100titles [026]

薬物




 毒みたいに鮮やかな色と、味付けをするのが好き。
 その出来にうっとりしながら、ひとつひとつをじっくり眺め、丁寧にセロハンの袋に入れ、リボンで縛っていく。
 これを試したい男がいた。

「いいものあげようか」
「何、いいものって」
 中庭に置いてあるベンチに、携帯をいじりながら座っている男へ声を掛ける。彼はあたしを見上げると、一瞬目を合わせただけで、すぐにまた自分の手元へ視線を戻した。

 無遠慮に彼の隣へ座り、がさがさとバッグの中を探って、それを差し出した。
「あげる」
「何それ。お菓子?」
「ううん。薬」
「……ふうん」
 彼は包みを開けて、口へ頬張りながら、馬鹿にした様に鼻で笑った。
「なんの効果があんの?」
「知りたい?」
「……別に」
「嫌なこと、忘れられるの」
「……」
 彼は前を向いたまま、私の問いかけには答えず、もぐもぐとそれを咀嚼している。その横顔から、それほど甘いものが好きではなさそうに見えた。
「ね?」
「……」
「忘れて。早く」
 ようやく私を振り向き、眉をしかめた彼の戸惑った表情に、背中がぞくぞくして、勝手に笑みが零れた。
「忘れなさいよ」
「なにそれ」
「じゃあね」
 彼の手にもう一つ包みを渡し、その場を去った。

 彼女に捨てられた男。
 出逢ったのは、あたしの方が先だったのに。あたしの方が先に見詰めていたのに。その手も、声も、あたしの方が彼のこと、ずっとずっと……。

 でも今はもうそんなこと、どうでもいい。
 今日も甘い匂いをキッチンに漂わせ、鼻歌交じりにボールの中身を混ぜていく。ぐるぐると、いやらしい色同士が溶け合っていくのを見ながら、次はどんな風にしようかと考えを巡らせると、耳の下がきゅっと痛くなった。甘酸っぱくて苦い味を思い出した時とおんなじように。
  あの継母もこんな風に心を弾ませて、お鍋をかき混ぜていたのかしら? あたしの相手はお姫様ではないし、邪魔をする小人たちもいない。もちろん殺そうなんて考えは、微塵もないけれど。

 何度かお菓子を与えると、何も言わなくてもあたしをベンチで待つ、彼の姿を見つけることが出来た。
 包みを開けて中身を取り出し、直接彼の口元へ差し出す。怪訝な顔でそれを拒否した彼は、自分の手で受け取って口へ運んだ。そうね、別に焦らなくてもいい。
「もっと効果があがる方法、教えてあげようか」
「どんな?」
「あたしの目、見て」
「なんでだよ」
「いいから」
 いやいやながらも視線を合わせた彼の瞳を覗き込む。あたしの作った香りが、彼の小さく開いた口から、だらしなく漏れていた。
「……もっと」
 あたしの言葉に反応した、彼の深い色の瞳に何かが宿った。
 触れているわけでもないのに、その視線に晒されて身体が熱くなっていくのを教えたい。わかる? 本当は……わかってるんでしょ?
 喉を鳴らした彼の手があたしの腰へ伸び、自分へ引き寄せようとしたのを合図に、視線を逸らして突き放すようにそこから離れた。

 その後も、いろいろな方法を試しながら、毎日少しずつそれを彼に渡した。
 初めは口に入れるのも厄介だった甘いカタマリが、今は彼の喉をするすると拒まれることなく通っていくのが、手に取るように伝わる。

 別れた彼女が、彼にまた近付いたという噂を聞いても、かえってそれが心地良い安堵をもたらした。
 これであたしはもう、彼に何も渡さない。お姫様を追い込んで、しっぺ返しを食らった馬鹿な女とは違う。あたしはただ、彼に焦がれているだけなのだから。

 構内で会っても話さない。すれ違っても振り向かない。彼のところへ行かなくなってから、二週間が過ぎた日の午後。

 中庭のベンチに座っていた彼は、一人で歩くあたしを見つけた途端立ち上がり、初めて自分からこちらへ向かって来た。
 目の前に立つ男は、あたしから視線を逸らして言った。
「あれさ、別の効果あんの?」
「別?」
「忘れるだけじゃなくて」
「あったの? 効果」
「効果っていうか……あれがないとイライラするし、眠れないんだけど」
 大きなバッグを下に置き、落ち着かない仕草であたしを見る。
「一日一個じゃ物足りなくなってるし」
「そう。じゃあ、たくさんあげる」
 友人に配ろうといろんな種類を取り混ぜて、バッグへ突っ込んでおいたものを探る。
 毒々しいラズベリー色のマカロン、喉が焼けるほど甘いチョコレート。ナッツが入ったクッキーは、どろりとした卵黄をたっぷり塗ったせいで不必要なまでに艶々としている。

「違うんだよ」
 たくさんのお菓子を乗せたあたしの両手を見詰めて、彼が言った。その口調に少しだけ腹が立ち、もう一度それを差し出した。
「まだあるから、遠慮しないで」
「だから違うって」
 ふいに彼に掴まれたあたしの手から、お菓子はバラバラとコンクリートの上へ落ちて散らばった。
「あ、」
「こっち」
「え?」
「こっちが足りない」
 あたしの爪の先は、ゼリーを塗りつけたように湿った光を帯び、強く握られた彼の手の隙間から、嬉しそうに見え隠れしている。
 ようやく選ぶことが出来た彼に、ご褒美をあげなくてはいけない。

「そういうの、何ていうか知ってる?」
「……わかんない」
「中毒症状」
「……」
「欲しくてたまらないんでしょ? あたしのこと」
 微笑む私に目を潤ませた彼は、私の手のひらへ唇を押し付けて言った。
「食べたい」
「……どうぞ」

 もう、あたしのものね?
 もっともっと教えてあげる。
 抵抗できないくらい、夢中にさせてあげる。
 最初からあたしを見ていなかったことを、うんと後悔させてあげる。

 お菓子よりも甘いあたしの全部が、あなたの身体の隅々まで行き渡っていくのを、毎日毎日、すぐそばで見詰めていてあげる。

 与えられて飲み込んだらもう、あたしなしではいられない姿を、ずっと。
















 
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