カルボナーラとフレンチトースト 拍手お礼
湯船に浮かぶ花びら
気持ちのいい風が吹くお天気のいい今日は、初めて彰一さんと二人で一泊の旅行に来ている。お天気がいいから途中車を停めて、外でお昼を食べる事にした。
「すごいね。何時に起きて用意したの?」
彰一さんは、私が作ったお弁当を前に目を丸くした。彼が言う通り頑張って早起きしたんだ。5時よ、5時! 朝の苦手なこの私が、お弁当を作る為に5時起きなんて、やっぱり愛の力はすごい。
「へへ、内緒。どうぞ」
「うん。いただきます」
大失敗したカルボナーラを彼にごちそうしてしまってから、半年。反省した私は週に一度は料理を作るようにして、あの頃よりは少しましになった……かな?
「私も食べようっと」
彰一さんが口にした甘い卵焼き。冷めると味が薄くなるからお砂糖は少し多めに入れた。手を伸ばして、彼と同じ様に卵焼きをお箸でつまんだ。
「ちょっ……と、待って! 優菜ちゃん」
彰一さんは私のお箸を持つ手首を掴むと、反対の手でペットボトルを持って、お茶をごくごく飲んだ。
「……彰一さん?」
一息ついて、彼は卵焼きを見つめる。
「優菜ちゃん、塩と砂糖間違えた?」
「え! 塩!?」
「うん」
「う、嘘……」
確かめようと口を開けると、彰一さんが笑って私の手首を離した。
「ほんとにちょびっとにした方がいいよ。破壊力ハンパないから」
「う……」
言われた通りほんの少し口に入れると、しょ、しょっぱー! な、何で? いつ間違えたの!?
「ごめんなさい! 彰一さん……ほんとにごめんなさい」
「いいって。見た目はかなりいけてるよ。うん」
「……」
彰一さんが言った様に、見た目が綺麗に出来てたから大丈夫だって思って、卵焼きだけ味見しなかったんだ……。ああ、また失敗。
チラリと彼を見ると、何事も無かったかのようにおにぎりと鳥のから揚げ、他のおかずもパクパク食べている。
「頑張ったね。美味しいよ、ほんとに」
「良かった。でもね、三角にできなかったの」
「俺もおにぎりは出来ないなあ。作った事ない」
「そうなの?」
「うん。だからすごいと思うよ。大丈夫。卵焼きの分はチャラになった」
相変わらず優しい彰一さんの笑顔に、急に自分が情けなくなって、一緒に笑ってみたけど少しだけ落ち込んでしまう。
温泉宿に着いて、説明の終わった仲居さんが部屋から出て行くと、彰一さんが言った。
「いい部屋だね」
「うん、素敵」
客室は全部離れになっていて、他の人の気配を感じない。広い和室から外へ続く扉を開けると、視界が広がった。
「ね、彰一さん、お風呂すごいよ!」
離れから続きの露天風呂は、檜作りで結構広い。周りは木立ちで、下の方には川が流れているのが見える。流れるお湯から湯気が立って、とてもいい匂い。
夕食を済ませて、さっきの露天風呂に二人で浸かっている。
ちょっと恥ずかしいから離れた所にいるんだけど、それでも何だか気まずい感じ。彰一さんもこっちを見ないで、黙ってる。
もう辺りは暗くて、見上げると桜の樹とその上には星がいくつか見えた。
「さっき、ほんとにごめんなさい」
「ん? 何が?」
「……卵焼き」
あれじゃ、冗談じゃなくて彰一さんの身が持たないよね。思わず大きなため息を吐くと、彼が言った。
「ああ、全然だよ。俺もやったことあるから」
「ほんと!?」
「うん。焦ってるとさ、やっちゃうんだよ。白い砂糖だと間違えるから、今は変えてる」
「どんなの?」
「きび糖とか、てんさい糖……三温糖とか。知ってる?」
「茶色いやつ? 実家で使ってるかも」
「そう、それ。それだと間違わないよ。身体にもいいし」
「……私、何も知らなくて、まだ全然駄目だね」
だいぶ慣れて来たと思ったんだけどな。慣れた頃が怖いって、何でもいうもんね。料理もそうなんだ、きっと。
彼は檜の湯船の淵に片腕を乗せて、遠くの暗い景色を見つめた。
「いいよ。二年後くらいまでに、出来るようになれば」
「え?」
「別に、俺が作れるからいいし」
指先でお湯を跳ねさせてる彰一さんは、私の顔を見ようとしない。
「……二年後?」
「……なんでもない」
遠くから視線を湯船に移した彼は俯いた。
その仕草に、勘違いしてしまいそうな彼の言葉に恥ずかしくなって、ドキドキしながら私も同じ様に俯く。お湯の上に落ちてきた桜の花びらを見つめると、ほとんど白に近い薄い桜色のそれは、ゆらゆら揺れて淵から落ちそうになった。
「彰一さん、それって」
顔を上げて聞こうとした言葉は、いつの間にか目の前にいた彰一さんの唇で塞がれてしまった。
「まだ秘密」
一瞬で離れた彼に何だかごまかされたみたいで、どんな顔していいのかわからないよ。
「……いつ教えてくれるの?」
私の問いに、彼は桜の樹を見上げた。
「来年も来ようか」
「……一緒に?」
「うん。そしたらその時教えてあげるよ」
「じゃあ、絶対来る」
その返事に彼が笑って、私を腕の中へ閉じ込めた。
「のぼせそうになったら……言って?」
「……うん」
いつもより少しだけ強引な彼のせいで、今すぐにでものぼせてしまいそう。
彼の肩に落ちてきた桜の花びらと一緒に、忘れないでねって囁いて、来年のことを思いながらそっと目を閉じた。
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