片恋 番外編 杉村視点

ストラップ




「相沢くん、おはよう!」
 朝の土手沿いを歩く彼に、駆け寄って挨拶した。

「……杉村さん、おはよう」
「いい天気だね!」
「うん」
 あれ、今日は何だか楽しそう。うん、気持ちいい天気だし、気分もいいよね。相沢くんは、クールというか落ち着いててあんまり感情を出さないかと思ってたけど、機嫌がいいとか、何考えてるのかとか、だいぶ私もわかるようになってきた。

 と言っても、いつも私があれこれ話しかけてるだけなんだけど。でも、相沢くんは黙って話を聞いてくれる。それに最近はよく笑ってくれるから、嬉しくてどんどん話しかけちゃう。彼とは別クラスだから、こういう時しか話せないもんね。

 でも今朝はちょっと緊張してる。昨日の帰りの事、気になって昨夜はあんまり眠れなかった。ちょとだけ……聞いてみようかな。
「昨日」
「……なに?」
「鈴鹿さんと帰ってたでしょ? 学校から」
「ああ、うん。偶然会ったから」
「……仲いいんだね。鈴鹿さんと」
「え?」
「楽しそうだったよ」
 ちょっと聞くだけって思ってたのに、何言ってるんだろう私。無理やり笑顔作って馬鹿みたい。私は二人とは別クラスだし、二人みたいに仲良くなれないのはわかってる。

 鈴鹿さんは頭もよくて可愛くて、相沢くんみたいに落ち着いてて、雰囲気も彼と似てる。だから二人は付き合ってる、とかお似合いだとか、よく噂になっていた。
 私はそんな二人が羨ましくて……ううん、そうじゃない。本当は、同じクラスで、同じ委員会でいつも相沢くんの傍にいられる鈴鹿さんが、羨ましかった。私みたいにドジばっかりしてる子は、どうやっても鈴鹿さんみたいなポジションにはなれないんだろうな、きっと。
「……そう、見えるんだ」
 相沢くんは、私を振り返った。
「う、うん。見えるよ。いいなって思うよ。私も……相沢くんと仲良くなりたいし」
 ちょっと恥ずかしい事、言っちゃったかな。相沢くんの顔が見れない。

「今日待ってて」
「え?」
「帰り、昇降口で」
 え……帰り? どういうこと? 顔を上げて相沢くんの顔を見た。
「一緒に帰ろう」
「!」
「……駄目?」
「だ、駄目じゃないよ、全然!」
 思わず大きい声で言ってしまった。相沢くんが私を見て笑った。
「声でか」
「ご、ごめん」
 嬉しすぎて、つい。私すぐ大きな声出しちゃうんだよね。気をつけないと。

「そうだ」
「?」
「これあげる」
 相沢くんがポケットから差し出したのは、ストラップだった。
「あ……」
「無くなったって言ってたから。昨日出かけた時、似たようなの見つけたから」
「……可愛い。いいの?」
「そっちこそ、いいの? 俺が勝手に買ってきたのに」
「いい! これがいい!」
 私の言葉に相沢くんが今度は吹き出して笑った。
「ほんっと、声でか」
「ご、ごめん。あの、ありがとう」
「……いいよ」

 手にしたストラップを見つめる。キラキラ朝の光に輝いて綺麗。どう見ても女の子用だよね、これ。
 どんな思いで選んでくれたんだろう。恥ずかしくなかったのかな? 私の事思い出して、買ってくれたんだよね。その事が嬉しくて嬉しくて堪らない。

 袋からストラップを取り出す。
「付けてもいい?」
「どうぞ」
 そうは言ってみたものの、歩きながらだと付けにくい。
「あの、先行ってていいよ」
「なんで?」
「立ち止まらないと付けられないみたい」
「……貸して」
 相沢くんが手を出した。ケータイとストラップを渡すと、立ち止まってその場で付けてくれた。
「はい」
「ありがとう」
 受け取ったのに、相沢くんは動かない。
「……」
「?」
 私を見つめて黙ってる。少しだけ笑ってるから怒ってるわけじゃないよね? どうしたのかな。余り見たことの無い優しい表情に、何だか恥ずかしくなってしまう。

「相沢くん、あの……お礼させて?」
「いいよ」
「でも」
「じゃあ」
 そう言って、相沢くんは私の耳元まで顔を近付けた。
「俺のも買っておいて」
「!」
 すぐ傍の相沢くんの声に、固まって動けない。彼はすぐに離れて前を歩き出し、振り返った。
「行かないの?」
「……行く!」
 相沢くんの後を追って駆け出す。

 今日の帰り、聞いてみよう。どんなのがいいの? って。ちゃんと答えてくれるかな。それとも……一緒に買いに行こうって言ったら断られる?

 ケータイを握り締めながら相沢くんの隣に並んで歩いて、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。



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