片恋

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29 失くした恋




 学校の文化祭があと三日に迫った。

 あれから、結局栞ちゃんとは何の話もしていない。
 目が合ってもどちらからともなく逸らして、話をするきっかけも掴めなかった。

 俺の落胆ぶりを見て、高野も原も何も聞かずにそっとしておいてくれた。それだけは感謝だよ。

 隣の席だっていうのに、こんなに近くにいるのに、彼女が遠い。辛いな。どうしたら、いいんだろ。

 やっぱ、軽かったよな。そうだよな。名前の事といい、俺の彼女になれば、なんて事といい、栞ちゃんにしてみればきっと一番嫌なパターンだ。もう……嫌われたな。
 でもあの時の彼女の言葉、何だったんだろう。
 もう一度聞いてみたい。嫌がってるようには聞こえなかったけど、でも俺の勘違いだったら、もう立ち直れなさ過ぎる。怖くて電話どころか、メールすらできなかった。

 午前の授業が終わり、栞ちゃんの前の席の女の子の所にやって来た子が、とんでもない事を話し始めた。
「ね、鈴鹿さん告られたらしいね」
 栞ちゃんは、席を立っていてここにはいない。俺の前の席の男は休みだったから、その子はそこに座り、続きを話し始めた。つまり二人は俺の目の前で会話をしている。

 ……告られた? だ、誰なんだよそれ! 俯き、まだノートに書き込んで授業の整理をしている振りをしながら、俺は必死で聞き耳を立てた。
「え、うそ、誰に?」
「2組の井上君」
 い、井上?! マジかよ。俺、あいつと去年同じクラスだった。
「付き合うのかな」
「それがね、好きな人がいるからって断ったらしいよ」
 二人の声が一層小さくなる。
「好きな人って……もしかしてそれ、相沢くんの事じゃない?」
 俺の胸がずきんと痛んだ。
「あー有り得るよね。一年の時、よく噂になってたもんね、あの二人」
「相沢くんも最近、好きな子がいるからって告白断ったらしいよ」
「ほんとに? 珍しいね、その言い方。今まで好きな子いるなんて、聞いた事なかったし。じゃあやっぱりそれって、鈴鹿さんのことなのかな」
「もう既に付き合ってたりして」

 俺は下を向き、机に教科書とノートを入れた。手が、手が震えてるよ。息が苦しい。
 相沢も? ……栞ちゃんを好きになったのか? 嘘だろ、今更。嘘だと言ってくれ。

「ほら、二人でいるよ」
「ほんとだ……どこ行くんだろね」
 慌てて顔を上げ前を見ると、相沢と栞ちゃんが二人で教室を出て行く姿が見えた。
 え、待ってくれよ。ちょっと待ってくれよ。涼、早く二人を追いかけろ! 今すぐ追いかけて……。

 追いかけて、どうするんだよ。
 相沢が栞ちゃんを好きになったとしたら、彼女にとってこんなに嬉しい事はない。そうだ、彼女が相沢を好きなのはわかってた事じゃないか。けど……相沢も彼女を好きになるなんて、思ってなかったんだよ俺。

 それで、俺は?
 俺は二人に向かっておめでとうなんて、言うのか?
 言えるわけない。言いたくない。当たり前だろ? 彼女の事こんなに好きなんだから。絶対に俺の方が相沢より、あいつより彼女の事好きだって自信がある。でもだからって何なんだよ。彼女に想われてなきゃ、そんなの全く意味がないじゃないか。

 もう目の前が真っ暗になったみたいだった。頭がガンガンする。胸も痛いどころか、気分が悪くなってきた。恋わずらいの、あの一番ひどい奴に襲われている気がする。

 そうか。俺、失恋したんだ。だからこんなに辛いんだ。

 もう足取りも覚束おぼつかない。歩いている感覚もなかった。ふらふらと屋上に向かう。

 涼、お前とうとう振られたんだよ。
 彼女に何にも伝えることなく、やっぱり振られたんだ。
 あの時どうしてちゃんと好きだって言わなかったんだよ。あんな風にしか彼女に言えなかったなんて、ほんと馬鹿だよお前は。振られて当然なんだよ。

 頭の中がごちゃごちゃしてよくわからない。もう考えるのも、疲れた。

 結局最後まで……あいつには適わなかったんだ。


 腰を下ろし、空を見上げる。綺麗な空だ。もう秋も深まって、高くて青い空が広がる。本当ならもっと寒い時期だろうに、小春日和ってやつで今日は暖かい。

 不思議と、涙も出なかった。


 ただ、ここで彼女と一緒に過ごした事を、ぼんやりと思い出していた。




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