同じ朝が来る

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(5)くだらない足枷




 放課後、図書室へ向かおうと廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「倉田、もしかしてお前も?」
 同じクラスの竹下だ。2年で林と同じクラス、3年になってから何となく一緒にいる仲間内の一人。何でもでかい声ではっきり言ってきて、話すと結構面白い奴だ。
「そう。家帰ってからとか、ダルすぎるし」
「だよな。暑いし、とっとと終わらせようぜ」

 今日レポートの課題が出された。家に帰ってからネットで検索とかでもいいんだけどさ、家でやること自体が面倒くさくて図書室へ向かっていた。適当な本を探して、抜粋してこうと思ってたんだけど、考えることは皆同じか。

「倉田、予備校は?」
「今日は無い。バイトも休み」
 廊下から窓の外を見上げる。夏空が目に痛い。蝉の声が外の樹から校舎の中にまで響き渡っている。
「……もうすぐ夏休みか。今年は思いっきり遊べないよな」
 同じように窓の外に目を向けた竹下が言った。
「倉田ってさ、彼女いんの?」
「いねーよ」
「ふーん、即答すんだ」
「竹下は彼女と遊ぶくらいはすんだろ? 夏休み」
「うん、まあ……」
 竹下は言葉を濁し、ポケットに手を突っ込み少しだけ俯いた。
「何だよ」
 俺が言葉を掛けると、暫くして溜息を吐きながら返事をした。
「あんまし、上手く行ってないんだ」
 前から来た元気のいい下級生達が、バタバタと横を通り過ぎていく。
「先のことなんて全然わかんないし、彼女と同じ大学行くわけじゃないし。あれこれ言われても、答えられなくてさ」
 竹下は通り過ぎた下級生を振り返る。
「いいよな。俺も去年は何にも考えてなかった。ただ一緒にいるだけで楽しかったもんな」
「……」
「……俺なりには考えてんだけど、会うと上手く言えないんだよ」
「そうやって、ちゃんと言ってやればいいじゃん。わかってくれるまで。彼女だって真剣に考えてんだから、あれこれ言うんだろ? ……贅沢言ってんなよ」
 竹下は俺の言葉に顔を上げて笑った。
「ま、そうだよな! 贅沢贅沢。いないよりゃましだよなー?」
 竹下は俺の顔を見ながら、肩を叩いてきた。
「うるせーな。さっきから喧嘩売ってんのかよ、お前は」
「倉田、我慢すんなよ?」
「え?」
「そんなに、気使わないでいいんじゃないの。いろいろと」
「……何が」
 竹下の言葉に急に胸が騒ぎ出した。

「お前ってさ、なんも言ってくんないじゃん、俺らに」
「……」
「最初は何考えてんのかわかりづらくてさ、お前のこともっと嫌な奴かと思ってた、正直」
 竹下は頭を掻きながら、俺から顔を逸らした。
「けど林にすげー勢いで言われてさ。絶対そんなことない、ふざけんなって。俺らがちょっと引くくらい」
 頭の奥に痛みが走った。林のあの表情がまた浮かんでくる。
「ま、付き合ってみてわかったけどさ、お前のこと。ちょっと面倒くさい奴だけど」
 竹下はにやりと笑ってこっちを向いた。今度は俺の方が顔を逸らす。
「……竹下が思ってたの当たってるよ。林にそんな風に言われるような奴じゃないから俺」
 本当にそうだ。あいつに隠れてこそこそ彼女とやり取りして、自分の都合のいいようにこの関係を続けていこうとしている……お前の言う通り、嫌な奴なんだよ。
「拗ねんなって」
 竹下は相変わらず笑ってる。
「誰も拗ねてねーし」
「だからさ、遠慮するなよ。林がいい奴だからって負い目を持つなってこと」
「負い目?」
「お前ら、なんかあったんだろ? よく知らないけどさ。お前が林に気使ってんのわかるんだよ、こっちは」
「別に、気なんか使ってないけど」
「林のこと、いい奴だって思ってんなら尚更ちゃんと言えって。くだらないもんに縛られてんなよ」
「……」

 結局その後は無言になって廊下を歩いた。冷房の効いた図書室に入り、それぞれ自分が探している種類の本棚へと向かう。

 どうしろって言うんだよ。
 俺も木下さんを好きになったなんて、今更林に言えっていうのかよ。

 林とこうやって元に戻れるまでに、2年以上かかった。俺はそう思ってる。それだって中学卒業して、暫く林と離れていたからだ。あいつの彼女だって全然別の高校で、今はもう全く関係ないからだ。俺が林の彼女を好きでも何でもなかったから、こうして普通にしていられる。

 けど、今は俺もあいつと同じ女の子を好きで、あの時とは違う。
 だから無理にでも思いを閉じ込めて、林にも木下さんにも何も告げずに、こうして何でもない振りをし続けているのに。

 でもそれが、余計林を傷つけることになっているとしたら?
 竹下が言いたいのは、そういうことだ。人から見たら、くだらないことなのかもしれない。勝手に自分で自分を動けなくしてるだけなのかもしれない。
 俺、やっぱ逃げてんのかな、林から。あいつの為だって言いながら、正直あいつと向き合うのが怖い。

 溜息を吐いて本棚の前で鞄を床に置き、本に人差し指を掛け、引っ張り出そうとした時、気配を感じて横を見た。


 肩に鞄を掛け、少し離れた所に立ち、こちらを見つめる木下さんと目が合った。




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