先生やって何がわるい!

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(20) アイドルじゃねーし!




 帰りの挨拶をして子どもたちを見送っていると、お迎えに来ていたうちのクラスのお母さんたちが何人かいた。廊下に貼り出された行事の写真を見に来たらしい。

「こんにちは〜。お迎え、お疲れ様です」
 笑顔を向けると、お母さんたちも笑顔で挨拶を返してきた。最近はトラブルもないし、まゆちゃんのお母さんが言ったキツイ一言も、忘れはしないけど気にしないでいられるようになった。
 子どもたちの園での様子を伝えて盛り上がっていると、段々違う方向へ話が逸れていった。
「裕介先生って、どんな音楽とか聴くんですか〜?」
「え」
「先生くらいの男の人って、何が好きなのか興味あるよね〜」
 お母さん達は顔を見合わせて笑っている。ここで答えないと雰囲気悪くするよな。通り過ぎる他のママたちもこっちを見ている。

 高校の時からずーっとホルモンが大好きでその流れで未だにりょっくんみたいにラーメンじろーぶっ食ってます! ほんとは保育中お気に入りのTシャツ着たいんだけど汚されそうだからやめてるんですよねー。
「……」
 つっても、一つも通じないだろうから何て言おう。いや、でも年代的にはギリ通じるのか。ここの上品なお母様方には無理だな。
「そう、ですねえ。結構普通ですよ」
 なぜか皆目を輝かせて俺を見つめている。やばいやばいやばい、何て言おう。
「い、いきものがかりとか、いいですよね……」
 これは無難だろう。確か学校の合唱コンクールに選ばれたって聞いたし。爽やかだし、先生としてはウケがいいはず。多分。
「やだ、先生かわいいっ!」
「てっ!」
 何だよ、腕叩いてきたりして、急にフレンドリーだな! 君島幼稚園のお母さんたちは小奇麗にしている人が多い。化粧も濃いし、髪も綺麗だ。このご時世に、全く働かなくてもいい完全専業主婦がほとんどらしい。俺の少ない給料じゃ、こういう状況は絶対に無理だな。
「アイドル系は聞かないんですか?」
「いや、ああいうの、あんま好きじゃないんで」
 これは、俺も同じ話題振った方がいいってことだよな。
「皆さんは、どういうの聞かれてるんですか?」
「えー子どもと一緒に戦隊ものとか、嵐とか〜?」
 あーそっち系ね。歌は全然わかんないや。
「ねえ、裕介先生って彼女いないの?」
「え!」
 出たよ、出た出た。絶対来ると思ったわ、この流れ。とりあえず笑って誤魔化す。
「い、いないっすよ」
「えー嘘だあ。モテそうですよねえ」
「いやいや、全然そんなことないんですよ」
 顔が、顔が引き攣る……!
「じゃあ、私の友達紹介してあげるっ」
「いえ、あのお気になさらないで下さい。僕、主任に呼ばれててそろそろ行かなきゃなんで」
 うわーうわーうわー、マジ勘弁してくれ! 先輩から聞いたことあったけど、ほんとにこういうこと言われんだな。
「あらあ、すみません先生、長話しちゃって。じゃあ失礼します〜」
「さようなら〜」
 お母さんたちはまだまだしゃべり続けながら、園庭で遊んで待っている子どもたちを迎えに行った。
 ……疲れた。何でこんなに気を遣わなきゃならんのだ。でも先生のイメージってあるしな。ある程度考えて会話を進めないといけないだろうし。だからと言って、あのママ達と分かり合える日が来るなんて考えられないけど。


「ちょっと、そこの新人!」
「はいいっ!」
 もうやめませんか、このパターン。心臓に悪いです。
 恐る恐る振り向くと、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をした美利香先生が、ずかずかと廊下を歩いて近づいて来た。美利香先生は焦る俺をひよこ2組へ押し込み、周りに誰もいないのを確認してから唐突に言った。
「裕介先生ってさ、なんかSNSやってる?」
「SNS、ですか?」
「そう。やってんの? やってないの? 早く教えなさいよ」
 忙しすぎて絶賛放置中だけどな。それにしてもそんなに知りたいのか? 俺はあなたに全然興味ないんですけど。
「やって、ますけど。職場の人に教えるつもりはないんで。どうしても知りたいってことなら、」
「あんたに興味なんかないのよ。勘違いすんな、新人」
 エプロンを外した美利香先生は俺を睨み付けた。何となく俺もつられてエプロンを外す。
「いい? そういうのやってても絶対絶対、お母さんたちに知られちゃダメよ!」
「お母さんたち?」
「そう、子どもの保護者。特にお母さん」
「教えるつもりはありませんけど……え、何でですか?」
「あんた馬鹿じゃないの? 考えてもみなさいよ。ここのお母さん達はね、優雅に専業主婦してる人が大半なの。しかもほぼ小金持ち。しょっちゅう集まってランチして、ランチに行けば幼稚園の話、通わせてる習い事の話、担任の先生の話!」
「!!」
「幼稚園ママクラスタとか、絶対見るな寄るな触るな! そういう場所で、特に新人なんていいこと書かれてる可能性ないからね」
 知ってはいけないことを聞いてしまった気がした。
「あと、彼女がいるとかも言わないでよ。デートしてても気を付けないと、どこで誰に見られてるかわかんないんだから。ラブホに入るとこなんて目撃されたら、あっという間にママ中に知れ渡る覚悟でいなさいよ」
「そ、そんなことあるんですか?」
「別に噂の中心にいたいならいいけど。あることないこと言われて失職、なんてことにならないようにね」
 大きなため息を吐いて、イライラした様子で美利香先生は頭を掻いた。
「うちの孝俊先生が見ちゃったのよ。別に名指しで書かれてたわけでもないのに、保育中も落ち込んじゃってさ。だからあんたにも釘刺しにきたわけ」
 佐々木が? いつも自信満々のあいつが落ち込むなんて、よっぽどのことがあったんだろうか。
「いい人が大半だよ、お母さんたち。新人だったら余計に助けてくれるし。一生懸命やってれば伝わるし、必ずわかってくれる。でも一歩間違えたら、もうおしまいだから」
 美利香先生の顔を見つめながら、小さく何度も頷いた。背筋にいやーな汗が一筋流れている。
「私たちのことも、絶対そういうとこに書き込まないでよ。いい?」
「はい」
「とばっちり受けたくないしね。あたしも、まだまだここで働きたいし」
「わかりました」

 どっかに誰かと食べに行くのも、洋服買ってんのも、本屋で立ち読みして何の雑誌読んでるのかも、下手すりゃぜーんぶ見られてるってことか。こっちは誰だかわからなくても、お母さんたちからすれば一発で俺だってわかるんだもんな。さっき俺が聞かれたことも、既にどこかで話されてるかもしれない。アイドル並みだな、一般人なのに。

 美利香先生の背中を見送った後、俺は掃除をする前に、くま2組の佐々木の所へと向かった。





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