先生やって何がわるい!

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(53) 引き継ぎと責任




 明日の卒園式を控えた午後、職員は全員準備に追われていた。講堂にパイプ椅子や子どもたちの椅子を並べたり、壇上に来賓用の席を作ったり、園旗を掲げたり。マイクや花の準備なんかもする。玄関の清掃が終わった所で職員室へ集まり、終礼が始まった。

 卒園式の段取りを園長がざっと確認し、主任が来年度四月からのクラス編成のプリントを配布した。
「これで決定ではありません。保護者の転勤の関係で転園するかもしれない児童がいますし、逆に編入してくる子も出てきます。一応の心構えとして各自手元に置いて下さい。もちろん秘密厳守ですので、保護者に情報が漏れないよう注意して下さいね」
 終礼後、席に座り、皆それぞれ配布されたプリントへ目を通した。

 俺はくま3組……。ずらっと並んだ名前を見ても、全然ぴんと来なかった。担任交換したクラスでもないし、今の年中って、元々あんまり関わりがないから、名前と顔が一致しないんだよな。
「……なんか」
「どうしたの?」
 俺の呟きに梨子先生が反応した。
「まだ終業式も終わってないのに次のクラスのこと考えるって、何か……あれですよね。複雑と言うか」
「うん、そうだよね。気持ちの切り替えが難しいかもしれないけど、でも、これも仕事だから」
「そうですよね」
「がんばろうね」
「はい」
 俺とは反対に梨子先生は嬉しそうだ。そりゃ、そうだよな。やっと子どもたちと一緒に上がれるわけだし、梨子先生が今年受け持った子もクラスに何人かはいるはずだ。羨ましくないって言ったら嘘になる。でも去年の今頃、梨子先生は今の俺よりもっと、つらい気持ちで過ごしていたんだ。そう思うと胸が痛くなった。彼女のこと頼りないなんて思ったりして、あの頃の自分を張っ倒したいよ。

「裕介先生ちょっといい?」
「はい」
 一也先生の席へ呼ばれた。
「俺のいらないノートやるから使ってよ」
「ノート、ですか?」
「そう。年中、年長の年間行事でやることだの、練習方法とか、何でも記入してある。特に年長はやることがたくさんあるからな。この学年の子たちのことは指導要録にも詳しく書いてあるから、個々の子どものことで困ったらそれ見て」
 一也先生は机の引き出しの中から数冊のノートを取り出して俺へ差し出した。
「いいんですか?」
「いいんだよ。男の先生から受け継がれてるのもあるんだから、孝俊先生と将也先生とも一緒にそれ読んで」
 横から睦美先生が俺の手元を覗き込んできた。
「これ貴重だよ、裕介先生。ありがたく貰っておきなよ。そのノートが助けてくれることがたくさんあるはずだから」
「は、はい。ありがとうございます」
「貴重っていうか、俺も前にいた先生たちから引き継いだものばっかりなんだけどね。ああ、それから、今少しだけでも年中の願書に目を通しておけば? 顔知っておくだけでもだいぶ違うだろうから」
「はい」
 そういえば去年、梨子先生に願書の場所を教えてもらって、ひよこ2組の子どもたちの顔を初めて見たんだっけ。赤ちゃんみたいだと驚いたけど、あの時梨子先生が言った通り、今はもう子どもたちは本当に大きくなって、しっかり成長していた。願書の写真とは比べ物にならないくらいだ。

 職員室の隅にある棚の前で願書を見ていると、一也先生が隣に来た。俺がめくった願書のページに張ってある写真を指差して言った。
「俺は土曜日の終業式までしか、この子たちをみてやれない」
「……一也先生」
「本当は卒園するまで残れれば良かったのかもしれないけど、自分で決めたことだからさ。あとは頼むよ」
 俺がひよこ組の子たちに感じている以上に、一也先生は、きっと子どもたちを心配している。
「頑張ります。この子たちが卒園するまで、しっかりみていきます」
「睦美先生と一緒に年長を引っ張って行ってくれ。新人の先生の世話は、お前がするんだからな」
「は、はい……!」
 そうか。今度は俺が梨子先生みたいに、新人の美宏先生の面倒をみていかなきゃいけないのか。俺のせいで失敗させたら、責任を取らなければならない。そういう心構えじゃないと駄目なんだ。


 事務を片付け、そろそろ帰ろうとした時、教室へ忘れ物をしたことに気が付いた。職員室はまばらで、皆自分の教室で仕事をしている。梨子先生も教室へ行ったまま、まだ戻って来ない。
 ひよこ2組へ忘れ物を取りに向かう。ひよこ1組の前を通り過ぎようとした時、梨子先生が教卓で何かしているのがドアから見えた。立ち止まると、顔を上げた梨子先生がこちらを向いた。
「裕介先生」
「失礼します」
「どうぞ〜」
 色画用紙や折り紙を使って何やら制作している。
「何作ってるんですか?」
「明後日の終業式で、子どもたちにあげようかと思って。メッセージカードなの」
「俺も昨日作りました。折り紙なんですけど」
「ほんと? 何作ったの?」
「クマの形してて、ひとことずつメッセージ入れてます」
「そうなんだ。子どもたちきっと喜ぶね」
 にっこりと笑った彼女の耳元へ視線をやる。顎までの長さだから滅多に縛らないし、寒いからか最近髪を耳に掛けることもないんだよな。俺が渡したピアスをしてるとこ、まだ見たことがない。てか、確認できない。やっぱ、迷惑だったんだろうか。いやまあ、俺も梨子先生から貰ったプレゼント使ってないしな。俺の場合はもったいなくて使うのが無理なだけなんだけど。
「あ、そうだ裕介先生、明日は卒園式だからスーツ忘れないようにね。入園式と同じでいいから」
「はい。梨子先生、あの……」
「ん?」
 じっとこちらを見る梨子先生に、必要以上に緊張してしまう。考えてみれば二人きりって久しぶりだ。なんか肩がガチガチだよ、顔も。
「どうしたの? 何か気になることでもあった?」
 ……そんなに一生懸命な目で見ないでくれ。どうすんだ裕介。今か? 今がこの時か?
「いえ、何でもないです。お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でしたー」
「お先に失礼します」
 だああああ、このヘタレが! でも、タイミングがうまく掴めないんだよ。第一、園内で告白するってのも、この前みたいな勢いがなくちゃ出来ない気がするし。だけどそんなこと言ってたら、すぐに次の学年の仕事が始まって、梨子先生と接する機会が激減する。
 つか、梨子先生、いやにあっさりしてるよな。明後日でこの年少も終わりなのに。学年変わればそれでさよなら、って感じなのか。ってことは俺だけが煮詰まってても、どうしようもないのかな……。

 隣のひよこ2組へ入り、忘れ物を手に部屋を出る。廊下の寒さに震えながらジャージのズボンのポケットへ手を突っ込み、背中を丸めて薄暗い廊下を職員室へ向かって歩いた。





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