文化祭の準備が始まり、帰りが遅くなる日が続いていた。
買出し行ったり、いろんなもの作ったり……去年は面倒臭いと思っていたのに、栞ちゃんがいるだけで、何でこんなに楽しいんだろ。
彼女に好きだと伝えようと決めたけれど、完全にタイミングを失っていた。
学校から帰ってもすぐバイトだったり、彼女も友達と一緒にいる事が多かったし。メールでそんな事言うのは絶対嫌だったし。でもメールで呼び出して直接会うのも手か。何て呼び出そう。そんな事を、毎日ぼんやり考えていた。
振られるって分かってて好きだって伝えるのは、結構キツイな。けど、もう決めたんだ。いけよ、涼。
学校の帰り道、土手へ向かう。今の時期、下校するのはてんでバラバラだったから生徒も少なかった。栞ちゃんと二人で自転車で帰ったことを思い出しながら、土手に上がった時だった。
前方にいる人影に、心臓が反応する。栞ちゃんだ! あれ? 何だか様子がおかしい。そう言えば俺よりも早く帰ってなかったっけ? え、な、何だよあれ。男が栞ちゃんにくっついてる。誰だよ。でも彼女は嫌がってるような。
これはもしやベタな展開では……。俺の予感は的中した。一緒にいた栞ちゃんの友達が俺に気がつき、こっちへ走ってきた。
「吉田くん、お願い来て! 栞が先輩に目付けられてるの!」
「え」
「あの先輩たち、向こうからぶつかってきたくせにジュースが零れたって言って、栞に言い掛かりつけてきたの!」
友達の顔に焦りが見える。
「わかった。大丈夫だから、先行ってていいよ。一緒にいたら、何されるかわかんないから。栞ちゃんには俺が言っておく」
「でも……!」
「ほんとに平気だから。やばかったら誰か呼ぶし。早く帰った方がいい。栞ちゃんは俺が送っていく。後でメールさせるから」
「……ほんとに平気?!」
「大丈夫」
「わかった。何かあったら絶対連絡して」
「うん」
何なんだよ、あいつらは。男は二人、三年か。
「どうしたの?」
俺が駆け寄り後ろから声をかけると、一人の男が振り向き俺を睨み付けた。
「吉田くん!」
彼女が俺の名を呼んだ。その言葉に男の表情が変わる。
「吉田……? こいつ二年の吉田か」
なんだ?
「じゃあお前の方がいいんじゃないの?」
もう一人の男に声をかける。
「こいつさ、理佐と付き合って駄目になったんだよ。お前が原因で」
「え」
「吉田くんが忘れられないんです。ごめんなさいってさ」
理佐? ……ってえーと、ああ一年の秋ごろだっけ、ちょっとだけ付き合ってたかもそういえば、ってもう時効だろうが! 逆恨みかよ。
「お前が理佐振ったんだろ? 調子に乗りやがってよ」
理佐に振られたという男が睨みつけてきた。
「……」
俺は何も言えず黙っていた。だって何言ったらいいかわかんないし。
「んじゃ、いこ」
もう一人の男が栞ちゃんの肩に手を置いて、彼女の顔を覗き込む。
「ごめんなさい。わざとじゃなかったんですけど」
「もうそのことはいいからさ。どこ行く?」
「あの、無理です本当に」
彼女の声が、いつもとまるで違った。少し震えたその声を聞いた途端、俺の中で怒りが湧き起こる。
「嫌がってるから、やめて下さいよ」
俺は男の肩を掴んだ。
「あっち行けっつってんだよ、お前は!」
理佐に振られた男の方が、俺の胸倉を掴んできた。
「……平和にいきましょうよ。気に食わないなら謝りますから」
俺が言うと、そいつは少し表情を変えた。
「へえ……んじゃここで土下座しろよ。この子と、理佐の分も」
出た。意味わかんないし。たいていこういう展開だと、こういうこと言い出すんだよな。栞ちゃんの事で俺が謝るなら全然構わない。けど何でお前が個人的に振られた事で、俺が土下座なんかしなきゃならないんだよ。別れた理由なんか知るかよ。お前が繋ぎとめておけなかったのが悪いんだろうが! と全力で言ってやりたかったけど、やめた。
「……いいですよ。土下座で済むならします」
地べたに座り頭を下げる。
映画とかテレビのヒーロー的な奴だったら、こいつら一発ぶちのめして終わりなんだろうけど、女の子の前で殴り合ったり、血流したり、俺そういうの嫌いなんだよ。
実際そうなったら怖がらせるだろ? きっと彼女も、この場から早く離れたい筈だ。かっこ悪いけど、これで丸く治まるなら全然いい。
と思ったらいきなり顔を蹴飛ばされた。
「いっ……て……!」
何だよ。さすがに温厚な俺もちょっと頭に来たぞ。
「まだ顔上げるなよ。いいって言ってないぜ?」
何故かそいつはまた勢いをつけて蹴ろうとしやがったから、その足首を右手で掴んでやった。
「……?!」
「だから、平和にいこうつってんのが、わかんねーのかよ……!」
俺が下から睨み付けて、掴んだ手に力をこめると、男の顔が途端に焦り始める。
そのまま掴んだ足に力を加えながら、少しずつ上に持ち上げてやった。
「いってえ!! は、離せよ!」
「お前ふざけんなよ」
もう一人の男も近寄ってきたから、そいつを睨みつけながら立ち上がって、右手で掴んでいた足を思いっきり上に上げてから乱暴に離してやった。途端、俺を蹴飛ばした目の前の男がひっくり返る。近寄ってきた男も、立ち止まった。
やるならやってやるけど。絶対俺が勝つからやめとけって。お前らが手出さない限りは俺も出さないから。……と念を送る。受け取ったか? わかってんだろ? ほんとは。
ひっくり返ったそいつを見下ろしてやると、何となくやばいと感じたのか、男達は二人ともその場から去っていった。
やれやれ、ったく弱い奴ほどよく吠えるんだよな。ま、俺に蹴り入れたし、理佐のこともこれで少しは気が晴れただろ。殴り合いにならなくて良かったか。あーあ。
制服に付いた土を払って、切れた口の端の血を拭って顔を上げると、突然栞ちゃんが俺の名を叫んだ。
「よ、吉田くん!!」
俺を見つめる目の前の彼女の瞳からは、涙が零れ落ちていた。
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