カルボナーラとフレンチトースト     X'mas SS

一番欲しいもの




「ただいま」
「お帰りなさい」

 マンションの玄関で、仕事から帰った彰一さんを迎える。
「早かったのね」
「うん。家庭持ちは皆早く帰してくれたよ。はい、お土産」
「ありがとう!」
 彼が差し出したシャンパンを受け取り、急いでリビングへ向かった。
 今夜は結婚してから初めて迎えるクリスマス。今年は家でゆっくり過ごそうねって、前から二人で決めてたんだ。

 部屋で着替える彰一さんを待ちながら、テーブルの上に並べた料理を一通りチェックする。
 チキンに、サラダ、オードブル、チーズフォンデュに、トマトのパスタ。小さな花とキャンドルも飾って、置いてあるグラスがキラキラ光ってる。 ちょっと我ながらすごくない? これでこの前のお好み焼き失敗も返上されたよね、きっと。
「すごいね、ごちそうだ」
 リビングに入って来た彰一さんはテーブルを眺めた後、私の頭をぽんぽんと触った。褒めてもらった小さな子どもみたいに、肩を竦めて照れてしまう。

 シャンパンを開けて乾杯する。美味しいってたくさん食べてくれる彰一さんの笑顔が嬉しい。朝からすっごく頑張ったもんね。実はかなり大変だったんだけど、それは内緒。

 小さめのシャンパンはすぐに無くなって、他の飲み物を取りに彰一さんがキッチンへ入った。あれ……何か忘れてる気がするけど、何だっけ?
 立ち上がってリビングからカウンター越しにキッチンを覗く。ほろ酔い気分で彼をぼんやり見つめて溜息を吐いた。

 彰一さん、カッコイイなあ。何回見てもそのパーカ似合ってて素敵。さっき着てたスーツ姿もだけど。最近変えた髪型も好き。どうしてこんなに全部私好みなんだろ。
 お料理も上手で、お仕事もできて頼りがいあって……本当に私のダンナ様なんだよね?

「優菜ちゃん、これなに?」
「え?」
「この白いの」
「あ、ダメ!」
 そこで一気に酔いが冷めた。ダメダメ、それ絶対にダメ! つまずきそうになりながらキッチンへ駆け込むと、もう既に彼は冷蔵庫から白い粉が入ったバットを取り出していた。
「揚げ物?」
 うん、普通はそう思うよね。でも全然違うの。あー言いたくない! きっとまた呆れられちゃうよ。
「あの、ケーキの周りにくっつけようと思って作ったの。マシュマロ……なんだけど」
 バットいっぱいに敷き詰めたコーンスターチの中に、直径10cmくらいの大きな真っ白いお餅みたいのが広がってる。ケーキは上手く出来たんだけどな。どう見てもこれマシュマロじゃないよ。
「ちょっと分量間違えたみたいで、上手に固まらなかったの」
「へえ……」
 彼は興味深そうに、シンクの横に置かれたバットの中にあるマシュマロをじっと見つめていた。
 もしかして……食べたいのかな? 彰一さん甘いもの好きだし。お好み焼きの時みたいに、美味しいって言ってくれるかも。
「あの、味見してみる?」
「え」
 大きなマシュマロをスプーンの先で小さく切って、彼の口へ運んだ。さっき自分で味見した時、美味しかったからきっと大丈夫。
「ん」
 彰一さんは口に入れたマシュマロをもぐもぐと噛み締めている。
「もっと食べる?」
 もう一口分ちぎろうとしたところで、彼が慌てて言った。
「いや、あの……ごめん優菜ちゃん! 俺、マシュマロだけは苦手なんだ」
 ぎゅっと目をつぶってごくんと飲み込んだ彰一さんは、すまなそうに私へ頭を下げた。
「せっかく作ってくれたのに、ほんとごめん」
「ううん! 私こそごめんなさい、無理やり食べさせて。大丈夫?」
「平気だよ」
 ……またやっちゃった。彰一さんの笑顔に苦しくなって、パーカーの袖を引っ張った。

「じゃあ、あの」
「ん?」
 黒縁メガネの向こうから私を覗き込む大好きな表情に、今でもまだドキドキしてしまう。言ってもいいかな。いいよね?
「どうしたの?」
「……口直し、する?」
 手を伸ばして、私を見つめる彼の黒縁メガネを外す。恥ずかしかったけど自分から瞼を閉じた。ごめんなさいの気持ちと、無理して食べてくれた彰一さんに何かしてあげたくて、思わず言っちゃった。どうしちゃったの? なんて、はぐらかしたりしないよね?
 シャンパンのせいだけじゃなくて心臓が大きな音を立ててる。
「……する」
 答えてくれたその声に瞼を上げると、もう彰一さんの顔は私の目の前にあった。こつんと額をくっつけた彼が言った。
「目、つぶらないでいいの?」
「う、ううん」
「自分から言ったんだから、優菜ちゃんがして?」
 少しだけ背伸びをして、言われた通り彼の唇に自分の唇をちょん、とくっつけて離れようとすると、柔らかいワンピースの腰に手を回した彰一さんが私を引き留めた。

「優菜ちゃん」
「はい」
「さっき何て言った?」
「マシュマロ嫌いって」
「俺じゃなくて、優菜ちゃんが」
「え、口直し」
 彼の手に力が入って、ますます身体がくっついてしまう。
「これじゃ全然口直しになんないんだけど」
「!」
 ど、どうしよう。確かに自分から言ったんだからそうなんだけど。それに結婚してるんだし、今更恥ずかしがるのもなんだけど。でも、でもやっぱり恥ずかしいよ……!
 目を逸らして彼の腕の中で悩んでいると、彰一さんが笑った。
「優菜、可愛い」
 呼び捨てする優しい声に、胸がぎゅーっと痛くなった。
 彼の胸に両手をあてて深呼吸をしてから、目を閉じている彼に近付いて、開いた唇を重ねた。
 私に気を遣って飲み込んでくれた甘い味が優しく伝わる。私の腰を支える彼の手に力が加わり、少しずつ背中まで上がってくる。
 ……彰一さんが好き。大好き。結婚して一緒に暮らしてもずっと変わらない私の気持ち、わかって欲しい。

「よくできました」
 しばらくしてから離れた私に囁く低い声。
「……うん」
「こんな風にしてもらえるなら、マシュマロ好きになりそうだな」
「……」
「あとでゆっくりお返ししてあげるよ」
 余裕の表情で微笑んだ彼の瞳をじっと見つめた。
「どうしていつも、あとでなの?」
「え……」
 私の言葉に彰一さんが驚いてる。でも言いたかったの。結婚してからも私ばっかりあたふたして、ドキドキさせられてて、何だかちょっとだけ悔しかったから。
「そんなこと言って大丈夫なの? 優菜ちゃん」
 顔が熱い。けど、もう引き下がれない。
「料理も後でいいの?」
「うん」
「ケーキもプレゼントも全部後回しだよ? 我慢できる?」
「……彰一さん、なんか馬鹿にしてない?」
 ムッとした私を見て彼が吹き出した。
「嘘だよ。嬉しいんだ、優菜ちゃんがそんなこと言うなんてさ」
 私の肩を抱いて歩き出した彰一さんは、リビングのソファへ私を座らせた。

 隣に座った彼が私の頬を撫でる。
「なんかさ、俺ばっかり優菜ちゃんのこと好きみたいで、ちょっと悔しいんだけど」
「え!」
「……なんでそんなにびっくりするの」
 珍しく不機嫌な顔になった彰一さんの腕の中に飛び込んだ。彼の胸に額を押し付けながら、背中に手を回してぎゅっと抱き締める。
「だって私も同じこと思ってたから。私ばっかりが彰一さんのこと大好きなんだって」
「……」
「だから、驚いたの」
「一緒に住んでると似てくるのかな」
 クスッと笑ったその言葉に嬉しくなって頷くと、私の頬を両手で包んで顔を上げさせた彰一さんが目を伏せて言った。
「あとでにしなくて、いいんだよね?」
「……うん」

 いくつかテーブルに置いてあったキャンドルはもうだいぶ溶けて、柔らかい光がゆらゆら揺れている。彼の肩越しの壁に、二人の寄り添う影が大きく映った。

 いつもより贅沢なお料理も、特別なプレゼントも全部素敵だけど、一番欲しいのはこうして一緒に過ごす時間なの。
 そっと耳打ちをすると、またおんなじだ、って私の耳元にも嬉しそうな彼の声が届いた。

 来年もその次もずっとずっと、こうして素敵な時間を過ごせますように。
 いつまでも、大好きな彼と一緒に。












-Powered by HTML DWARF-