家に着いたけど誰もいなかった。部屋に入り鞄をベッドに投げる。机に目をやると、折りたたみ傘がきちんと畳まれて置いてあった。使いっぱなしで置いといたから、母が干してくれたんだろう。
「……」
傘を見ただけなのに、苦しくなった。また胸が痛い。さっきとは少し違う感じだけど、やっぱりおかしい。
俺は慌てて制服のままパソコンを開いた。パソコンを起動させるとちょっとは落ち着いたのか心臓は治まった。
溜息を吐き、文字を打ち込む。心臓病、たくさんあるけど何だかどれも違うらしい。うーん、専門用語だしな、もっとおおまかに調べてみよう。
心臓の痛み。これでもちょっとわからない。もっとおおまかに。
胸の痛み。そうだな、こんな所か。
散々調べてちょっと目が痛い。どれもこれも違う気がしてきた。
リビングに行って、テレビをつける。何か口にするか。ポテチが棚にあったのでそれを取ろうとした時だった。
「!」
まただ。また痛い。心臓がぎゅっと掴まれたようだった。ふとテレビに目を向けると、CMをやっていた。以前聞いた事のある歌が流れている。何だったっけ、この歌。
「……?」
気がつけば心臓だけじゃない、鼻の奥も痛くなって何故だか涙が出た。
「え、何だよこれ」
やっぱり病気だ。精神病か? 歌聞いただけで泣いてるなんて、ちょっと本格的に危ないかもしれない。手に取ったポテチも、何だか食べる気が無くなり棚に戻した。
何もやる気がしなくて、部屋に戻りベッドに横になった。さっきの事が頭から離れない。もし本当に精神病とか心臓病だったら、入院しなきゃならないだろうか。そしたら学校は、
「……!」
まただ。学校って思っただけでこれだ。何だよ、ストレスか?
「ただいまー」
母さんだ。
「涼、帰ってるの?」
廊下から声を掛ける母に返事をする。
「んーいるよ」
「お土産買ってきたわよ。食べよう。お茶入れて」
あんまし食べる気無いんだけど。行かないとうるさいだろうしな。起き上がり、リビングに向かう。少しは気が紛れるかもしれない。
「何? 紅茶?」
キッチンに入って紅茶のパックを取り出す。
「うん。お兄ちゃんはまだ?」
「まだ帰ってないよ」
「お父さんも遅いし、夕飯何にしようねえ」
俺は紅茶を入れて、テーブルに置いた。箱に入ったケーキが見える。
「ありがとう。さ、好きなのどうぞ」
「……うん」
もう何だかどれでも良くて、適当に手前のを取った。
「下の人に言われちゃった。息子さん二人ともいい男ねえって」
「……ふうん」
「この前も、別の階の人に言われたんだよ。お母さん、ちょっと嬉しいわあ」
「……あのさ」
「うん?」
「喜んでる所悪いけど、俺病気かもしれないから」
「え? 何、どうしたの?」
母の顔色が変わる。
「……」
「熱? 気持ち悪い?」
「熱はない」
「どっか痛いの?」
「……うん」
母は黙って俺の顔を見つめていた。ああもう、言いにくいっての!
「心臓が……」
「うん」
「何だか痛むんだよ。後、頭も、ちょっと変かもしれない。食欲も無いし」
「そう。どんな時に痛むの?」
「どんなって、さっきは……テレビつけたら歌が流れて、そしたら心臓も痛かったけど急に涙が出てさ、俺やばいかもしれない」
「あとは?」
「その……学校の事思い出したら痛くなった」
「一番最初に気がついたのはいつ?」
「それは、学校にいた時、かな」
そうだ、さっきは部屋で痛くなってネットで調べたけど、始まりは学校だった。
「誰といた時?」
「え……」
「女の子じゃない?」
「あ、うん。いたっていうか」
「姿を見たときじゃないの?」
母に言われて、驚いた。そうだ、図書室で彼女を見たときからだったんだ。
「すげえ……何でわかるんだよ」
「お母さんもなったから」
「マジで?! 大丈夫なのかよ、病院行ったのか?」
「ううん。だって病院とか薬じゃ治らないから」
治らない……目の前の母は元気そうだ。日常生活は送れるってことなのかな。
母は自分を見つめてにっこり笑っている。病気だってのに嬉しそうだ。
「調べたの? ネットとかで」
「え、うん。でも載ってないんだよ。探しきれてないのかもしれないけど」
「病名教えてあげようか」
「……うん」
怖い。どうしよう。情けないけど聞かなきゃよかったかもしれない。
「恋わずらい」
「は?」
はああああ? 何言ってんのこの人?! 俺はパクパクとケーキを口に無理やり全部入れて、走って部屋に戻り、パソコンに向かった。
恋わずらいだとおお?! ……調べてやる。
〜恋わずらいとは〜
恋をして病的になる事。患う事。
胸が痛み、その人の姿を見るだけで、心臓が鷲掴みされた
様に苦しくなる。
食欲も無くなり、寝ても覚めてもその人を思い、辛くなる症状。
治療方法、特効薬は無い。
……当たってるじゃんか。
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