」
「何してんだよ、お前」
「何って、帰ってんだろ。……彼女?」
俺の隣に座っている女の子は髪の毛が長くて色が白くて、人形みたいに可愛い。
「え……」
女の子は急に顔を赤くして俺の顔を見た。あれ、なんかマズイこと言っちゃった?
「ごめん違った?」
「違わない、俺の彼女。可愛いだろ?」
厚志も前かがみになって、嬉しそうに俺に顔を向けた。まあ栞にはかなわないけどな。
「涼は? 女の子一緒じゃないのかよ。珍しいじゃん、一人でいるとか」
厚志は中学の時同じ塾に通っていた奴だ。別の中学だったけど、卒業して春休みくらいまでたまに遊んだ仲だ。
「俺、彼女いるから」
「あれ? お前そういうの関係ないんじゃなかったっけ。莉果、あんまりこいつに近寄るなよ。適当に付き合って飽きられて捨てられて、さよーならーだから。聞いた話だけど」
「んなことしてねーよ!」
どういう情報掴まされてんだ、お前は!
「すごく、モテそうですもんね」
「え、いやあの……とにかく、俺はもう真面目にやってんだよ」
どっかで聞いた台詞だな。
「ふうん。涼がねえ……」
感心したように厚志は頷きながらも、彼女の手をずっと握っている。駅に到着するアナウンスが流れた。
「じゃあな、涼。今度遊ぼうぜ。メールする」
「ああ。じゃあな」
「さよなら」
ちょこっと頭を下げて、厚志の彼女が俺を見た。うん。いい子じゃん、可愛いし。でもやっぱり栞には負けるけど。
「莉果、今日時間ある?」
「うん」
「俺今日は平気だからさ、寄る?」
「いいの? 久しぶりだね、二人になれるの」
どこに寄る気だ、お前らは!
手を繋いだまま二人は俺を振り向きもせず、嬉しそうにお互いの顔だけ見つめてホームへ降りていった。
いいよな、同じ駅で降りられてさ。あー栞に逢いたい。さっき駅で別れたばっかりだけど。せめて同じ方向だったら、栞と途中まででも帰れるのに。やっと恋人らしくなったというのに、この一ヶ月試験もあったし、バイトに塾にって結構忙しくて、学校帰りは駅の周りのどこかに寄って話をしてすぐ別れるってパターンだった。そのまま一緒に電車に乗ってどっかに行くとかもしてない。
土日のデートじゃ家まで送るけどさ。何かそうじゃなくて……とにかく厚志が羨ましいんだよ、俺。
改札を出て歩きながらケータイを取り出し、急いで栞に電話をする。
『……涼? どうしたの?』
彼女の少し戸惑った声が聞こえた。
「ごめん。もうバイト先着いた?」
『もうすぐ着くよ。涼は?』
「駅出て歩いてるとこ」
『そう』
栞の声を聞いたら、急に我侭が言いたくなった。声、聞くだけでもいいって思ってたのに。
「……あのさ、明日の帰り栞の駅まで一緒に行っていい?」
『え?』
「栞と一緒に……電車で帰りたいんだ」
言ってしまった。引かれたらどうしよう。
『……』
「……ダメ?」
栞の無言に、相変わらず自信の無さそうな声しか出せない。
『いいの? 涼大変じゃない?』
「全然。俺がそう、したいんだけど」
『ねえ、じゃあどこか行かない? 涼の時間があればなんだけど』
「ある。行こう」
よしよし、嫌がられなかったぞ! つーか嫌がられたらそれこそマズイだろ、俺彼氏なんだからさ。
嬉しくて次の言葉を口にしようとした時だった。
『……その後、送ってくれる?』
栞の囁くような声が耳から一瞬で身体中に届いて、動けなくなった。思わず立ち止まって息を呑む。
「もちろん、送るよ」
それだけ言うのが精一杯だった。何だよこれ、まだ胸がドキドキしてる。
ケータイを閉じてズボンのポケットへ入れ、銀杏並木を家へ向かって歩き出した。
よし、明日は俺も厚志に負けないくらい、栞と仲良く帰るぞ。嫌がられない程度に。
でもさっきみたいに栞に囁かれたら、抑えられるかちょっと……自信ないけど。