片恋番外編 相沢視点

露骨な目線


 最近やけに、一人の男と目が合う。

 一体何なんだろう。その視線は好意的というのとは程遠い。かなり嫌そうな顔で俺を見る。目が合うとすぐに逸らして、また暫くするとこっちを見てる。

 俺、何かしたっけ? 第一この男とは話すらしたことがない気がする。
 これに気付いたのは、確か花火大会の時だった。待ち合わせの駅に着いた時、視線を感じ振り向くと、奴が離れた所からじっとこっちを見ていた。その時は気のせいかと思って学校が始まるまでは忘れていたけど、夏休みが開けて学校に来た途端、また視線を感じる。

 今日の体育はバスケだ。九月とは言え、まだまだ残暑が厳しい中で屋外の体育は正直キツイ。
「一樹、一緒に組もうぜ」
「ああ」
 バスケットボールを投げ合い、練習が終わると試合が始まった。相手チームは……あ、また睨まれてるよ俺。

 俺の事を睨んでいるこの男の名前は、吉田涼。
 多分こいつの事を知らない奴なんて、この学校にはいないだろう。一年の時から噂は聞いていた。とにかくいつも女子に囲まれて、しょっちゅう彼女も違うから、男の間でも有名だった。けど最近は女子といる気配もほとんどないし、どうやら彼女もいないらしい。ま、俺には全然関係ないけど。

 ……関係ないはずなのに、このあからさまな敵認定は何なんだよ。俺がボールを取ると、どんなに遠くにいてもボールを奪いに来る。お前、自分のポジションどうしたんだよ。俺に対するディフェンスも半端ない。
 でも、上手いなやっぱり。相手チームの点数は吉田が結構入れていた。こういう奴っているんだよな。何でもこなして、女にモテて、確か金魚掬いも上手いんじゃなかったっけ。笑えるけど。
 余計な事を考えていたからか、吉田に思いっきりぶつかってしまった。

「いって……!」
「悪い、平気?」
 倒れた吉田の顔を覗きこむと、やっぱりあからさまにいやな顔をされた。ただ痛いからって感じじゃない。
「ああ、大丈夫」
 俺から顔を背けて言った吉田の肘は擦りむけていて、血が結構出始めた。本人は気付いていない。
「腕……」
「ん?」
 吉田の腕を掴む。深い傷は見当たらないけど、広い範囲で擦りむけて表面の皮は削れ、埃っぽい地面の後がくっきりと付いている。苦手な奴なら貧血でも起こしそうなくらいだった。
「血、結構出てる」
 俺の言葉に吉田は自分の肘から流れ出てる血を見て、別に何でもない事のように言った。
「洗ってくるわ」
 ……ふうん。もっと騒いであれこれ言うかと思ってたけど、結構冷静だな。体育教師に声をかけ、後は誰に言うでも無く、さっさと水道に向かう吉田の背中を見て思った。吉田は、何となく掴みどころが無い奴に感じる。

 4月に吉田が教室の前の廊下で数人の女子と話してるのを見かけたことがある。愛想良く笑ってるけど本当はお前違うだろ、って言いたくなったのを良く覚えてる。俺は愛想が無いって人から結構言われるけど、お前みたいに嘘は吐かない。どこか冷めた表情に、楽しくもないのによくそんな風に付き合えるもんだって、感心したくらいだ。

 いつまで経っても吉田は戻って来ない。結局授業は終わってしまった。教室に戻っても吉田はいなかった。結構深い傷だったとか? 一応様子を見に保健室へ向かう。
 入り口で吉田と鉢合わせた。
「さっき、悪かったよ。どう?」
「あ、ああ、もう平気」
 吉田は何故か焦っている。何だ? 目が泳いでるけど。
「そうか」
 消毒液の匂いがする保健室の中へ入り、視線を移すと鈴鹿さんが椅子に座っていた。足に包帯を巻いている。女子も体育だったから怪我したのか。
「鈴鹿さん……足?」
「うん」
「大丈夫?」
「うん。吉田くんに……送ってもらうから」
 吉田が? 自分も腕を怪我してるのに? わざわざ吉田が行かなくてもいいような気もするけど。それにしても鈴鹿さんに声を掛けている間も、吉田からの視線が纏わり付く。傍にいるせいなのか何なのか、いつもよりやけに視線が痛い。何なんだよ、ほんとに。そろそろ文句を言ってやろうかと思った時だった。

「上手くやれよ」
「なっ……!」

 吉田が傍にいた高野に言われて、うろたえた。真っ赤になったその顔を見て、そこでようやく気付く。
 あ、あーあーそう言うことか。やっとわかった。
 この男は鈴鹿さんの事が好きなんだ。で、鈴鹿さんが俺に告白したってことも知ってるわけだ。何故かはわからないけど。なるほどね。そりゃ俺の事、嫌いだよな。
 俺は思わず吉田の顔を見て、にやりと笑った。俺が笑うと吉田は口を引き結んでさらに赤くなってそのまま固まった。なんか、可笑しくてしょうがないんだけど。誰の前でも冷静で余裕があるのかと思ってたけど、やっぱり好きな女の前じゃ、お前でもそうなるのか。

 保健室を出た後、着替えて帰りの仕度をする。廊下から階段を急ぎ足で降りたところに彼女がいた。

「杉村さん」
 俺の呼びかけに彼女が振り向き、嬉しそうに笑った。
「相沢くん! 早かったね」
 相変わらず元気のいい声に、知らず知らずの内に口元が緩む。
「ああ」
「体育だったんでしょ? 着替えるの早いんだね」
「急いだから」
「え?」
「待たせたくなかったし」
 俺の言葉に彼女は、目を大きく見開いた。
「……あたしのこと?」
「他に誰がいるの?」
「……あ、ありがと。でもあたし」
「なに」
「いくらでも待っていられるから、大丈夫だよ。相沢くんのこと」
 彼女とは付き合っているわけでも無いし、俺のことを好きとかそんなのも聞いた事が無い。……けど、俺は目の前の彼女を好きなんだと最近やっと自覚した。今も彼女の素直な言葉に、たまらなく嬉しくなる自分がいる。多分近いうちに、この気持ちを彼女に伝える事になるんだろうけど。

 あいつも自覚したんだろうな。だから最近、周りに女がいないわけだ。
 吉田、鈴鹿さんの気持ちはもう俺にはないよ。さっきの鈴鹿さんの顔見て、わかっただろ? ……わかんないか。お前そういう所は鈍そうだもんな。


 学校の門を出て、彼女の隣を歩く。土手沿いへ向かう二人乗りをした自転車が、目の前を通り過ぎて行ったのが見えた。



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