恋の一文字教えてください

番外編 海の見えるチャペルで


 親族と友人たちが待つチャペルへ、柚仁が入っていった。
「日鞠ぃ、すまん。右からだっけ? 左からだっけか?」
「おじいちゃんの好きなほうからでいいよ。もう一回、ちょっとだけやってみよ」
「お、おう。じゃあ右な」
「うん。せーの」
 ゆっくりゆっくり、おじいちゃんと一緒に足を踏み出して練習する。真っ白いAラインのドレスの裾が大きく揺れた。つまずかないように気を付けないと。
「いやしかし今さらだが、本当に俺がこんな大役仰せつかっていいのかねえ。琴美や幸香の旦那だってできただろうに」
「私は、おじいちゃんがいいんだもん」
「そうかい?」
「柚仁も、おじいちゃんからバトンタッチされることを喜んでると思うよ、絶対」
「それなら嬉しいがなぁ」
 七月中旬、梅雨明けの良く晴れた日曜日。私と柚仁の結婚式が執り行われようとしていた。
 両家顔合わせの食事会後、初夏に予約していた式場の打ち合わせも進み、あっという間に今日の日を迎えた。私たちに引っ越しはないし、住む場所は決まってるし、結婚の為に必要な物を買い足すこともない。式のことだけ考えていればよくて、とてもラクだった。

 スタッフの指示で、おじいちゃんと二人、チャペルの扉の前に立つ。
「おじいちゃん、よろしくね」
「ああ、精一杯やらせてもらうぞ、よろしくな」
 二人でふう、と息を吐いたと同時に扉がひらいた。祭壇の向こう側も、両側の壁も全面ガラス窓のこの場所は、湘南の海と空が一望できる。
 晴れ渡る夏の空が真っ青な海に光を落とし、きらきらと輝かせていた。眩しいくらいのチャペルで、バージンロードの先にいる柚仁が私を待っている。両側には親族と友人たち、そしておじいちゃんと一緒に住むことを決めた美佐さんも、私たちを見守っていた。
 おじいちゃんてば、あんなに緊張していたのに、今はしっかり私をリードしてくれている。本番には強いタイプなのかな?
 おじいちゃんから柚仁へと、私の手を渡された。私を見て微笑んだおじいちゃんと目が合う。おじいちゃんの目に光ったのは……涙? 気付いた途端、私の瞳にまでぶわっと涙が溜まってしまった。琴美姉たちに対する思いとはまた違って、おじいちゃんのことになると泣けちゃうんだよね。
 指輪交換をして、誓いの言葉を交わし、柚仁と向き合った。彼の肩越しに見える青空が、綺麗。
 ああ、ちょうど一年になるんだ。彼と再会したあの日から。
 おじいちゃんの骨董屋さんに現れた柚仁が、ジーンズの足元に下駄を履いていて驚いたんだっけ。住み込み家政婦の面接に行ったときは金太郎なんて言われるし、俺様な口調だし、正直言って最初の印象はあんまりよくなかった。でも一緒にいるうちに、彼が本当はとても優しくて男らしい人だって気付いた。そして、私の幼なじみだったと、思い出すことができた。
 絵を描くことに挫折して、東京からこちらへ戻ってきたことも、きっと柚仁と出逢うためだったんだなんて思えてしまうくらい、今とても幸せだよ。
「日鞠」
「……柚仁」
 ベールを上げた彼に小さな声で呼ばれて、私も応える。彼の揺れる瞳に私が映っている。私の湿った瞳にも彼がいる。
 私、あなたと結婚できてよかった。心からそう思いながら、静かに瞼を閉じた。

 チャペルを出ると、親族や友人らが道を作ってフラワーシャワーで祝福してくれた。潮風に吹かれた白とピンクと赤と黄色の花びらが、夢のように綺麗だ。
「日鞠おめでとう!!」
 琴美姉と幸香姉、両方の家族が大きな声を掛けてくれる。
「ありがとー!」
 姉たちの横に私の友達がいて、嬉しそうに手を振っている。スマホ構えて写真取りまくってるよ〜。柚仁の親族や書道仲間も嬉しそうに声を掛けてくれる。
「ひまちゃん! 素敵よ!」
「お義母さん……!」
 長野から来ている柚仁の両親も、涙を浮かべて喜んでくれていた。
 そして列の最後までくると、見覚えのある子どもたちとお母さんたちが、木陰で待っていた。
「花岡先生、おめでとうございまーす!!」
「せんせー! おめでとう!」
「教室の皆!?」
 教室の人たちには気を遣わせたくはないからと、柚仁は敢えて言わなったらしいんだけど、皆来てくれたんだね。
 子どもたちが柚仁へ小さな花を渡した。
「せんせーおめでとう」
「ありがとう!」
「せんせーカッコいい!」
「だろ? 皆もおめかししてくれたんだな」
「うん! おねーさんもおめでとう!」
「え、あ、ありがとう……!」
 私まで可愛らしいミニブーケをもらってしまった。皆、可愛いなぁ。
「花岡せーんせっ! おめでとうございます! すごく素敵ですよ〜!」
「ありがとうございます。わざわざご足労いただいて、すみません」
 お母さんたちに柚仁が頭を下げる。大人の書道教室の生徒さんたちも、一緒にいた。
「やっぱり受付の方と結婚なさったのね〜」
「絶対そうだと思ってたわ。可愛い方ですもんね!」
「は、はぁ」
「やぁだ、先生照れちゃってっ!」
「ぐはっ!」
 体格のいい近藤さんが柚仁の背中をばーんと叩いた。……うん、力強そうです。思わず隣で笑っちゃった。
「受付のおねーさん、とっても綺麗……」
 教室の女の子の生徒たちが私の周りを囲む。普段挨拶しかしないけれど、こんなふうに言ってもらえるなんてすごく嬉しくて、どうしたって顔が綻んじゃうよ。
「ありがとう。来てくれて、とっても嬉しい。先生もすごく喜んでると思うよ」
「うん!」
 皆と顔を見合わせ、うふふ、と笑った。いい生徒さんたちを持って、柚仁幸せだね。

 その後、オーシャンビューの会場で行われた披露宴はアットホームな雰囲気で、始終楽しく進行した。柚仁の親族や書道仲間の人たちとお話できたし、逆に柚仁に私の親族、友人とお話してもらって何だかホッとした。お互いの周りの人たちに会えるって、そう何回もないことだもんね。皆いい人ばかりで、彼の人柄のよさまで知れてよかった。


 夕方、式場と隣接するホテルの部屋に入り、ワンピース姿でダブルベッドへ身を投げる。
「はぁ〜楽しかった!」
 仰向けになり、大きく息を吐いた。こじんまりした式だったとはいえ、やっぱり緊張してたんだなぁ。伸びをして解放感を味わった。最上階のお部屋の窓も大きくて、目の前に穏やかな海が広がっている。
「俺も楽しかった。まさか教室の皆が来てくれるとは思わなくて驚いたわ」
「嬉しかったでしょ? 柚仁」
「ああ。照れくさかったけど、ああいうサプライズはいいもんだな。その場でお返しを用意してくれたスタッフに感謝しないと」
 ジャケットを脱いで椅子に掛けた柚仁は、スマホを見た。
「夕飯は七時半からか……。まだだいぶ時間あるな」
「お腹空いちゃったね」
「ああ」
 宿泊と一緒に食事も予約を入れていた。披露宴ではあまり食べられなかったから、がっつり食べちゃうんだ。
「ねえ柚仁」
「んー?」
「こういうところに二人でお泊りするのって、初めてだね」
「そういや、そうだな」
 長野は柚仁の実家だし、普段は江の島に行くくらいだから、何だかとても新鮮。
「なんだよ日鞠、にやにやして。そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいよ。柚仁と一緒ならどこでも嬉しいけど、今日はとびきり嬉しいの、きゃ!」
 笑顔で応えた私に、柚仁がどさっと覆い被さった。
「も、もう……びっくりするでしょ!」
「可愛いこと言うお前が悪い」
 いつものイイ声で囁いた彼が、私を優しく抱きしめる。柚仁の匂いを胸いっぱいに吸いながら、私もお返しに彼の耳元へ唇を近づけた。
「私、花岡日鞠になったんだね」
「ああ、よろしくな。奥さん」
「はい、旦那さま」
 笑った柚仁は、私の唇を優しく塞いだ。私を思う柚仁の深いキスが、とてもとても甘く感じて全部が溶かされていく。柚仁、大好きだよ。あなたを愛する私の気持ち、伝わってるよね……?
 そっと唇を離した彼は、私の瞳を覗き込んだ。
「食事までに、一回いいか?」
「一回って、何を?」
 意地悪く笑ってみせて、わざと彼に聞いてみる。
「抱かせろって言ってんの」
「シャワー浴びてないからダメ」
 たまにはじらしちゃえ、って思ったのに。
「関係ねーよ」
「あ! ダメって、や、っん」
 私の首筋に彼の唇が何度も押し当てられた。ちゅっちゅと音を立てられ、次第に私も興奮してしまう。
「強引、なんだから、あ、っ」
「嫌か?」
「嫌じゃない、よ、柚仁大好きだもん……! ん、んっ!!」
 再び深くキスをされ、今度は激しく口中を舐め回された。エアコンがほどよく効いた部屋にいるのに、体中が熱くてたまらない。
「俺も大好きだ、ひま」
「ゆうちゃん……!」
 彼に囁かれて、その首にしがみつく。長いキスにすっかり溶かされてしまった私は、すぐにでも彼が欲しいという衝動に駆られた。
 柚仁の大きな手が、私のワンピースの裾をまくり上げる。太腿やお尻を彼の手が這いまわり、荒い息遣いが届いた。焦る柚仁の気持ちが嬉しくて、思わず自分からショーツを脱いでしまった。
「日鞠?」
「触って、お願い」
 彼の手を取り、お願いする。柚仁の手で、早く……感じたいの。
 頷いた彼が、私の濡れる狭間に長い指を差し込んだ。
「んっ」
「とろとろじゃんか、ひま」
「んぁ、あっあ……!」
 腰を浮かせて悦ぶ私に、柚仁の指使いがますます激しくなる。何も考えられずに夢中になっていると、私の滴りで濡れる彼の指が、小さく膨らむ粒を小刻みに震わせた。電気が走ったように、びくんと体が揺れる。
「もう、私……あっ!」
「イケよ、ひま」
「んっ、んんーっ!!」
 奥もかき回されて、快感に引きずり込まれた。最近私の体ってば、柚仁にあっという間にイカされちゃうんだ。
 いつの間にかベルトを外したパンツと、下着を脱いでいた柚仁が、快感でぐったりとした私の蜜奥に自身をあてがい、挿入ってきた。
「ひま……っ!」
「あ、ぁあっ」
 一気に突き入れられて、息苦しいほどの快感が突き抜けた。
「んっ、んっ、あ、は……う」
「あ、ひま……ひま、いい」
 柚仁はいつになく、最初から激しく腰を打ち付けていた。あまりの気持ちよさに私の目の前がちかちかしてくる。
 浅く深くと繰り返し突かれて、もう何が何だかわからにくらいに、体を揺さぶられていた。
 彼も私も下半身だけ裸で、そこが繋がってる。肌がぶつかり、蜜がぐちゅぐちゅと大きな音を響かせている。まだ夕暮れの明るいうちから、こんなことしてる――
 部屋の中で行われている全てが、何だかとてつもなくいやらしく、罪悪感のようなものを膨らませ、快感がせり上がってきた。
「ひま、ひま」
「ゆ、ちゃん、私、また……」
「一緒にイケるか、ひま」
「ん、うん、イキたい、ゆうちゃんと、あ、ああっ!!」
 ぐいぐいとねじ込まれる柚仁を感じて、目の前がぱっと明るくなった。
 それは……昼間見た青空と、輝く波に似た光。私を幸せへと導いてくれる、眩い光。
「イクぞ、ひま……!」
「んっ、中に、お願、い、あ」
「好きだ、ひま、あ……くっ」
「ゆうちゃん、好き……! いっちゃ、う……!」
 彼の愛が私の奥に放たれる。それをひと滴も零さないようにと、私のナカは彼を締め付けて何度も幸せに震えた。

「ひま、日鞠」
「ん……」
 まどろむ私を、柚仁が優しく呼んだ。いつの間にか彼と一緒にシーツにくるまれている。私、どれくらいの間ぼうっとしてたんだろう。
「そろそろ支度しよう。腹減ってたんだろ?」
 私を抱きしめていた柚仁が、片手で頬を撫でる。小さく顔を横に振った。
「も、ゆうちゃんで、お腹、いっぱい……」
 まだ体が揺さぶられているみたい。彼に与えられた快感から、なかなか抜け出せないでいた。
「こんなんでへこたれてんなよ、ひま」
 にやっと笑った柚仁が私の額にキスを落とす。
「え?」
「部屋に戻ってきたら、また続きするんだからな」
「そ、なの?」
「そりゃー新婚初夜だからな。このまま新婚旅行へってわけでもないし、いいだろ」
「新婚初夜、かぁ」
 柚仁の教室は、四月から半年先まで生徒さんのスケジュールが決まっているため、それを過ぎるまでは新婚旅行はお預けとなっていた。
 それにしても初夜って。とっくに一緒に住んでいて、もうあれこれしちゃってるのに、やっぱり初夜なんだ。今さらドキドキしてきた。
 ふと自分の姿を顧みる。
「ワンピース、しわくちゃ」
「俺のシャツも、しわしわだ。なんか、お互い間抜けなカッコだな」
 クスクス笑って、また抱き締め合った。
「一緒にシャワー浴びて着替えるか」
「うん」
 私、柚仁の汗の匂いが大好きだ。
「ひま、これから先もずーっと一緒だからな」
「ゆうちゃん」
 彼のそばにいて胸がきゅっとするのは、きっと一生続くんだろう。この幸せな痛みを、いつまでも彼に伝えたい。
「俺が一生、お前を幸せにする」
「私だって、ゆうちゃんのこと幸せにする」
「おう、頼んだぞ」
 クスッと笑い合って、またキスをした。
 今日は今まで生きてきた中で最高の日。
 でも柚仁といれば、もっともっと最高の日が、毎日訪れることを私は知ってる。彼もきっと同じ思いでいてくれてるって、信じてる。

 いつの間にか窓の外は夕暮れの薄桃色から群青へと変わり、星が瞬き始めていた。





「恋の一文字教えてください」書籍は
2015年10月16日頃の出荷となりました。
書店様に出回るのは一〜二日後くらいとなります。
見かけましたらお手に取ってみてくださいね♪