カルボナーラとフレンチトースト続編
(4)お気に入りのワンピース
「これ、外のポストに出してきてくれる?」
彰一さんに渡された、他社への手紙。
社の簡素な封筒に付箋がついている。そこには彰一さんが書いたメールのマークがあった。
……ふふふ。これは彰一さんから私への暗号なの。暗号ってほどたいしたものじゃないんだけど。
付箋を外し小さく丸めて握り締め、手紙を持って部署を出た。
社外へ出ると秋風が気持ちいい。今日はずいぶんと涼しくて少し寒いくらい。カーディガン羽織ってきて良かった。空は真っ青で雲ひとつ無い、いい天気。
ポストまでの道のりをヒールの音をさせて歩きながら、ケータイをポケットから取り出して、彰一さんからのメールを開く。
『時間空きそうだから、今日昼一緒しよう。
何が食べたい? 優菜ちゃん決めておいて』
え? 今日? 嘘、ほんとに!? やった!
嬉しくてその場で飛び上がりたいのを必死で堪える。だって本当に久しぶり……! でも我慢我慢。もうすぐ25なんだし、誰かに見られたら恥ずかしすぎる。
「何にしようかな」
赤いポストへ手紙を入れながら呟く。
本当は何でもいいの。ほんの少しでも彰一さんと一緒にいられれば。お気に入りのワンピース着て来て良かった! 人もたくさんいるのに、ひとりでに顔がにやけちゃうよ。
社内へ戻ると私の部署はガランとしていた。残っているのは事務をしている女子社員だけ。
「……どうしたの?」
「ああ、なんか緊急会議だって。急に社長が直々に口出してきたのよ。それだけ今回は大事なんだろうけど」
秋子の答えに壁にある時計を見ると、10時を回ったところ。これじゃランチ……微妙かも。
12時を過ぎても、やっぱり彰一さんは戻らなかった。
「優菜、今日社食?」
キーボードを叩く私の横から、秋子が顔を覗きこんで来る。
「……うん。これ終わらせてから行くね」
「大丈夫?」
「大丈夫。ごめん。皆と先に食べてていいよ」
ここにいてチラッとでも彰一さんの顔が見たかったけど、よく考えてみたらそんなの余計気を使わせちゃうよね。諦めて、私も社食行こう。
秋子達とお昼ごはんを食べ終えると、デスクに戻っていた田中さんに声をかけられた。会議終わったのかな? でも……見回してみても彰一さんはいない。
「工藤さん悪いんだけどさ、資料庫行ってこれ探して来てくれる?」
田中さんのパソコンの画面を一緒に見ながら確認する。
「わかりました。あの、会議お疲れ様でした」
私の言葉に顔を上げた田中さんが苦笑した。
「もうほんっと、疲れたよ。いきなり社長は出てくるしさ。企画の方ももう少しだけ山越えないとなんない感じになっちゃったし」
スムーズにいってた訳じゃないんだ。もしかして、まだこれ以上忙しくなるの?
「じゃ、資料よろしくね」
「はい」
そのまま彰一さんの席の傍を通って、主任のデスクへ移動する。
「主任。資料庫の鍵をお借りしたいんですけど」
「今さっき皆川が持って行ったな。今行けば開いてるんじゃない?」
「あ、じゃあ行ってみます」
彰一さんが、いる。
そう思っただけで嬉しくて仕方がないけど、ダメだよ。他に誰かいるかもしれないし、彰一さんのことだからお昼のことを気にしてるかもしれない。なるべく気を使わせないように、何でもない顔してないと。
廊下へ出て、突き当りを曲がった場所にある資料庫へ向かう。
開いている鉄製のドアをノックして中へ入ると、資料のファイルがぎっしり詰め込まれた、たくさん並んでいる棚の少し奥にいた彰一さんが振り向いた。
「……工藤さん?」
「はい。田中さんに資料を頼まれたんですけど、主任に聞いたら皆川さんが鍵を開けてるからって」
「そっか」
「お邪魔します」
田中さんに頼まれた資料は彰一さんの傍にあるから隣に立って探すけど……なんだか少しだけ緊張する。ダメダメ、何でもない顔、何でもない顔。
「昼飯食べた?」
「はい。皆川さんはまだですよね?」
「ごめん。誘っておいて」
申し訳なさそうな彼の声に胸が詰まった。
「そんな、皆川さんのせいじゃないですから。あ、あのこれ。良かったらどうぞ」
お菓子みたいなバランス栄養食を、ポケットから出した。
「少しはお腹に溜まるかなって」
迷惑じゃなかったかな? 確かこういうの嫌いじゃなかったと思うんだけど……。
「……ありがと」
しばらく黙っていた彰一さんが、差し出した私の手を掴んで彼の腕の中へ引き寄せた。
「!」
「大丈夫。誰もいない」
声を落とした彰一さんが耳元で囁く。彼の両腕が私の首の後ろから回されて、顔もすぐ傍にある。
ど、どうしよう。誰もいないって言ったって、鍵は開いてるし、誰かが入って来たら……。心臓がすごい音を立ててる。
だって、こんなこと初めてだよ。いつも会社じゃ冷静な彰一さんが。二人きりになったって他の社員と同じ様に扱って、何でもないって顔してたのに。背中に彰一さんを感じて、顔がどんどん熱くなっていく。
「優菜ちゃん、あのさ」
「……はい」
「俺……」
スーツの袖で視界がいっぱいで、私の大好きな彼の手が見えない。
「……」
「……」
どうしたんだろう、彰一さん。何で黙ってるの?
「……あの」
私が声をかけた途端、彼の腕は私から離れた。
「どうかしてるな、俺。こんなとこで」
視線を逸らした彰一さんは、ドアへ向かった。
「外で待ってるから。終わったら俺が鍵かけるよ」
まだドキドキしてる。
いつもと違う彼の行動に戸惑いながら心臓に手を当てて俯くと、お気に入りのワンピースが私の瞳に映って、揺れた。
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