ポケットに手を突っ込み、ホームでいつもの電車を待つ。
今朝はいつにも増して気温が低い。ホーム下のごろごろした石に霜が降り、陽に当たった部分は輝いていた。
電車の到着を知らせるアナウンスが流れる。空いている電車に乗り込み、木下さんを探しそちらへ顔を向ける。朝の眩しい光を浴びて、陽だまりの中、彼女がこちらを向いた。
――おはよう
彼女の唇が挨拶の形を作る。いつもと同じ朝だった。
俺も挨拶をしてドア際に立ち、携帯をポケットから取り出す。途端彼女からメールが入った。
『今日、すごく寒いね』
『うん。昨日、風邪引かなかった?』
『引いてないよ? 何で?』
『なんとなく』
今、彼女はどんな思いでこうしてメールをしているんだろう。悲しい顔、していないだろうか。そう思った途端、携帯を持つ手が震えた。
乗り換えの駅に着き、ホームに降りてポケットに入れておいた携帯をもう一度取り出す。十歩ほど前を歩く彼女を見つめながら、立ち止まった。
彼女も立ち止まり、鞄にしまった携帯を取り出して開き、しばらくそれを見つめた後、耳に当てた。
「もしもし……」
「もしもし、俺だけど」
「うん。……初めて、電話の声聞いた」
「……そうだね」
「どうしたの?」
「……」
彼女の背中を見つめながら、暫く沈黙する。反対方面の電車が到着するアナウンスが流れ、携帯の向こう側からも同時に聞こえた。
「……今日、会いたいんだ。学校終わったら」
「……」
沈黙から彼女の戸惑いが伝わる。
「会いたいんだ」
暫くして、小さな声が届いた。
「……うん」
彼女がゆっくり振り向き、携帯を閉じた。俺も携帯を閉じてポケットに入れ、こちらを見ている彼女に一歩ずつ近付き、正面に立つ。彼女の右手を、自分の右手でそっと握った。
「一度も言った事なかったから、聞いて欲しい」
「……」
「俺、木下さんのこと……好きなんだ」
「……」
「初めて会った時からずっと」
「……」
彼女は黙ってただ俺を見つめている。その瞳は、昨夜海で見た時と同じ様に揺れていた。
「ずっと、逃げててごめん」
彼女が顔を横に振り、強く手を握る。
「もう、逃げないから」
「うん」
「俺、やっぱりこのまま卒業して会えなくなるのは嫌なんだ」
「……」
「……嫌なんだ」
「……うん」
「一緒にいて欲しい」
俺の言葉に彼女が頷いた。
「私も……一緒にいたい、倉田くんと。私もずっと……ずっと好きだったの」
留まっていただけの、戻る事も進む事も無かったいつもの朝が、今目の前で変わっていく。長かった夜が明け、また朝が来る。明日からは少しだけ違った朝が。
反対側の電車がホームに滑り込んできた。風が二人の髪を攫う。俯く彼女から雫が零れて、繋がれた二人の手の上に落ちた。
久しぶりに、この駅で待ち合わせた。街はもうクリスマス一色で、どこを見ても飾り付けられイルミネーションが輝いている。
「今度クラス会あるね」
「うん。八組はどこ?」
「多分、この辺だと思うけど」
「行くの?」
「仕事が終わればね。でも俺、自分のじゃなくて三組のに行こうかな」
「何で?」
「……心配だから」
「心配なんてないのに」
彼女は微笑んで、繋いだ手に力を入れた。
「じゃあ、迎えに来て欲しいな」
「うん、行くよ」
ショッピングモールができる予定の、工事をし始めたばかりの前を通りかかった時、彼女が顔を覗き込んで来た。
「ね、ここ一階に何のお店が入るか知ってる?」
「人気のドーナツ屋」
即答した俺に、彼女は驚いた表情で言った。
「……知ってたんだ。まだそんなに情報出てないのに」
「だって教えてくれたじゃん、前に」
「そう、だっけ?」
「食べに行く?」
「うん! 並ぶけどいい?」
「いいよ」
その時、どこからか歌が流れた。彼女が好きだと言っていた、あの歌だ。
お互いの顔を見合わせ笑いながら手をほどき、寒そうにしている彼女の肩を強く抱いて、明かりの灯った街の中を寄り添いまた歩き始めた。
〜完〜
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