同じ朝が来る 番外編 木下視点

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放課後の約束




 冬の朝、ホームで倉田くんと思いを確かめ合ったその日の放課後、乗り換え駅で待ち合わせをし、電車に乗って二人でドアに寄りかかった。

「久しぶりだね。一緒に帰るの」
 彼の言葉に、顔を上げて答える。
「……近いね」
「うん、近い」
 お互いに照れ笑いして、一緒に窓の外を見る。昼間はガラス越しに何も映らない。すぐに彼の顔が見たくなってまた見上げると、同時に彼が私の顔を見た。
「ん?」
「え、ううん」
「今日……大丈夫だった?」
「うん。倉田くんは?」
「全然。林に違う意味で怒られたよ、今まで何やってたんだ、ってさ。頭、はたかれた」
「私も同じ。庸子に叱られちゃった。遅すぎるでしょ、って」
 二人で顔を見合わせて笑った。こんな日が来るなんて、まだ夢の様で信じられない。

 倉田くんに初めて会った時から、彼の雰囲気も声も、何気ない一言も仕草も優しい言葉も、私に向ける眼差しもなにもかもに惹かれて、どうしようもない私がいた。何も知らなかったのに、知ったと同時に好きになっていた。好きなのにどうにもならない関係がつらくて堪らなくて……けど、彼以外の人を好きにはなれなかった。

「どうかした?」
「……嬉しいの。すごく」
「……」
「すごく、すごく嬉しい」
「うん」
「それだけ」
「うん」
 彼は頷いて私の手を取り、そっと握った。そこから暖かさが流れ込んで、胸の奥に響いていく。
「ごめん……」
 急に込み上げて来た思いに、もう堪え切れそうになくて、零れ落ちそうな涙を彼に見せないように俯いて謝った。今朝だってホームで泣いてしまったのに恥ずかしい。
「……隠してあげるから、いいよ」
 倉田くんは私の後ろにある座席の横のポールに掴まり私を隅に立たせ、寄り添ってくれた。

 涙が止まるのを静かに待ちながら彼を思う。
 彼が勇気を出してくれたから、今こうして一緒にいられる。私は? もしも倉田くんが何も言わなかったら? 
 きっとこのまま卒業して、彼に何も言えずに過ごしながら、毎日毎日後悔することになったのかな。いつまでもずっと。もしかしたら何年経っても忘れられないのかもしれない。

「ありがとう」
 顔を上げた私の言葉に、彼が優しい目を向けてくれる。
「もう大丈夫?」
「うん」
「俺もさ、すごく嬉しいんだ。……何で早くこうしなかったんだろうって」
「……ね」
 二人でクスッと笑った。
「どこ行きたい?」
「でも、勉強は?」
「大丈夫だよ今日くらい。冬休みになったら講習始まるから」
「ありがとう……じゃあ、」
 もしも、なんてことある筈がないのに、倉田くんといつか行けたらいいなって勝手に思っていた場所。
「海。ちょっと見るだけでいいの」
 私が言った途端、驚いた顔をした倉田くんはそのまま黙り込んだ。
「……」
「あ……寒いよね。ごめん、変な事言って」
「消えない?」
「え?」
「何でもない。いいよ、行こう」
 
 電車を乗り継いで、海の見える公園がある駅で降りる。冬の早い夕暮れが始まり、途端に冷たい風が届いた。
 目の前の海から波の音が聞こえる歩道を歩いていると、遠くでツリーが光っているのがわかった。早く見たくて駆け出そうとした瞬間、急に腕を引っ張られ、振り向くと倉田くんが真剣な顔で私を見つめていた。
「……?」
「約束して欲しいんだ」
「……うん」
「突然いなくならないって、約束して欲しい」
「……どうしてそんなこと言うの?」
「……」
 彼の手に力がこもる。どうしてなのかはわからないけれど、倉田くんは何かを不安に思ってる。ちゃんと応えないといけないような気がして、その瞳を見つめて言った。
「大丈夫だよ。約束する」
「……ありがとう」
 彼は安心したように私の腕から手を離した。そのまま私の手を取り、ゆっくりとツリーへ向かって歩いて行く。

 もう辺りは薄暗くなって、海も濃い色に変わっている。大きなクリスマスツリーを見上げると、綺麗に飾られ、灯りはきらきらと点滅していた。
 その時、黒猫が目の前を通り、ツリーの前に寄って行った。
「黒猫……!」
 同時に言って顔を見合わせる。
「私黒猫が好きって、昇降口で言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
 あの時、倉田くんの傍に駆け寄ることは出来なかったけど、思わず口に出してしまったんだ、好きって。
「俺が言った好きは違うけど」
「え?」
「黒猫が好きって言われて、俺も好きだよって言ったけど……黒猫のことじゃないんだ」
 顔を上げると、倉田くんの顔がすぐ傍にあった。
「気付かなかった?」
「……」
 そんなこと言われても、もう何も言えない。同じこと考えていたなんて思ってもみなかった。胸が痛んでまた涙ぐんでしまう。本当は私、泣き虫じゃないのに。
「私だって、黒猫のせいにしてた」
 私の言葉を聞いて彼が目を細める。
「……好きだよ」
「……好き」
 彼と私の前髪が重なり一瞬だけ触れて、また目の前に優しく微笑む彼がいた。

「明日の朝、電車に乗ったら傍に行くから」
「……うん」
「どこにも行かないで、隣にいて」
「うん」


 明日はきっと、いつもと違う朝が来る。彼の隣で一緒に過ごす朝が始まる。
 目の前で輝くツリーを見上げて波の音を聞きながら、いつまでも手を繋いで寄り添っていた。










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