後片付けを終えた俺たちは、また四人で帰ることになった。
門を出てから、前には木下さんと飯田さん、俺と林は少し離れたその後ろを二人で歩く。彼女たちが話に夢中になっていた時、林が少しだけ黙り込んだ後、俺に言った。
「倉田お前さ、木下さんのこと気に入ったとか、そういうの無いよな?」
林の真剣な声を聴き、ぎくりとする。
「……なんで」
「や、何となく。仲良さげだったし」
「……」
「もし、もしもお前も木下さんのこと好きならさ、」
「そんなことあるわけねーだろ」
否定した。
「そっか……悪い。そうだよな、ちょっと考えすぎだった」
林のホッとしたような顔を見て、聞いてみる。
「……もしそうだったら、どうすんだよ」
「しょうがないし、木下さんもお前のこと好きになったら、俺それはそれでいいや」
「……」
「俺、別に彼氏じゃないしさ。そんなことお前に言う権利ないから」
「あるよ」
「ないって」
「あるんだよ」
「……」
俺の言葉に、林は力無く笑った。
もし俺が彼女を好きだと言っても、林はきっと嫌な顔をしたりはしないんだろう。
薄暗がりのアスファルトの歩道を歩きながら、思い出さなくてはいけない事を記憶の隅から引っ張り出し、頭の中に次々と浮かべ並べていった。
林は俺と同中で部活も一緒だった。三年の時に彼女がいて、よく俺も自慢話を聞かされていた。
その彼女が林と付き合っている最中に、どういうわけか俺に告白してきた。もちろん俺は断った。何で俺なのか心当たりもなかったし悩んだけど、どう言えばいいのかわからなくて、俺からは林に何も伝えられなかった。林はそれをわかってて、俺に文句のひとつも言わずに彼女と別れた。別に倉田が悪いわけじゃない、林はそう言って無理に笑った。
林は高校入学と同時に地元から家を引っ越していて、さらに一年、二年と同じクラスにもならなかったから、三年になるまであまり接することもなかった。
けど、また俺が原因で林にあの顔をさせてしまうのを見るのは、今更だけどやっぱり辛い。
「じゃあ、言ってもいいよな」
林が俺の顔を見た。
「何だよ」
「お前のこと気に入ってる子がいるんだってさ、木下さん達と同じ三組に。さっき飯田さんから聞いたんだけど」
「ふうん」
「多分二人の友達だよ。俺、詳しく聞いてやろうか?」
林はやけに嬉しそうに言った。
「いいって。余計なことすんなよ」
今は聞きたくない。そんな話、今は……いいよ。
溜息を吐いて肩に掛けた鞄を掛け直す。圧し掛かる重みが、朝よりも大きく感じた。
「ペンキ、ちょっと付いちゃったね」
「え?」
木下さんと二人で帰りの電車に乗り、ドア際に寄りかかっていると彼女が言った。
「倉田くん、手」
「あ、ほんとだ」
手のひらを見ると、確かにペンキが付いている。明るい車内で見るそれは、やけに色鮮やかに目に飛び込んだ。
「こうやると取れるよ。出して」
言われるまま彼女に手を出すと、指で擦ってくれた。
「……」
「……手、おっきいね」
「そう?」
「ほら」
彼女が微笑んで自分の手のひらをこちらへ見せる。そこに誘われるように自分の手を合わせた。お互いの制服の袖が重なる。
「ちっさ」
彼女と俺の大きさの違いに、思わず笑みが零れた。
「そんなには小さくないよ」
「……小さいよ」
合わせている彼女の指の間に、ほんの少しだけ自分の指を重ねて力を入れた。
「!」
彼女が顔を上げたと同時に手を離す。
「木下さんは、髪に付いてる」
「え、ほんと?」
「動かないで」
彼女の髪の先に付いた、ペンキを指で扱く。
「ごめん。さっき俺が触ったから」
「ううん……大丈夫」
彼女を、好きになったとしても。
もう戻れそうにないほど、惹かれ始めていたとしても。彼女の傍にいたくて、この前と同じようにドア際から離れられなかったとしても。
やっぱり駄目だよな、こんなの。
この思いは、自分の胸の中だけに閉じ込めるしかないのかもしれない。
そうすればきっと誰も傷つかずに済む。林も、俺も。木下さんと彼女の友達だってそうだ。もしも、さっき林が言った事が本当だったら、俺が木下さんを好きだなんてそれこそ言えない。
「明日の朝も、乗ってる?」
彼女が遠慮がちに囁くように聞いてきた。その声に一瞬だけ胸が締め付けられる。
「……いつも、同じだよ」
俺の視線を受け取った後、ドアの窓ガラスに目を向けた彼女が、人差し指で外を示した。
「あ、三日月」
今にも消えてしまいそうなくらいの細い三日月が、遠くの空に浮かんでいる。
明日の朝も訪れる、ささやかな彼女との時間。
自分の思いを抑え込んでも、始まったばかりの二人で共有できる僅かな時間を、簡単に手放す事は出来そうに無かった。
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