先生やって何がわるい!

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(51) フルーツバスケット




 終業式まであと数日に迫った三月中旬。
 今日は朝からとてつもなく寒いと思っていたら、チラチラと雪が降り始めていた。とはいえ、都会特有の雪は積もることなくアスファルトを濡らすにとどまっている。

 朝の挨拶を済ませ、机は折り畳んでしまい、椅子を輪にして子どもたちを座らせた。いつもとは違う様子に、子どもたちもわくわくしているのが伝わる。俺もわくわくしてきたぞ。準備万端にしてきた甲斐があるってもんだ。
「せんせー、今日は何するのー?」
「お外で雪だるまつくろーよー」
「雪がっせん!」
「雪だるまも雪合戦もしたいけど無理かなぁ。ほとんど雨に変わってきたみたいだし、全然積もってないからね」
 えー! と言って皆は残念がっている。いやいや、がっかりするのはまだ早いんだぞ? 今日は楽しいことがあるんだからさ。
「これからフルーツバスケットをしようと思います!」
 どうだ? どんな反応だ? もっとわくわくしてきただろって……あれ?
「ふる……?」
「バス?」
 子どもたちが不安そうな顔で俺を見上げた。最近あれだ。想像力豊かになってくれたのはいいんだけど、いらん思い込みで泣いたりするから困るんだよな。この前の、なわとびがヘビ、ってやつとかね。
「フルーツバスケットっていうんだよ。皆で言ってみよう。せーの」
「フルーツ、バスケット!!」
「よーし大きな声で言えた! フルーツっていうのはね、果物のことなんだよ」
 色画用紙で作った果物を見せる。そういや、この場合のバスケットって何なんだろう。俺も深く考えたことはないから、まあいいか。
「あ、りんご!」
「バナナだ」
「ぶどうもあるよ!」
 初めてだから三種類にしぼった。わかりやすく、色も区別しやすいもの。
 年長になれば「なんでもバスケット」も出来るし、年中でも自分のフルーツを覚えさせて遊ぶことは可能だ。でも年少の場合、ルールを覚えるのも大変だし、パニックになって全く楽しめないケースも発生する。慎重に慎重を重ねて準備に余念ないようにするのが、この一年間で俺が学んできたことだった。

「ひとり一個ずつ渡していくから持ってね。じゃあいくよ」
「はーい」
「りんご、バナナ、ぶどう、りんご、バナナ、ぶどう」
 皆嬉しそうに、俺の手から果物の形をした色画用紙を受け取っていく。にこにこしちゃって可愛いな〜。これだから時間がかかっても作るのが楽しいんだよ、うんうん。
「バナナ……きらい」
 そう思った矢先、まーちゃんに睨まれました。なに、バナナが嫌いな子どもって存在すんの? これピーマンとかナスとかトマトとかじゃないよな? デザートにもよく使われる、チョコパフェの上にも乗ってる、あのバナナだよな? 
 ……まぁ、嫌いなら仕方がない。じゃあ取り替えようか、と言おうとした時だった。
「まーちゃん、わがまま言うなよ。ゆーすけせんせーが作ってくれたんだから」
 え。
「ゆーすけせんせーが作ったバナナだからおいしいよ、まーちゃん」
「……ほんと?」
「おいしいよ、ぜったいぜーったい」
 ともくんが立ち上がり、まーちゃんの手にしていたバナナの色画用紙を、もぐもぐと言って食べる振りをした。
「あーおいしー」
 ともくんの笑顔とその言い方に、まーちゃんが吹き出して笑った。するとその声が広がり、子どもたち皆が肩を揺らして笑った。
「せんせー、ごめんね。まーちゃんバナナにする」
「いいの?」
「うん!」
 ともくんがまだふざけて、今度は自分の果物をもぐもぐと食べる真似をしていた。子どもたちの笑い声が続く中、俺はひとりで泣きそうだった。
 だってさ、成長したよな。人の気持ちを思いやるなんて、俺はちゃんと教えていなかった気がする。教えてないけど、この生活の中で子どもたちは自分から学んでいたんだ。

 バナナの件で、その後のゲーム本番もスムーズに行えた。自分の果物を持って空いている席に気付かず、うろうろする姿が可愛くて、俺と輪の中に混ざった清香先生で、あっちが空いてるよーなどと声掛けしながら一緒に楽しんだ。終了式までに、あと一回くらいはできるかな。

 雨に変わった雪はとっくに止んでいて、弁当を食べたあとは久しぶりに屋上で遊ぶことにした。遊具もほとんど乾いていたし、危ないことはなさそうだ。
「せんせー、お空きれい!」
「うん、青いね。すっかり晴れたな」
「もう寒くないよ」
 子どもたちは、わーっと走り出し、遊具で遊んだり、鬼ごっこを始めた。
「ゆーすけせんせー、みてみて! 小さい雪があるよ」
 呼ばれて行くと、隅の方で子どもたちが集まり、しゃがんで真剣に雪を見つめていた。
「本当だ。日陰のすみっこだから残ったんだね」
「食べられる?」
「うーん、少ないから汚れてるし、やめた方がいいな。触ってもいいけどね」
 言った途端に、こどもたちは雪へ手を伸ばした。冷たい! と言っては大喜びで指を突っ込んでいる。こういう時の子どもって、本当に目がキラキラしてるよな。
「ゆーすけせんせー、きてー!」
「はいはい」
 いい天気だ。

 目にしみるような青い空に胸が痛くなった。
 年少の担任になった時、こんな痛みを感じる日が来るなんて思ってもみなかった。あーあ、あんなに年少が嫌だと言っていたあの頃の俺に見せてやりたいよ。今じゃ、このひよこ2組が大好きで、皆の担任を離れたくない、次の担任に渡したくはないなんて、思っちゃってる自分をさ。





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