片恋
番外編 憧れの先輩
今日は昨夜から雨が降り続いて、肌寒かった。長袖にすれば良かったかな?ちょっとだけ後悔。
友達と話をしながら移動教室に向かった時だった。女子が何人か、入り口で中を見てる。どうしたんだろう?
突然入り口から出てきて、足早にそこを通り過ぎようとした人と、ぶつかってしまった。
「あっ!」
「わっ、ごめん」
目の前に自分が持っていた教科書と、ぶつかってしまった人の教科書が散らばる。
「すみません!」
慌てて拾おうとしゃがむと、目の前に下りてきたのは……。
「ごめんね?」
「……い、いえっ!」
りょ、りょ、涼先輩だ! どうしようどうしよう、こんな目の前に涼先輩が!
ばばばばと大慌てで自分の持ち物を拾う。涼先輩も自分の教科書を拾い、その場を去った。
「ちょっと、ずるい! 涼先輩とあんな近くで」
「ね、ね、どうだった?!」
友人達は皆興奮気味だ。もちろん私だって。まだ顔がほてってるもん。
「声が、優しくて」
「背が高くて」
「謝った顔が……かっこよすぎ」
一言解説するたびに悲鳴があがる。
さっき私がぶつかったのは、二年生の先輩。吉田涼先輩。みんな涼先輩って呼ぶから、私ももれなく勝手にそう呼ばせてもらっている。
涼先輩は私達一年生の女子の憧れの先輩だ。もう、とにかくかっこよくて入学してからの二ヶ月間、ずっと毎日私達の噂の的。
二年生の先輩達の話しによると、しょっちゅう彼女も変わるらしく、彼女がいても他の女の子から告られているという。
で、最初噂を聞いただけの時は、何なのそのチャラい男は! って思ってたんだけど実際先輩を見てみると、チャラチャラした感じは全然なかった。いつもいろんな女の子と一緒にいるのに……不思議といやらしい感じはしなくて、それも自然に見えてしまった。
さっき入り口に女子がいたのは、中にいた涼先輩を見ていたから。それも女の先輩と二人でいたみたいだったから、皆張り付いて見てたんだよね。
今先輩はフリーだから、余計気になるんだろうな。早速告白した子もたくさんいたみたいだし。私は皆と先輩を遠くから見つめてきゃーきゃー騒いでいるだけで十分。
授業が始まり、自分の教科書を開こうとした時だった。あれ?こんなノート持ってたっけ?
「えっ!」
思わず声が出てしまった。だってそこに書いてあった名前は。
『吉田 涼』
りょ、涼先輩のノートだ! どうしよう、ここに先輩のノートが! さっき間違えて持ってきちゃったんだ。もう授業が終わってたから、これ今は必要ないよね? 困ってはいないと思うけど……。
うわ、触っちゃった。広げてみる。あ、思ったより綺麗な字。几帳面では無さそうだけどわかりやすくまとまってる。落書きもある。し、幸せ……! これコピーしたらみんな飛びつくだろうなあ。勿論そんな事はしないけど。
授業が終わった途端、仲良しの友達を捕まえて言った。
「お願いついて来て!」
「どしたの?」
「これ、届けるから二年生の教室ついて来て」
ノートを見せた途端、友人の顔色が変わる。
「これ……りょ、涼先輩のじゃん!!」
「あ、あたしも行く!」
「あたしも!」
結局仲良し五人組で先輩の所へ行くことになった。
いつもと違う廊下、違う匂い、二年生の階に行くなんて滅多にないから緊張する。それも涼先輩の所だなんて……心臓が破裂しそう。
涼先輩のクラスへ行き、呼び出してもらう。呼ばれた先輩は、入り口にいる私達の方を振り返り、椅子から立ち上がった。き、来たっ!
「? どうしたの?」
ドアに片腕を寄り掛からせて、少しだけ首を傾げてこちらを見下ろす先輩はステキすぎる。
「あ、あのっ、さっきぶつかっちゃって、これ、持っていっちゃったんです。すみません」
ノートを先輩に差し出す。
「え、ああそっか。気がつかなかった。わざわざありがとね」
そう言って先輩はノートを受け取り微笑んだ。ほ、ほ、微笑んだ。もうキュンってしてそのまま倒れてしまいそう。
「涼!」
「ああ、待って今行く」
友達に呼ばれ振り向いた後、もう一度先輩はこちらを向いた。
「じゃあね」
そう言って私の頭にぽん、と一瞬だけ先輩の大きな手が触れた。ふ、触れ、触れた……。そしてそのまま先輩は教室に入っていった。
頭が沸騰したやかんみたいに、ぷしゅーっとしてしまって、その場から動けない。友人四人も一瞬固まった。
「……ちょ、ちょっと!」
「いーなーっ! ずるい、ずるい!」
「その頭触らせて!」
「だ、ダメダメ!」
私は頭を押さえて、二年生の廊下を小走りに自分の教室がある階へ向かう。
先輩は……こういうこと普通にするんだ。全然意識しないで。涼先輩が、何であんなにモテるのか何となくわかった気がする。
先輩は何とも思っていないのかもしれないけど、その行動が何人の女の子をこうして、先輩の罠に落としているのかわかってるんですか?! ああ、もう思い出しただけで、また頭が沸騰しそう。
私達五人は、来週の調理実習で作るカップケーキを、先輩に渡す計画を放課後話し合った。受け取って……くれるかな? どうやらその計画は私達だけじゃないみたい。皆で行けば、きっと受け取ってくれるよね?
窓の外の雨を見ながら、自分の頭にそっと手を置くと、友達皆もくしゃくしゃと髪に触ってきた。も、もー!
その気持ち、よくわかるから何も言わないけど、ね。
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